5 鈍感
結局その後、宮原は現代文章構成部の部員となってしまった。
椅子に座ってグロッキーになっていた優奈とリサに一応相談してみたところ、二人とも多くを語らず、俯いたまま指で◯を作り、『了解』の意を示してくれた。
部長である俺は宮原から入部届を受け取り、既に三枚の入部届が挟まれたクリアファイルに挟み込む。
これでまた奇跡的に部員が一人増えたというわけだ。
「と、いうわけで、こいつら二人がこんな風になっちまうから、これからは下ネタはNGな」
「なん……だと……?」
「なんだよそのオーバーリアクションは。別にいいだろ? 死ぬわけじゃないんだし。つーかどっちかっつーとこっちの方が死ぬかもしれん」
グロッキー二人組を指差しながらそう言う俺。
三途の川を見てきたと言う貴重すぎる体験談を残したこいつらの話は個人的にものすごく気になるところなので是非とも聞きたいところだが、行ったっきり帰ってこないのはシャレにならないのでそれだけは断固阻止しなければならない。
「しかし優也、私から下ネタを取ったら何が残るのだ⁉」
「目を潤わせながらそんな悲しいことを言うなよ。色々あるだろ?」
「色々とは?」
「ほら、その……」
あれ?
「……」
「優也?」
やばい。本当に何も思いつかん。
昨日会ったばかりで、他の目線から見た宮原を知らないのもあるかもしれんが、現状、おれの知る限りの宮原から下ネタを取ったら、何も残る気がしない。
はてさて、どうしたものか……。
「そんな腕を組んで真剣に考えないでくれ。私が下ネタだけの女と自分で分かっていても悲しくなる」
「……すまん……」
「いいのだ。所詮私はそれだけの女なのだからな……」
どこか宙を見ながら意味ありげに呟く宮原。
それを見ていると、なぜだか俺まで感慨深い気持ちになってしまった。
「まぁそういうのを見つける為にも、これからもよろしく頼む、宮原」
「あ、あぁ」
俺と宮原は、軽く握手をし、それからは二人で部室の片付けに取り掛かった。
実を言うと、俺は下ネタ以外のこいつの特徴的部分を思いついていた。
それは昨日、宮原と出会って最初に俺が感じたこと。
というか、宮原を初めて見た人はまず間違いなくあの時の俺と同じ感情を抱くのではないだろうか。
しかし、俺は今日の部活の時間中に、そのことを宮原に伝えることができなかった。
「お前は抜群に可愛いじゃないか」なんて、恥ずかしくて言えるものか。
☆
その日の帰り道。
優奈とリサは共に体調を回復させ、帰路に着いた。
帰る方向が逆のリサとは校門前で別れ、寮に向かう俺たち三人は、薄暗い道路をたわいもない会話をしながら歩いていた。
「そうだ、優也」
「あん?」
会話に区切りがついたところで、宮原が切り出した。
「なぜ私だけ苗字で呼ぶのだ?他の部員は名前で呼んでいるだろう」
「いや、俺は基本的に女子は苗字で呼ぶようにしてるだけだ。優奈とリサは頼まれたからそう呼んでるだけで」
「頼まれた? ふむ……」
そう言うと宮原は横目でチラチラと優奈を見た。
そしてその優奈はと言うと、顔を真っ赤にしながら手をもじもじさせている。
……なんだ? どうかしたのか?
「そういうことか……」
「どういうことだよ」
「よし決めた! 優也、私のことも名前で呼んでもらおうか」
「何でだよ!」
どうしてそうなった⁉
俺って女子のことを名前で呼ぶのとか、結構緊張するタイプなんだけど⁉
「頼まれたら名前で呼んでくれるのだろう? まさか私だけ仲間外れとか、そういうわけではあるまい?」
「いやまぁ、そうだけど」
「それでは決まりだ。早速呼んでみろ優也。私の名前は鈴の音と書いて鈴音だ。ほらせーの、す、ず、ね!」
「俺は保育園児か! 分かったよ! えっと……鈴……音……」
うわっ……やっぱ恥ずかしい……。
しかも優奈やリサならともかく、二時間前まで俺のことをフィアンセとか言い張ってた女子に対して名前で呼ぶのって、結構堪えるな……。
「うむ、できるではないか」
「恥ずかしいだけで言えなくはない」
「そうか。しかし良いものだな、異性に名前で呼ばれるというのは。優奈が求めていたのはこういうことか?」
「わ、私⁉ い、いやそういうのじゃなくて私はただ……その……」
「なんで動揺してんだよ。ペンネームで呼んで欲しかっただけなんじゃないのか?」
優奈はあの時、「ペンネームを呼ぶ感じで」と言っていた。
とどのつまりは、ペンネームで呼んで欲しかったのだろう。
変わった奴だとは思ったが、まぁ、本人がそう呼んで欲しいのならしょうがない。
「そ、そうよ! ペンネームで呼んで欲しかっただけなの! 他に全然意味なんかないんだからね!」
「お前いつからツンデレになったんだ?」
「うるさい! あ、私もう帰らなくちゃ! 先に失礼するね!」
そう言って優奈は俺たちから離れ、昨日の宮……鈴音に匹敵するくらいのスピードで寮までダッシュしていった。
「何なんだ? 一体」
「……」
「どうした? ……っておい、本当にどうした」
何気なく横を見ると、鈴音が悶えていた。
背中は丸くなり、体は小刻みに震えている。
大丈夫か?
「ふはははは! すまん、とうとう我慢できんかった!」
調子が悪くなったのかと俺が声をかけようとした時、大笑いをしながら鈴音は身体を起こした。
どうやらずっと笑いを堪えるのに必死だったらしい。
「何なんだよ!」
「いやぁ、お前の鈍感具合はもはやギネス記録並みだな! いやぁ〜、面白いものを見させてもらった!」
「鈍感? 俺がか?」
「そうだとも! 貴様は鈍感だ! レディの気持ちも分からんとはな!」
「いや、悪いけど全く理解できん」
レディの気持ちだと?
そんなもん俺に分かるわけがない。
中学時代、彼女が亡くなってからできるだけ女子との関わりは避けて生きてきた。
そんな俺に、女子高生の気持ちを理解するという超高難易度の技術があるはずもない。
「ふはは、まぁいい。貴様の鈍感のおかげでかなり笑わせてもらったしな。だが、これだけは覚えておけ」
なんだ?
鈴音はいつになく真剣な目をした。
「その面白い鈍感は、時に女子の心を傷つける。アドバイスをするならば、優奈に対する発言に気をつけるんだな」
「優奈に対する? それってどういう」
「おっとそこまでだ。それ以上は私の口からは言えるものではない。攻略ルートを話してしまっては面白くないからな。自分で探すといい」
「なんだよ……」
そんな話をしているうちに、寮の前まで来た。
ここは、男子寮と女子寮の境目の道。
前に優奈が名前で呼んで欲しいと俺に言った場所だ。
「優也、最後に言わせてもらう」
「あんだよ」
「私が今日、貴様に名前で呼んで欲しいと頼んだのはな、優奈にちょっとしたライバル意識を持ってしまったからだ」
「ライバル意識?」
「そうだ。私と優奈の最終的な目的は同じだが、その目的を達成できるのはどちらか一人のみなのだ」
「うん、さっぱり分からん」
「分からんでもいい、その方が面白いからな。だがここに宣言させてもらおう」
鈴音は俺の手を取り、強く握りしめた。
「私はこの戦いに必ず勝ち、目的を達成する!」
「お、おう、そうか。何のことかわからんが、頑張れよ」
「あぁ」
力強くそう言うと、宮原は手を離し、女子寮の方を向き、俺に背を向けた。
「それじゃあな、優也。貴様が優奈や私の目的に早く気づいてくれることを祈っている」
「あぁ、模索してはみるけど、あまり期待はするなよ」
こうして俺たちは別れた。
その日の夜、自分なりに色々考えた結果頭が湧いてしまい、気づいたら朝になっていた。
つまり、俺は寝落ちしたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます