9 終末
「や、やっと終わった〜……」
優奈のそんな言葉が部室に響き渡ったのは五月に入ってすぐのことだ。
そしてこの優奈の言葉は、口に出さないが、現代文章構成部の他のメンバーも思っていることだろうし、実際俺もとてつもない満足感に浸っていた。
現代文章構成部を優奈が設立してから約一カ月。
ついに、部室……職員棟2階の端っこに位置するこの空き教室の掃除が完了したのだ。
「顧問の先生にはもう報告はしたわ。約束通り、好きに使っていいそうよ」
「と、いうことはつまり……」
「そう。今日からここは、私たち現代文章構成部の部室として、正式に認められたってこと」
「っしゃ!」
思わずガッツポーズをしてしまう俺。
最初はなんか胡散臭い部活だと思っていたが、なんかここまで部員が増えて、毎日一生懸命この部屋を片付けていると、逆に愛着が湧いてくる。
「あの……ここまで来て大変恐縮なんですけど……」
俺が感傷に浸っていると、早川が申し訳なさそうにそう言った。
「優也さんと優奈さんはこの部活を作った当初の目的通り、二人で小説と挿絵を協力しながら書いていけばいいと思うのですが……私と鈴音さんは一体何をすればいいのでしょうか?」
「アタシは?」
「うむ。それは私も常々同じことを思っていたところだ。他の皆がどういうステータスを持っているか知らんが、少なくとも私には絵画スキル、小説スキルは持ち合わせていないぞ」
「まぁ、アタシはできないことはないと思」
「鈴音さんもそう言ってますし……私も小説は好きですけど、書いたことなんかありませんよ」
そういえばそうだな。
そもそも、最初は二人だけで活動するために創った部活だし……まさかこんな怪しげな部活に三人も新入部員が入るなんて思ってもいなかったし。
「とりあえず早川、お前はあからさまにリサを無視するのをやめた方がいい」
「リサ? ……あぁ、そんな人いましたね。惜しい人を亡くしました。冥福を祈りましょう。アーメン」
おいこら。
「アタシはまだ生きてるわよ! 勝手に殺さないで……って般若心経なんか唱えないでよ!」
「まーかーはんにゃーはーらーみーたー」と、手を合わせながら唱える早川。
ちなみに、早川のいつもの抑揚の無い静かな声で般若心経を唱えられるとマジでそれっぽいからやめて欲しい。
「早川……そろそろやめとけ」
「未だこの世に漂って、性懲りも無くこの部活にやって来た夏希リサの魂を成仏させようと思ったのですが……」
「だからまだ死んでないわよ!」
「死人は喋らないでください。呪われます」
「なんですって〜⁉」
「聞こえなかったんですか? あ、すみません。死人に何を言っても聞こえるはずがないですねー」
「こ……この……本気で怒るわよ……?」
「どうぞお怒りになって下さい。せっかくの美貌にシワが増えますよ?」
「く……」
「はぁ……」
つい溜息を漏らしてしまう俺。
早川が入部してからというもの、こんな二人の会話が日常茶飯事となってしまっていた(それでも作業はきっちり進んでいたから何も言わなかったが)。
リサはともかく早川のやつ、よくあんなに人を怒らせるような言葉が次々出てくるよな。
褒められたことでは無いのだろうが、早川のこの語彙力は素直にすごいと思う。
その才能を、リサへの罵詈雑言に使うんじゃなくて、もっと他のことに使えばいいのに。
俺がそんなことを思っていると、
「二人とも、いい加減にしろ」
ゴン!
「痛……」「いっつ……」
鈴音の鉄拳制裁が二人の脳天に振り下ろされた。
すげー痛そう。
「おいおい鈴音……」
「これは持論だが、躾に一番効くのは痛みだと思う。今貴様らに一番必要なのは言葉による『教育』ではなく『教訓』だ。二人とも私より背が低いから丁度脳天を殴りやすいしな」
「どっかで聞いたことあるセリフをドヤ顔で並べ立てるな」
「ふふ、冗談だ。しかし躾に痛みが一番効くという点においては彼と同意見だ。弟たちの喧嘩も、これで大体は収まる」
「鈴音、弟いるの?」
「ああ、双子の弟がいる。お小遣い、おやつなどを争って毎日毎日喧嘩ばかりだ」
「その喧嘩を、お前は毎回ぶん殴って止めていると」
「まぁ、そういうことになるな。正直なことを言うと、可哀想だとは思わなくもない。しかし、これが最も早く、最も効果的なのだから仕方がないだろう。殴られたくなかったら喧嘩するなと言う話だ」
「へー……なんつーかお前、ちゃんとお姉ちゃんしてんじゃん。腐ってるけど」
「……褒め言葉として受け取っておこう」
「ちょっと⁉ なんかいい話っぽく終わろうとしてるけど今回に関してはアタシが殴られる道理は無くない⁉」
リサが頭を抑えながら声を荒げる。
まぁ、そうだよな。それについては俺も同意見だ。
「あ、それは悪かった。つい癖でな」
「すげー手癖の悪さだな」
「それを言うなら私もです。殴られる道理は……」
「いや、お前にはあるからな」
「う……少々やりすぎたと反省しています……」
早川は少しうつむきながらそう言うと、優奈は「はぁ……」と溜息をつき、
「ま、まぁみんな、今日から本格的に現代文章構成部としての活動ができるんだし、そんな火花散らし合わないでよ。ね?」
「いや……火花散らしてんのはリサと早川だけなんだけどな」
「ちなみに私は二人を止めただけだ」
俺と鈴音が口々に言いながら早川の方に目線を向けると、早川は申し訳なさそうな顔をし、
「すいませんでした」
と、ぺこりと頭を下げた。
よしよし。
素直でいい子だ。
「うし。そんじゃ、一段落ついたところで、部活始めるか」
「そうだね。と、言いたいところだけど、時間が……」
「あ……そうか」
時計を見ると、部活が終了する六時の十分前というところだった。
「まぁ……しょうがないから本格的に部活始めるのは明日からだな」
「全く、残念ね。誰かさんがアタシに突っかかってくるから」
「……それは一体誰のことを言っているのかお聞きしたいですね」
「そんなこと、聞かなくても分かるでしょ?」
「あ、そういえば夏希リサは死んでるんでしたね。忘れてました。あー聞こえません聞こえません」
「本当……マジで殺したいわアンタ……」
「お前ら少しは反省の色を見せろよ」
また鈴音のゲンコツが飛んできても知らねぇぞ。
まぁ何はともあれ、部室の掃除は一ヶ月かけて終了し、俺たちは現代文章構成部として明日から活動することができる。
俺の小説、『Re:Friend』に挿絵が加わるのも、もうすぐだ。
他の部員が心配で仕方がないのは俺だけではなく、優奈もきっと同じだろう。
なんか部活でやることを、見つけられたらいいんだけど。
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