3 昔のこと

 寮に戻り、帰りにコンビニで買った弁当を食べた後『Re:Friend』の続きを書くために俺はパソコンの前に座った。

『小説どっとこむ』のマイページを開き、自分の小説に届いた感想やPV、ブックマーク数などを眺めていると、なんだかんだで地味に人気があるんだよな……と実感してしまう。

 俺の小説、『Re:Friend』のレベルは、『小説どっとこむ』全体では中の下といったところだが、誰かが読んでくれているというのは、単なる自己満足の為に書いていた俺にとって、なかなかに嬉しいことだった。

 こんな感情に浸ることができるのも、不謹慎だが二年前に起きたあの事件のおかげなのかもしれない。


 二年前のこと。


 俺には小学校の頃から仲が良く、好きだった女子がいた。

 ダメ元で中二の春、その子に思い切って告白してみたところ見事成功。

 自分でもなぜあの告白が上手くいったのかは意味不明だが、晴れて俺はいわゆるリア充というやつになった。

 今から思えば、所詮は中学生。

 恋人になったからといって、やることは一緒に遊んだり、学校で仲良く喋ったりするくらいだ。

 でも俺は、それだけで確かに楽しかった。

 ずっとこうしていたいと思えたんだ。


 事件が起きたのは忘れもしない、八月二十四日、水曜日。


 夏休みも後半に差し掛かり、課題を全く進めていなかったにも関わらず、俺は相変わらず彼女と遊びまくっていた。

 その日も同じで、彼女とカラオケに朝から入ってエンジョイする予定だったのだが……その日、彼女は待ち合わせの場所に来なかった。

 いくらメールを送っても返信は来ず、電話も一切繋がらない。

 どうしようもなかったので、「きっと何か外せない用事があったんだろう」と思い、その日は帰宅した。

 彼女が待ち合わせ場所に来なかったのは、来る途中に交通事故に遭い、病院に搬送されたからと知ったのは、翌日の昼間のことだ。

 俺が彼女の両親からその話を聞いた時には、既に彼女は息を引き取り、病院のベッドで亡くなっていた。

 その日の俺は、ずっと泣いていた。

 涙が枯れるというのは話には聞いていたが、実際になったのはあの時が初めてだった。

 それから、俺はとてつもない責任感に駆られた。

 あの日カラオケに行こうと誘ったのは俺だ。

 俺があの日、誘わずに家で大人しく課題を進めて入ればあんなことにはならなかったのかもしれない。

 彼女は死ななかったのかもしれない。

 俺の心は自分に対する憎しみと怒りでいっぱいになった。

 そしてあの楽しかった日々と、彼女を失った俺からは、笑顔が消えた。

 何をしても楽しさなんか微塵も感じることはなく、ただひたすらに、孤立していった。

 友達は笑わない俺を気味悪がり、気づけば俺の周りには誰一人として友達と呼べる人間はいなくなっていた。

 そんな時だ。ライトノベルに出会ったのは。

 一人でなんとなく本屋に出かけた時、偶然目に止まったズラリと綺麗に並べられた緑色の背表紙の数々。

 それが『NF文庫』が出版しているライトノベル小説のコーナーだということは本棚から出ていた仕切りにマジックで書かれていた文字で理解できた。

 見ると、すぐそばには試し読み用の薄いライトノベルが本棚からぶら下がっている。

 きっと有名な作品の冒頭部分が読めるのだろう。

 俺は何を思うでもなく、ただなんとなくそれを手に取り、読み始めた。

 そして……いつの間にかライトノベルの世界にどんどん惹かれていった。

 試し読みの最後のページの、『続きは買って読んでね!』という文字を読む頃には、俺は既に試し読みした作品の一巻〜三巻を手に取っていた。

 できれば全巻買いたいところだったが、俺の寂しい小遣い事情ではとてもお金が足りなかったのだ。

 購入後、すぐに家に帰り、試し読みしたところの続きを読む。

 内容は言ってみれば学園モノ。みんなでワイワイ楽しみながら、笑いあり涙ありのラブコメディで、あっという間に買ってきた三巻分を読み終えてしまった俺は、いつの間にか笑っていた。


 久しぶりに笑った。


 彼女が死んでから、一切笑うことのなかった俺が、たった一つ、ライトノベルで笑顔になれた。

 ライトノベルの素晴らしさを思い知った俺は、自分でも書いてみたいと思った。

 この世界のどこかに、俺のように笑顔になれない人がまだいるのなら、ライトノベルを知り、笑顔になってほしい。

 それに、亡くなった彼女にはもう会うことはできないが、会えないのなら創ればいい。

 俺が書くライトノベルのヒロインとして登場させることで、また会うことができる。

 これが、俺がライトノベルを書くきっかけになった思いだ。

 色々な小説を書いた後、中二の冬に、俺はちょっとした腕試しのつもりで大手ネット小説サイト、『小説どっとこむ』に、初めて投稿し始めたのが『Re:Friend』だ。

 タイトルは、『もう一度、友達から』というような意味で、構想を練っている段階で、なんとなく頭に浮かんだものを採用した。


「その小説が、今では挿絵をやりたいって子が現れるようになっちまったか」


 俺はキーボードを鳴らしながらそんなことを呟く。

 古川優奈……か。

 面白い子だったな。ちょっと変わってたけど。

 ただ、漫画版の『Re:Friend』は、凄かった。

 俺が生み出した主人公が、ヒロインが、動きを表現しながら喋っていたし文字でしか読者に伝えることができない小説ではイメージが付きにくいシーンでも、原作者の俺のイメージ通りと言っても過言ではないくらい細かく、しっかりと表現されていた。

 まさに、感動モノである。

 おそらくここ最近の中でもぶっちぎりの感動を古川は与えてくれた。

 前の作品は家にあるとか言ってたし、今度見せてもらうかな。

 なんか今日で随分と仲良くなった気がしないでもないし。 


「ふぅ……」


 色々と考えてる内に最新話を書き終えた俺は、一息つき、伸びをする。

 なんか色々疲れたし、今日はこれを投稿して、風呂入って寝ることにしよう。

 この話も多分すぐに漫画版への移植が開始されるんだろうな。

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