7 早川唯(後編)

「あの人は山崎という人で、中学の頃からの陸上部の先輩なんです」


 俺と中庭を歩きながら、早川が切り出した。


「陸上部? お前中学の頃、陸上部だったのか?」


「はい。意外ですか?」


「あぁ。お前いつも教室で本ばかり読んでて、どっちかって言うと文化系? 女子みたいなイメージだったから」


「ふふ……陸上部でも本くらい読みますよ」


 クスクスと笑いながらそんなことを言う早川。

 まぁ、そりゃそうだよな。

 俺だってラノベ読むんだし、早川だって本くらい読むよな。


「山崎先輩にはずっと陸上部にスカウトされてたんですが、訳あって私はもう陸上……というか過度な運動はできなくなってしまったので、色々な理由を作って断り続けてたんです」


「へー、例えば?」


「そうですね……高校生の陸上の練習についていけないとか、自信がないとか、勉強に専念したいとか……あ、あと『私は山崎先輩のことが嫌いなんです!』って言ったこともありますね。その時は『お前はもしやツンデレか?』とか言われてごまかされましたけど」


「マジかよ。すげぇ執念だな山崎先輩。そしてとんでもねぇ勘違い野郎」


「まぁ、そんな山崎先輩の勧誘がエスカレートして先ほどのようなことになってしまったんです。先ほどは本当に助かりました。ありがとうございます」


 急に歩みを止め、丁寧にぺこりと頭を下げる早川。

 女子……というか人に頭を下げられてお礼を言われるという行為が新鮮だった俺は、なぜか急に恥ずかしくなり、顔が熱くなってくるのを感じた。


「さ、さっきも言っただろ? 別にいいって。にしてもなんで急に俺の入ってる部活に入るなんて言い出したんだ?」


 気まずさの波に押しつぶされそうになっていた俺は、少し無理やり気味に話題の転換をする。

 すると早川は下げていた頭を上げ、


「それは簡単なお話です」


「簡単なお話?」


「そうです。優也さんが山崎先輩を見事玉砕してくれたとはいえ、これからも私への勧誘活動は続くと思った方がいいでしょう。そこでいっそのこと私が他の部活に入って仕舞えば、勧誘もストップすると私は考えたのです」


「つまり、お前が俺がいる部活に入るなんて言ったのは、あくまで勧誘を回避するためで、俺がどんな部活に所属しているかは……」


「もちろん、微塵も知りません!」


 キラ☆ドヤァァァ!

 そんな擬音が、今早川の周りに見えた気がした。


「お前、それなら他の運動部に行けばいいじゃないか。他にもやりたいスポーツあるんじゃないのか?」


「先ほども言った通り、私は過度な運動はできないのでできれば運動部は避けたいのです」


「それだったら、まだ文化部もこの学校いっぱいあるんだし、選べばいいじゃねぇか」


「面倒です」


「なんだよそれ」


「いいですか? 時とは早いもので、今は四月末です。つまり、もう部活の入部期間は終わっている為、これから部活に入部するには、その部活の顧問の先生に書類申請しなければいけない他、入部したとしても、他の部員からは『なんだあいつ』『なんでこんな時期に』など、まず歓迎はしないと思っていいでしょう。入部できたとしても『ぼっち』は免れません。あぁ、なんて面倒な」


「そ、そこまで考えるか……でも、それなら俺の部活でも同じことが言えるんじゃねぇのか? 大体、俺の部活に入るって、俺が運動部じゃない保証がどこにあるんだよ」


「そこは優也さんですからね。見るからに運動好きそうじゃないですし」


「ひでーな」


 まぁ、実際運動は好きじゃないけど。


「それに、見るからに群れるの嫌いそうじゃないですか。優也さん。教室ではいつも一人でいますし」


 ほっとけ。


「その言葉、お前にそっくりそのままお返しするぜ」


「そんな優也さんが入る部活なんて、顧問も一応いるだけでほとんど来なくて人数も四〜五人がいいとこの小規模なものに決まっていると思ったんです。だから、なんとなく空気のように混じって仕舞えば、書類申請など面倒なことをしなくて済むと思ったんです」


「お前意外と酷いこと言うな」


 しかし、悲しいことに早川が言っていることは、ほぼ現代文章構成部と一致していた。

 確かに、今あの部活に一人二人入ったところで何か顧問に文句をつけられる気は一切しない。

 だって顧問来ないし。


「まぁ、私が優也さんと同じ部活に入りたいと思った理由はそんなところで……優也さんの所属してる部活って、どこなんですか?」


 やっと今そこか……。

 こいつ、洞察力すごいくせに、一番大事なとこ見落としてるな。


「えっと⋯⋯現代文章構成部っていう部活なんだけど……」


「現代文章構成部? 聞いたことありませんね」


「今月の初めにできた部活だからな。ほら、クラスメイトでいるだろ? 古川優奈。あいつが作った部活なんだ」


「あぁ、優奈さんなら噂に聞いたことがあります。それでその現代文章構成部というのは、どんな部活なんですか?」


 どんな部活……うーん……。


「えっと……小説を愛し、小説を感じ、小説を論ずる。このスリーSをテーマにした部活らしい」


「ふざけてるんですか?」


 返答に困ったので、優奈が現代文章構成部を作った時に建前で付けたフレーズを言ってみたのだが……そりゃそうなるよな……。

 初期メンバーの俺でさえ未だに分からん。


「まぁいいです。私も小説は好きですからそのスリーSをテーマにしてるなら活動できるでしょう。それで、具体的な活動内容は何なんですか?」


「えっとな……それ聞いちゃうか?」


「聞いちゃいますね」


 マジかよ……。


「えっとな……職員棟……つまりここの端っこの空き教室の……ガラクタ掃除……」


「はい?」


 ここで、ちょうど部室の前に着き、俺は扉を開けた。

 一刻も早く、この部活の今の活動内容を早川に見てもらうために。

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