3 結果

 さて、問題だ。

 今回俺たちは、学校で定められた部活の活動時間である二時間という少ない時の中で、いったいどれだけこの異質空間を浄化することができたのか。

 その答えは、まさに一目瞭然というか、百聞は一見にしかずというか、とにかく一度見てみれば一瞬で分かると言えるべきものだった。


「えっと……なんか変わったか?」


「ゴメン……分かんない……」


 全く変化なし。

 いや、全くってことはないだろうから、目立った変化が見られないと言った方がいいか。

 しかし、この俺たちの豆腐頭には難題すぎる間違い探しに、俺と古川は扉の前に呆然と突っ立っているしか出来なかった。


「古川、お前片付け始める前なんつったっけ? 確か、塵も積もればなんちゃらって言ってたよな。後ろを振り向けば『俺たち頑張ったんだ』って思えるって」


「うん……そうだね」


「それじゃ、今こうやって俺たちの努力の跡を振り返ってみて、俺が率直に思ったこと言ってもいいか?」


「うん……できれば聞きたくないけど、私もきっと同じこと思ったから」


「そうか……それじゃ、言わせてもらうよ」


「うん……」


「俺たちって、頑張ったのか?」


「ゴメン……分かんない……」


 もうちょっと変化のある返答を求めていたのだが、古川から返ってきたのはさっきと全く同じセリフだった。

 でも、これはしょうがないと思う。

 俺だって、逆の立場だったら似たような答えを返しただろう。

 それほどまでに、二時間の努力が報われなかった俺たちは惨めだった。


「知らなかったぜ……自分のした努力があまりに報われないと、人間こうなるんだな……」


「私も知らなかった……ゴメンね優也。私、これからは自分の言葉に責任を持つようにするよ……」


「はぁ……そうしてくれ」


「うん……そうする」


 以下、沈黙。

 俺たちは、言葉が出てこなかった。

 というか、この部屋汚すぎるだろ。

 よくここまで一つの部屋を汚くすることができたな。

 オリンピックに『部屋汚し選手権』とかあったら、ここの教師なら難なく団体戦でメダルを持って帰ることができるだろう。

 そのメダルはまさに不名誉の塊だが。

 キャルロ先生が俺たちを利用したとは言え、この部屋を綺麗にしないとダメだと感じたあたり、俺たちの顧問は意外とマトモな人なのかもしれない。


「私たちって、何やったっけ?」


 数十秒間に渡る沈黙を最初に破ったのは、古川だった。


「えっと……まずエアコンとかのデカいモノから外に出して、学校のゴミ捨て場に運んでその後は……」


「その後は?」


 あれ? その後って……


「い……今に至ってる……」


「ははは……なんだ……私たち、ほとんど何もやってないじゃない……それだけやっただけで……二時間?」


「そうらしいな……」


 今日俺たちが運んだのは、片付け始める前に古川が持ってきた電子レンジ、ガラクタの中でも一際目立っていたエアコン、そして、使えなくなった大きめのガスストーブ。

 二人揃って人並み以下の力しかない非力な俺たちは、一つのガラクタを二人で持ち、普通に歩いて向かっても部室から十分はかかるところにあるゴミ捨て場に二十分くらいかけて向かって、また十分くらいかけて部室に戻る。

 ちなみにこの時、疲れて走る気力は俺たちにはない。

 ついでに言うならエアコンを運んでる最中、ランニング中の運動部に出くわし、『黒髪の美少女と特に特徴の無い一年が制服を汚してエアコンを運んでいる』という超絶クレイジーな場面をそいつらに見られ、精神的にも参っていた。

 これを三往復するだけで1時間半だ。

 まあ、妥当っちゃ妥当な結果だな。

 ただ、肉体的疲労だけは運動不足の俺の体にもろに響き、沢山仕事して部屋を綺麗に片付けたと錯覚させたのだ。


「まったく、なんつー無駄な時間を……」


「ホント、もっと効率よくやればよかったね……」


「これ以上効率よくやる方法なんかある気がしないけどな」


 ガラクタを二人で持って運ぶ。

 この作業に効率のいいやり方なんか存在しないだろう。


「虚しいね……」


「あぁ、虚しい……」


 その後俺たちは部室から出ると俺がずっと持っていた鍵で扉の鍵を閉め、話し合い(押し付け合い)によってこれからは俺が鍵を持つことになった。


          ☆


 俺たちは二人とも帰る先が寮の為、帰る方向は一緒だったのだが、特に話すこともなく黙ったまま寮へと辿り着いてしまった。

 男子寮と女子寮が分かれる道で、俺たちは止まる。


「えっと……今日はゴメンね。色々」


 そして先に口を開いたのはやはり古川だった。


「なんで謝るんだよ。お前の行動力が無かったら、あのよく分からん部活も出来なかったわけだし。それに、なんだかんだで割と楽しかったぜ? 俺は」


「そ、そう? それなら良かったんだけど……」


「ん? どうかしたか?」


 暗いからよく分からないが、何かもごもご口ごもってるみたいだぞ。


「ねぇ! 優也!」


「お、おう⁉」


 いや、近い近い。

 優奈の吐息が顔で感じられる。


「わ、私のこと、名前で呼んでくれない⁉」


「え、名前で?」


「私だけ優也のこと名前呼び捨てだと、恥ずかしいから……これから優也は、私のことは優奈って呼んで」


 この焦った感じ、きっとこいつ、今すごく顔赤くなってるだろうな。

 暗くて顔色なんか分からんけど。


「んな突然言われても……」


「お願い! ペンネームを呼ぶ感じでいいから!」


「そ、そうか……? それなら……えと……優……奈?」


 やべぇ!

 女子のこと名前で呼んだの超久しぶりすぎてメチャ緊張する……!

 どーしよ……古……優奈のこと言えねーな。

 多分、今俺顔真っ赤だ。


「そう! できるじゃない! これからそうやって呼ぶこと!」


「あ……あぁ……」


 優奈は俺の人差し指を向けながらそう言うと、回れ右して俺に背を向け、ダッシュで女子寮の入り口まで走っていった。

 そして走りながら、顔だけ俺の方を向き、


「今日は楽しかった! また明日ね!」


 と言った時には不覚にもちょっとドキッとしてしまった。

 そして昨日と同じくまたもや1人残され、道端にポツンと悲しい状態で、


「……何なんだ一体」


 と呟き男子寮へと戻った。


          ☆


 事件が起きたのは翌日の放課後のことだ。

 俺と優奈が昨日に引き続き、部活という名の片付けをしていると、部室の扉が静かに開かれた。


「現代文章構成部っていうのはここ? 入部したいんだけど」


 扉を開いたのは高校生にしてはやたらと胸の大きさが目立つ、金髪の美少女だった。

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