新入部員ども

1 仁義なき闘い

 奇跡は起きるものだ。

 俺はこの時、そう思った。

 いや、そう思わざるを得なかった。


「に……入部⁉」


「そうよ」


「な、何かの間違いでは……?」


「何言ってるのよ。現代文章構成部ってここでしょ?」


 俺の聞き間違いではないかと確認をしてみたが、どうやら間違いないらしい。

 にわかには信じがたいが、これはいわゆる……新入部員というやつか?

 昨日の優奈じゃないが、今のタイミングでこんな得体の知れない部活に入部する生徒はまずいないと考えてもいいだろう。

 そんな中、数ある他の部活を蹴って、よりにもよってこの部活にやって来た胸の大きな金髪の美少女。

 こんな状況、奇跡と言わず何と言う。


「はい、これ入部届。名前はもう書いといたから」


 制服のポケットから綺麗に折りたたまれた紙を取り出す謎の美少女(こんな部活を訪ねてくる時点で謎だ)。


「部長に渡せって担任から言われたんだけど……部長どっち?」


「こっち」「そっち」


 俺と優奈が同時にお互いを指差す。


「へ?」「え?」


 そして顔を見合わせた。


「……何だその手は」


「そっちこそ何よ。その指は私を向いているようだけど?」


「いやいや、部活作ったの優奈だろ? 優奈が部長やれよ」


「え?でも基本的にこの現代文章構成部の活動として実際に小説を書いていくのは優也なんだから、部長は優也が相応しいわ」


「何言ってるんだよ。俺なんかには部長なんて、荷が重くてできるわけないぜ。やっぱり優奈、お前が適任だよ」


「謙遜はやめてよ優也。私はあくまで優也の小説のサポート役。そんな私が部長なんて畏れ多くてできるわけないわ」


 こいつ……部長やる気ないな。

 部活創った時なんか、自慢気に話してたくせに。

 日誌とか書いたりするのって、面倒臭そうってのはなんとなくわかるけどな。

 まぁ俺もそんな面倒な仕事を進んでやるほど真面目ちゃんじゃないからな。

 何としてでもここは譲るワケにはいかない。


「ははは……面白い冗談だ。今度俺の小説に組み込むとしよう。だから部長はお前がやれ」


「あはは……そっちこそ冗談はよしてよ。バカも休み休み言ったらどうなの?」


「ははは……」


「あはは……」


「ちょっとアンタたち、顔怖い……」


 俺と優奈が部長争い(?)の火花を散らしているのを見てドン引きする金髪の美少女。


「もう、そんなのどっちでもいいから、早く受け取ってよ、入部届」


「ほら、せっかくの新入部員を待たせちまってるぞ? 早く受け取ってやれよ。優奈部長……」


「そうよ。待たせるのは良くないわ。だから早く受けとんなさいよ。優也部長……」


「あ〜もう焦れったいわね! ジャンケンで決めなさいよジャンケンで!」


 流石にイラつかせてしまったようだ。

 こればかりはすまない新入部員の金髪の美少女よ。

 現代文章構成部なんていう得体の知れない部活に赴いてしまったことを後悔してほしい。

 そこにいた、たった二人の部員はどうやら二人とも面倒臭がりのダメ人間だったらしい。

 ……しかしジャンケンか。悪くない勝負の方法だ。


「ジャンケンね……悪くない方法だわ」


 優奈も俺と同じ考えだったらしく、


「それで行くわよ。負けた方が部長で、異論はないわね」


「いいぜ。俺と優奈、そろそろ白黒つけようじゃないか」


 出会って三日も経ってないけど。


「アンタら、どんだけ部長やりたくないのよ……」


 呆れたように金髪が言ったが、その質問は野暮だというものだ。

 そんなもん、天地がひっくり返ってもやってたまか。


「よーし、いくぞ……」


「いいわよ……」


 あー緊張する。

 人生で一番緊張するジャンケンかもしれない。

 しかしその緊張を払いのけ、俺は戦う。

 なぜなら……


「最初はグー、」


「「ジャンケンポン‼」」


 部長なんてやったこと無くて何やったらいいか分からないからだ……!


          ☆


「は……初めて見たわ。こんな壮絶なジャンケン……」


「く……くそぉぉおお‼」


 ま……負けた……!

 そんな……バカな……!


「しかし、ジャンケンクッソ弱いわね、優也」


「う、うるしぇ〜……」


「確かに……一回負けて、『これは三回勝負だ』とか言い出して、それでも全敗して……」


「う……」


 俺を哀れむような目で見る金髪。


「『十回勝負だ』とか言い出した時は流石に優也の往生際の悪さにかなり引いたけど、まさか全勝しちゃうなんてね」


「俺だってこんな結果予想してなかったよ!」


 まさか十戦全敗とは……。

 小説にも書けないようなネタじみたジャンケンだったぜ。


「優奈……だっけ? アンタもよくそんな勝負受けたわね」


「うん、まぁね。なんとなく勝てる気がしたっていうのもあるし、チャンスを与えてからドン底に突き落とす方が、優也を絶望させることができるじゃない」


「お前最っ低だな」


 出会った当初の可愛さとは裏腹に、思いがけない優奈の腹黒さを知った瞬間であるが、とりあえず今回の勝負で分かったのは、俺はジャンケン弱い系人類の最高峰に君臨しているのだということだ。

 これから何か勝負事をする時はジャンケンはやめておこう。


「とにかく、負けたんだから、優也が部長やりなさいよね」


「あ〜もう! 分かったよ! 俺が部長でいいです!」


 もうこうなりゃヤケクソだ!

 日誌でもなんでもどんとこい!


「それじゃ優也、これアンタに渡しとくね」


「あぁ」


 俺は金髪から入部届けを受け取る。

 名前の欄にはボールペンで書かれた綺麗な文字でこう書かれていた。


「夏希……リサ?」


「そ。一年B組、夏希リサ。苗字で呼ばれるの好きじゃないから、名前でリサって呼んでちょうだい」


 そう言いながらウィンクするリサ。

 元の素材がいいからか、こういう凡人がやると普通に痛々しい仕草がやけに様になっている。


「あぁ、分かったよ……えと……リサ?」


「よろしくね、リサ」


 俺と優奈も軽く挨拶をし、これにてリサは正式に現代文章構成部の部員となったわけだが、思いもよらないジャンケン大会で部室の片付けがおろそかになり、挙句俺が部長になるという最低な展開を迎えてしまった。

 しかし、新入部員が新たに入り、その子とこれから一緒に活動できるというのは、俺としてはとても嬉しいことだった。


 ……優奈がどう思ってるか知らんけどな。


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