8 いがみ合い

「と、いうわけで今日から現代文章構成部に入部することになった同じクラスの早川唯だ」


 俺は既に部室に来ていた優奈と鈴音にこれまでの経緯を説明した。

 リサがまだ来ていない様だったが、あいつにはまた後で説明すればいいだろう。

 とりあえず、俺は二人から放たれる嫌な感じのオーラを抑えつける必要があったのだ。

 これは例えるなら、ドラマとかでよく見る、夫が家に他の女を連れて来たところ、都合悪く嫁が帰ってきたみたいな空気だった。

 そんなわけで俺が話し終えると、ここまで一言も口を挟まずに俺の話を聞いていた鈴音が口を開いた。


「要はあれか? 普段ヘタレの貴様に急に主人公補正がかかり、困っていたその唯という子を救い出して見事仲間に引き入れるというご都合展開を繰り広げた挙句、また攻略ルートの1人であるヒロインを増やしたというわけだな」


「言ってることがよく分からん」


「別に分からなくていい」


「何だよ」


 俺そんな普段ヘタレじゃねぇし……多分……。

 てか何だよ、主人公補正って。


「優也さん、主人公なんですか?」


 鈴音の言葉に反応した早川が、俺の目線の十数センチ下から見上げる様な形でそんなことを聞いてきた。

 どうでもいいがその視線は色んな意味で破壊力抜群だから他の男子にはあまりやらない方がいいぞ。

 なんというか、すげぇドキッとするから。


「質問の意味がよく分からんし、こいつの戯言は聞かなくていいからな」


 俺は鈴音をジト目で見ながら早川に耳打ちする。


「ふふふ……まあいい。私の言うことが本当に戯言かどうかそのうち気づくことになるだろう」


「なるほど。ということは私にもいつか分かる日が来るということですね」


「あぁ、そうなるな」


「いやいや、来ねぇからな? せいぜい俺のモブキャラっぷりを思い知るだけだと思うぜ?」


 怪しげな笑みを浮かべながら謎の共鳴を見せる二人の間に割って入る俺。

 なんか、よく分からんが、これ以上放っておくと色々と危ない気がする。


「まぁ鈴音の言ってること、私は分からなくもないんだけどね」


「優奈まで⁉」


 さっきまで俺たちの会話を黙って聞いてて圧倒的空気感を放ってたくせに、いきなり会話に入ってきたと思ったら鈴音に同調するのかよ。

 会話の流れで困ったら優奈に助けを求めようかと思ってた俺の計画がパーじゃねぇか。

 しかもまたちょっと顔が赤くなってるし。


「優也の人間性はともかくとして、」


「おいこら、さらっと酷いこと言うな」


 そんな俺のツッコミを優奈は華麗にスルー。


「優也の書いてる小説に私が心を打たれたのは事実だし、この部活を私が作ろうと思えたのも、『Re:Friend』の作者……優也に出会えたからと言っても過言ではないもの。今の私の高校生活を作ってくれたのは優也で、私の中での主人公も、間違いなく優也だよ」


 俺を見つめ、微笑みながらそんなことを言う優奈。


「何だよ、らしくないこと言うなよ」


 やべっ……なんか恥ずかしくなってきた。


「なに顔真っ赤にしてるのよ……バカ……」


 少し俯き加減でそう言う優奈は、なんというかその……かなり可愛かった。


「そ、そう言うお前だってリンゴみたいな顔色だぞ」


「わ、私だってあんなこと言うの、恥ずかしかったんだから!」


「じゃあなんで言ったんだよそんなこと」


「そ、それは……」


「それは?」


 俺がイタズラっぽく聞くと、優奈はなにやらしばらく考えたと思ったら急に俯いていた顔を上げ、


「い、言わないわよバカ!」


「何でだよ!」


「あ〜もう、あんなこと言うんじゃなかった……」


 優奈はしゃがみ込み、両手で顔を覆った。

 きっと、恥ずかしくてしょうがないのだろう。

 ……本当、何であんなこと言ったんだよ。


「はぁ……」


「あの……私にはイマイチ優奈さんの言葉の意味が分からなかったのですが……」


「うむ……ちなみに私もだ」


「ああ、そういえば話したことなかったっけ? 俺、一応ネット小説書いててさ、たまたま俺の小説読んでくれてた優奈が挿絵を描かせてくれって言い出して……んで、二人で活動できるところを探してたら、成り行き的にこの部活が出来上がったんだ」


 俺は話しながら優奈と初めて会った時のことを思い出す。

 あの時は、二人だけで活動するつもりだったのにだんだん部員が増えてきて、何の間違いがあったのか今では五人まで増えた。

 おまけにやっていることと言えば、部室のガラクタ掃除。

 なんかこの一ヶ月で色々ありすぎて自然と笑いが込み上げてくる。


「ほう……そんなことがあったのか」


「まるで小説や漫画のような話ですね」


「あぁ。よく考えたらホント、嘘みたいな話だよ。でもさっきの優奈の言葉じゃないけど俺は逆に優奈がいてくれたから、今の俺の学校生活が出来上がってるんだと思ってる。だから俺なんかよりも優奈の方がよっぽど主人公に合ってる気がするよ」


 俺は、正直な自分の意見を二人に言った。

 すると鈴音が、ニヤリと笑い、


「唯よ。私の言ったことの意味、何となく分かっただろう?」


「はい。そういうことですか」


「そういうことだ」


「お前ら一体何の話を」


 バンッッ!


 してるんだ。と言いかけた瞬間、部室の扉が勢いよく開いた。


「ゴメン! 遅くなった! 先生に呼び出し食らってて……ってあれ? これってどういう状況?」


 そこには綺麗な金髪をなびかせたリサが立っていた。

 ちなみにどういう状況かという質問に答えるなら、四月末という時期に新入部員の女子が一人増え、一応副部長の優奈がしゃがみ込んで顔を抑えて震えているという、ちょっぴりカオスな状況だったりする。


「あぁリサ。紹介するよ。新入部員の早川唯だ。唯は俺と同じクラスで……って二人ともどうした?」


 とりあえずリサにもことの経緯を説明しようとしたのだが、急にリサと早川の顔が曇った。


「早川……唯……」


「夏希……リサ……」


 本当にどうしたお前ら。

 二人ともドラゴンポーズで言う所の、『気』の様なものが見えるぞ。


「えっと……二人とも?」


「優也、何でコイツがここにいるのよ……」


「優也さん、何で彼女がここにいるんですか?」


「二人の質問にまとめて答えるなら、二人とも現代文章構成部の部員だからだ」


 俺がそう答えた瞬間、二人はお互いをキッと睨み合い、


「退部するわ」「退部します」


 同時にとんでもないことを言いやがった。


「待て待て早まるな! てかお前ら初対面じゃなかったのか⁉」


「残念ながら初対面じゃないわ。本当に残念だけど」


「そうですね。保育園、小学校、中学校ときて、まさか高校まで同じところに入ることになるとは残念極まりないです」


 全力で絶望した表情になる二人。

 俺はそんな二人をなんとかなだめようと試みる。


「い、いいじゃねぇか。そんな気の知れた奴がいるなんてさ。俺なんか、この学校に中学の頃の知り合いなんて一人も」


「良くないわよ!」「いいもんですか!」


 怒鳴られた。


「昔から成績優秀、運動神経抜群。そのクセに図書館系、メガネ系美少女としてギャップ萌えする一部の男子から高い人気を得ている……」


「昔から完璧な美貌、完璧な家柄で宿題は全てメイド任せ。ついでに巨乳で、学校内の実に八十パーセント以上の男子を虜にし、下駄箱を開ければラブレター、ラインを開けば告白メッセが飛んでくる。しかもその返事を一度もちゃんと返したことがない……」


「何なのよこのリア充は!」「何ですかこのリア充は!」


「お、おう……」


 二人の色々とマズイ発言を、俺は身を小さくしながら聞いていることしかできなかった。

 早川唯。大人しい系メガネ女子だと思っていたが、どうやらそれは大きな勘違いだったらしい。

 それからというもの、今日の部活の間二人はずっといがみ合っていたが、何はともあれ現代文章構成部にまた新しく新入部員が入ったのであった。

 結果だけ言ってしまえば、部としてはすごく良いことのように聞こえてしまうのがすごく残念な気がするが。

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