2 お片付け

「片付け?」


「当たり前でしょ?こんなに汚れてたんじゃ、何もできないもの」


 まぁ、そりゃそうだよな。

 正直、今のこの教室ではこの世に存在するありとあらゆる業界の『作業』のほとんどができる気がしない。

 唯一できる作業が『片付け』といったところだろう。

 なにしろホコリを大量にかぶったガラクタがあちこちに散乱し、教室内で床が見えているスペースの方が少ないから歩き回ることもできない。

 この部屋を部室として使っていくに当たってまずは部室を片付けなければならないという古川の言葉は正論だと思うし、理解もできる。

 しかし俺の心の中には問題点が一つだけ浮かんでいた。


「たった二人でこれだけやるのかよ」


「あ……」


 そう。

 教室の汚さに対し、圧倒的に人員が足りないのだ。

 しかもガラクタの中には(おそらく壊れている)ストーブやエアコンなど、大きめのものも含まれている。

 俺と古川の非力な男女二人組では、一日かかっても全部片付くとは到底思えない。


「それはまぁ、何日かかけてやるしかないよね……」


「やっぱそうなるか……」


 俺が「はぁ……」とため息をつきながら肩を落とすと、


「で、でも安心して。この教室片付けたら、好きに使っていいってキャルロ先生が言ってたから、片付けたら私たちのものよ」


「……は?」


 今こいつなんて言った?


「だから、片付けたら私たちのものになるのよ。顧問の先生がそう言ったんだから、間違いないわ」


「……お前さっきもうすでに部室になったみたいなこと言ってたよな」


「あぁ、あれは言葉の綾よ。でも、片付けるだけで私たちの好きにできるんだもん。もう部室になったも同然でしょ?」


 や、やられた……。

 どーりで色々上手くいきすぎてると思ってたんだ。

 私立高校で入学三日目に得体の知れない部活の創部申請が通り、部室を提供してもらえるなんて美味しい話、あるわけ無いよな……。


「あのな、よく聞け古川」


「なに?」


「よく小説とかアニメにあるだろ?『目を覚ませ! お前は利用されてるんだ!』っていうシーン」


「確かにあるけど……それがどうかしたの?」


「あんまりこういうベッタベタな台詞は使いたく無い主義だが、あえて俺は使わせてもらう。古川、目を覚ませ。お前は利用されてるんだ」


「へ?」


 最後の方思いっきり棒読みだったが……まぁ、つまりはそういうことだ。

 顧問になってくれたキャルロ先生は、元々汚かったこの教室を綺麗にするために俺たちを上手く利用した。

 この教室を汚くした張本人である教師は手を汚さず、部室の提供にかこつけてここを生徒に綺麗にさせるという暴挙に出たんだ。

 どうせ物置がわりに使ってた教室だ。

 片付けた後俺たちの好き勝手に使わせても別になんの痛手も無い。


「はぁ……そんくらいのこと、気づいてくれよ……」


「でも、片付けたら使わせてもらえるんだよ? 利用されてるって言っても、いい話だと思うけどな」


 いやまぁ確かにそうなんだけどな……。


「勘弁してくれよ。制服は汚れるし、疲れるだろ?」


「でも、いいこともあると思うよ」


 古川はそう言うと、頭を抱えた俺から離れてガラクタの方へ歩いた。

 そして、少し大きめの、恐らく調理室の備品だったであろう電子レンジが転がっているところの前までいき、それに手を伸ばす。


「よいしょっと」


 そして、電子レンジを持ち上げやがった。


「おい、お前なにやってんだ?」


「なにって、見ればわかるでしょ?」


 古川はおぼつかない足取りでヨロヨロと少しずつ歩みを進めながら俺のところまで電子レンジを持って戻ってくる。

 だ……大丈夫なのか?

 こういう場合助けた方がいいのだろうか……?


「どっこいしょ!」


 俺の前まで戻ってきたところで、ズンという音をさせながら古川は電子レンジを床に置いた。

 音からして、きっと十キロ以上はあるだろう。

 ……ていうか、『どっこいしょ!』て。

 あなた一応仮にも美少女なんだから、イメージバランス崩壊を免れるためにも、そういうオッサンくさい台詞はやめていただきたい。


「ふう……見て、優也」


 そう言って電子レンジが置いてあったところを指差す古川。


「……別になんかあるか?」


「違うわよ。床が見えてるでしょ?」


「あぁ」


 確かに、電子レンジのあったところはしっかり床が見えていた。

 ……全体の五十分の一にも満たないけどな。


「今みたいなことを少しずつ進めていけば、どんどん見える床も増えてくると思わない?」


「まぁ、そりゃそうだな」


「塵も積もれば山となるってことわざがあるでしょ? 少しずつ頑張れば、なんとなく後ろを向いた時、『わぁ、私たちってこんなに頑張ったんだ』って思えると思うの」


 そう言うと古川は、俺の方を見ながら笑った。


「さ、今日中にある程度終わらせちゃお。それで、早く作業始められるようにしよ!」

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