古川優奈

1 現代文章構成部

 翌日の放課後、俺が帰ろうと鞄に教科書などを詰めていると、いつの間にか側に古川が立っていた。


「優也、これから時間ある?」


 昨日の別れ際に引き続き、名前を呼び捨てにされた俺は、ちょっとドキッとする。


「あるけど、何か用か?」


「ちょっとついて来てくれない?」


「どこ行くんだ?」


「来れば分かるわ」


 にこやかに微笑む古川に怪しさを覚えながらも俺は鞄を持ち、古川と一緒に教室から出る。

 その時、「古川さんが、何であんなやつと?」「あいつ、誰だ?」「もう口説いたのか?」「狙ってたのになー」などという声が教室から聞こえたが、その辺は弁明すると面倒なことになりそうなので放っておくことにした。

 俺と古川の関係がネット小説家と、その小説の挿絵担当だということは、できればクラスの連中には秘密にしておきたい。


          ☆


 古川と歩き続けること十分。

 俺が連れてこられたのは、職員室や会議室がある『職員棟』の二階の端っこにある空き教室の扉の前だった。

 その扉は、普通の教室についている引き戸ではなく、ドアノブのついた、住宅で見かけるようなごくごく普通のドアで、教室というか部屋の前にいるような感じがした。

 古川は制服のポケットの中から小さな鍵を取り出し、ドアノブの下にある鍵穴に鍵を入れて回すと、ガチャリという昔ながらの開錠音が聞こえた。


「さぁ、入って」


「あ、あぁ」


 俺は言われた通りドアノブを回し、扉を開いた。


「わ……わお……」


 そして空き教室の内部を見るなり、俺は驚愕の声を漏らした。

 ひ……酷い……。

 そこには、ホコリを被った机や椅子、おそらく使えなくなった蛍光灯やストーブなどが山ほど転がっている異質の空間が広がっており、それは良く言えば物置、悪く言うならゴミ屋敷だった。


「酷いもんでしょ? 学校中の粗大ゴミがここに集約されてるって感じで」


 古川は笑いながらそう言うと、中に入り、扉の前で呆然と突っ立っている俺の前に立った。


「でも、ここが私たちの部室になるの。いえ、正確にはもうなってるわね」


「……部室?」


「昨日話したじゃない、これからどうするかって話」


「ああ、活動場所云々って話か」


 でもあの時は、放送が流れた途端に古川はどこかに行ってしまい、俺だけが教室に1人ポツンと残されるという非常に切ないことになった。


「お前あの後どこ行ってたんだよ」


「もちろん、職員室よ」


 全然もちろんになってないし。


「創部申請をしてきたのよ」


「創部申請?」


「あの放送を聞いた時、ピンと来ちゃってね、これしかない! って思っちゃった」


 一年のほとんどが部活動見学に行っている中、入学三日目で創部申請を届け出るというなんともイレギュラーな女子生徒、古川優奈に俺は嘆息しつつ、


「んで? どんな部活を創ったんだ?」


「現代文章構成部よ」


「現代文章……構成部?」


 なんだその謎すぎる部活動は。


「で、何する部活なんだよ」


「小説を愛し、小説を感じ、小説を論ずる。このスリーSをテーマに掲げた部活よ」


「……胡散くせ〜……」


「まぁ、建前だからね。本当の目的は、私と優也の活動場所の確保だから」


「建前だとしても、そんな理由で通るもんなのか?創部申請って」


 俺が呆れたようにそう言うと、


「漫画研究会って部活がこの学校にもあるでしょ? だから小説が好きな人が集まる現代文章構成部っていうのもあってもいいんじゃないかしらって先生に掛け合ってみたら、割とすぐに創ってもらえたわ」


 と、自慢げに答える古川。

 そんな理由で創部申請を通していいのか教員よ。

 ちょっと適当すぎやしないか?


「それで、俺もその部活の一員だと?」


「そうよ。優也の分の入部届は私が書いておいたから、心配しないで」


「お、おう。そうか」


 んな勝手に……と思ったが、特に入ろうと思う部活も特になかったので、別にいいかと自分を無理矢理納得させた。


「それに、今は部活動見学の真っ最中で、大体の一年生は昨日今日でどこに入部するか決めてると思うの」


「それがどうかしたか?」


「つまり、誰もこの得体の知れない部活には入らないってこと」


「え、それってダメじゃね? てか得体の知れないって自分で言ってるし」


「分かってないわね。それでいいのよ。私と優也の二人だけの方が、作業も集中できるでしょ?」


「まぁ、そうだけど……」


 でも、部活として色々アウトだろ。

 最低限必要な部員数とかあっただろうに、本当よく創部申請通ったな。


「顧問になってくれた先生にも、感謝しないといけないわね。この空き教室を部室として提供してくれたんだから」


「顧問いたのか!」


「そりゃいるわよ。曲がりなりにも部活なんだから、顧問がいないと成立しないもの」


「まったく、誰だ?このお先真っ暗な部活の顧問なんかになってくれた勇気のある先生は」


「キャルロ・A・ユーティス先生」


「外国人の先生か?」


「まぁ、そうね」


 英語の先生かな、きっと。

 まだこの学校の先生は全員把握してないからよく分からないが、なんにせよその先生には感謝だ。

 部活動の顧問というのは、教員からしてみればすごく面倒な仕事って言われてるし、しかもその顧問になる部活がこれじゃあな……。

 面倒に面倒が重なってパーフェクト面倒になることは目に見えてる気がする。

 部員の少なさで廃部にならないといいけど。


「さてと、お喋りはこの辺にして始めるわよ」


「えっと……何を?」


 この物置(ゴミ屋敷)でできる活動なんてないと思うが。


「だから、お片付けよ。始めるわよ」


 古川は腕まくりをしながらそう言った。

 本当、最初からパーフェクト面倒だな。

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