2 変人との出会い
リサが入部してから早いもので一週間が経過した。
一年生のほとんどの生徒が既に部活に入部し、活動を始めているため今度こそこの現代文章構成部に新入部員がやってくるという奇跡が起こることは無いだろう。
したがって、現代文章構成部のメンバーは俺と優奈とリサの三名となった。
まぁ、今のところ活動内容はあいも変わらず部室の掃除だけなんだけど。
今の時点で、ようやく部室の半分くらいのガラクタが片付いたというところだ。
リサが入部する前と作業スピードがあまり変わっていないと感じるのが気になるが、人数が増えたことで作業効率はアリの涙やサルの毛くらいには向上したと思いたい。
「あ〜! もう嫌〜!」
学校のゴミ捨て場に、みんなで一人一台ずつ壊れた古いテレビ(なんと今時珍しい箱型)を持っていき、部室に戻ってきた時、リサが唸った。
「なんでこう毎日毎日アタシが制服を汚して粗大ゴミの片付けをしないといけないの⁉ 意味わかんない‼ ここ現代文章構成部よね⁉ ゴミ処理部じゃないわよね⁉」
「そう言うなって。ここに入部届を出しに来る時に部室の惨状を見ただろ? その時点で察しろよ」
「そうよ? 何回も言ってる通り、ここを片付けないことには、この部屋は現代文章構成部の部室として認めてもらえないの」
「あぁ……どうしてこうなったのよ……アタシはゴミ処理するためにこの部活に入ったんじゃないのよ……?」
「そう腐るなって。ほら、次これ運ぶから、そっち持ってくれ」
「はぁ……はーい……」
何十回目だろうな……こんな会話。
リサには入部した日の次の日から部室の片付けに参加してもらったのだが、開始三十分でブツブツと愚痴り始めた。
その時は今のような感じで俺と優奈がなだめ、作業を続けたのだが……その後、リサは約十分刻みでさっきのような文句を垂れるようになってしまった。
面倒臭いことこの上ないが、その度に俺と優奈でリサを黙らせながら作業を進め、今に至っている。
これは前にリサから直接聞いた話だが、なんでもリサは、かの有名な夏希財閥の一人娘で、超がつく程のお嬢様らしい。
苗字が同じだとは思っていたが、まさか本当に夏希財閥の娘だったとは驚きだ。
リサは身の回りのことは全て専属のメイドに任せ、自分で何かをするということはまずないという超絶VIPで、俺と優奈が「あの宿題面倒臭いよな〜」「そうよね〜」と話している時、リサに「宿題なんてメイドにやらせればいいのよ」とマジな目をして言われた時は、腹立たしさを通り越してリサの将来を割と真剣に心配してしまった。
そんな超お嬢様が、いきなり部室の片付けで、粗大ゴミの処理を任されたのだ。
しかも現代文章構成部といういかにも文章を書くことが活動内容的な名前の部活で。
うん、文句を垂れてしまうのも無理はないと思う。
でもな……
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ、このくらい」
会議とかに使われる長い机持ったくらいでフラつくなよ……。
俺と二人で持ってるんだからさ……。
まったく……やっと半分片付いたとはいえ、先が思いやられる。
☆
帰り道。
いつもは優菜と一緒に帰るのだが、優菜は欲しい本があると言って校門を出たところで寮とは逆方向にある書店に向かってしまった。
ちなみにリサも家がその書店方面なので、寮の方に来ることはない。
つまり、俺は一人でとぼとぼ寮に向かっているというわけだ。
「はぁ……」
一人で帰ることのつまらなさにため息をつく。
そして顔を上げると、前方十メートルくらいにアドアネス高校の制服を着た茶髪の女子生徒の姿が見えた。
ただし、その女子生徒は道でしゃがみこみ、電信柱に片手をつきながらもう片方の手で自分のお腹を押さえていた。
……お腹が痛いのかな?
そう思った俺は、小走りで女子生徒に近づき、声をかける。
「あの……」
俺がそれだけ言うと、女子生徒が顔を上げ、俺と目が合う。
うっわ……可愛い。
遠目からではよく分からなかったが、こうして近くで見ると、目鼻立もしっかりしていて、高い位置で縛ったポニーテールもよく似合っている。
優奈やリサも飛び抜けて可愛いのだが、この人もまた、二人にはないものを持っている気がした。
「なんだ?」
「あ……あぁ、ごめんなさい。えっと……どうかしましたか?」
あっぶね〜……。
つい見とれてなんも言えなくなっちまった。
女子高生に声かけて顔を見つめて何も言わないとか、完全にヤバい奴じゃん。
でもなんとかリカバリーできた……よな?
「別にどうもしないが……そっちこそどうしたのだ?」
「いや……しゃがんでお腹押さえてたので、体調崩したのかと……」
声綺麗だな〜……。
喋り方が少し特徴的だけど。
「ふむ……それは心配かけたな。すまなかった」
「大丈夫なんですか?」
「あぁ、ちょっと目眩がしただけだ。昨日から生理でな。少し貧血を起こしたのだろう」
「せっ……」
生理って!
その単語って女子から男子に放っていいものなのか⁉
俺としては家族以外の人の生理的事情を知るのはこれが初めてなんですけど⁉
「おや? 生理と聞いて少し顔が赤くなっているぞ少年?」
「べ、別にそんなんじゃ……!」
あるけれども!
「ふぅん……お前、なかなか面白いな。私は1年E組、宮原鈴音だ。制服を見てわかる通り、お前と同じアドアネス高校の生徒だ。お前は?」
「1年C組、中川優也です……って、同級生⁉」
「そうだが……そんなに驚くべきことか?」
「いや……」
マジかよ……。
風貌とか、喋り方が何となく上級生って感じがしたから、勝手にそう思い込んでたけど、同級生だったのかよ……。
「ふはは、ここで会ったのも何かの縁だろう。よろしく頼む」
「あ、あぁ……よろしく……」
声をかけた時の胸の高鳴りは何処へやら。この宮原という美少女に対する俺の勝手なイメージは、少し変な人というものに変化してしまっていた。
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