4 事件

「フィアンセ⁉」


「どういうこと⁉」


 宮原の衝撃発言を聞き、同時に俺を見る優奈とリサ。


「いやいやいや、知らねぇよ⁉」


 そして当然ながら全否定する俺。

 だって本当に知らねぇし……頼むからお前ら二人ともそんなに問い詰めるような目で俺を見るなよ。


「し、知らないだと……優也……覚えていないのか……?」


 いかにも『ガーン』というような顔をする宮原。


「悪いが俺はお前と婚約した覚えはないし、どうしてお前がそんな絶望感丸出しの顔をしているのか俺には理解できん」


「そん……忘れたとは言わせないぞ……昨日のその……熱い夜のことを……」


 少し顔を赤らめ、もじもじする仕草を見せる宮原。

 あれ?なんか、キャラ変わってね?

 それに『熱い夜』ってなんすか?


「熱い夜……優也の……うわ……」


 こら優奈、何を想像した。

 なぜ顔を赤くしながら俺に軽蔑の目を向ける?

 頼むから間違っても変な想像はするなよ?


「優也アンタ……何したのよ……」


「何もしてねぇ! 頼むからそんなゴミを見るような目で俺を見ないでくれ!」


 俺をゴミのように見るリサのジト目の攻撃力は俺の精神を崩すには十分すぎる威力があり、俺のHPゲージは一気に赤ラインまで削られた。

 これ以上ダメージが入れば、俺の精神は瀕死状態に陥ってしまうだろう。


「優也……」


「な、何だ?」


「一回死んできた方がいいかもね」


「ぐっふぁあぁあぁああ‼」


 俺の断末魔の叫びは、部室中に響き渡った。

 優奈、人を哀れ見るような目と静かな口調でそのセリフ……効果抜群だぜ。

 精神をズタボロにされた俺は、その場に膝と手をつき、まさに絶望を象徴するかのようなポーズを取る。


「ふ……哀れだな……」


「全部お前のせいだ! 何だよ熱い夜って!」


「ふむ、私も少し冗談が過ぎたと反省している」


「え、冗談なの?」


 宮原の言葉に驚きの表情を見せる優奈。


「当たり前だろ……頼むからそのくらい気づいてくれよ」


「ま、まぁアタシは最初から気づいてはいたけどね」


 嘘をつけ。

 思いっきり俺のことを疑ってたくせに。

 俺はさっきの仕返しとばかりにリサに思いきりジト目を向ける。


「ふはは、何を隠そう私と優也は昨日初めて会ったばかりだ。貴様らが想像したような関係には発展しているはずもない」


「そうそう。昨日、帰り道でたまたま宮原と会って、ちょっと喋った後、すぐ別れたんだ」


 まぁ、喋った内容が内容だったけどな。


「そうだったんだ……ごめん優也」


「お前達がどんだけ俺のことを信用してないか、今回で痛いほど分かったよ」


「だ、だからアタシは最初から信用してたって」


 リサの戯言は華麗にスルー。


「うむ。確かに熱い夜というのは真っ赤な嘘だが、フィアンセという点についてはカケラも嘘はついていない」


「は⁉」


 今の一言で現場の空気が固まったのを確かに俺は感じた。


 ……ドユコト?


「……やっぱりゲスだわね」


「ぐっふぉぁあああ‼」


 いちげきひっさつ!


「やっぱりアンタ、ゴミだわ」


「お前はコロコロ態度変えるんじゃねぇよ!」


 一分前は信用してたくせに、もう俺は信用失ったのか⁉


「宮原、もう冗談は勘弁してくれ……これ以上は俺の精神が持たん……」


「何を言う。昨日約束したではないか。卒業したら一緒にエロいことをしようと」


「え⁉」「な⁉」「は⁉」


 俺たち三人は同時に目を丸くする。


「他の二人はともかく、貴様はそんなに驚くことはないだろう優也」


「いやいや、どうしてそう思った⁉」


「昨日の話を覚えていないのか? 貴様は高校を卒業したらヤってもいいと言ったではないか。ヤったからには責任を取るのが男というものだろう? つまりフィアンセということだ」


「いや、そんなこと一言も言ってねぇ! アレはお前が一人で勝手に暴走しただけだろ!」


 人の話を全く聞かずに!


「そんな……すべて私の妄想だったのか……? ならば私は何を目標に高校生活を送れば良いのだ……?」


「とりあえず卒業を目標にしろ」


「昨日の夜、私はイメージを膨らまし、ありとあらゆるシチュエーションで優也とエロいことをする想像をしながら自分を慰めていたのに……優也に体を縛られながらバックを突かれ、私は喘ぎながらも快感を隠せず狡猾な表情になり、そこにつけこみ優也が……」


「おい、壊れるな。戻ってこい」


「は! 私は今まで何を⁉」


「あからさますぎる! 二人とも、こいつの言うことは全部嘘だからな!」


 そう言いながら優奈とリサの方を向く俺。

 あらぬ誤解でまたもや変な目を向けられると困る。

 と言ってもこんだけ宮原が暴走した後だし、こいつらのことだからどうせ……


「……」


「……」


 あれ? フリーズしてる……?

 目は虚ろだし、大丈夫かこいつら。


「お、おい優奈? リサ?」


 呼びかけながら二人の肩をポンポンと叩いてみる。

 すると、二人とも同時にハッと目を覚まし、


「あ、危なかった……」


「川の向こうで亡くなったはずのお爺様が手を振っていたわ……」


 などと口々に言いだした。


「お前ら……生きてるか?」


「うん……多分……」


「大丈夫……だと思う……」


 とは言っているものの、二人とも顔は青ざめていて、全然大丈夫でなかった。


「……お前らもしかして、十八禁チックな話って苦手なタイプか?」


「……うん……」


「……実は……」


 まじかよ

 あっち系の話が苦手な人がいるってのは聞いたことあるけど……三途の川まで行っちゃうやつなんか初めて見た。

 世の中色んな人間がいるもんだ。


「んで? 宮原は何しにここに来たんだよ」


 優奈とリサを椅子に座らせて休ませると、俺はずっと気になっていたことを宮原に尋ねた。


「おお、そうだ忘れていた」


 あざとく手をポンと叩きそう言うと宮原は自分のカバンから一枚の紙切れを取り出した。


「私はこの部に入部届を提出しに来たのだった」




「……は?」

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