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「『Re:Friend』の……挿絵⁉」


 確かに『小説どっとこむ』の機能として、小説に挿絵を挿入することはできるが……まさか五分前に初めて喋ったクラスメイトにそんなことを言われるなんて、夢にも思わなかった。


「私、絵には自信があるの」


 俺が一人で勝手に感動していると、古川はそう言って自分の鞄から一冊のスケッチブックを取り出し、俺に差し出した。


「見てみて」


「あ……あぁ」


 俺はスケッチブックを受け取り、表紙をめくる。

 そして最初の1ページ目を見た時、俺は絶句した。


「お、おい……これって……」


 俺がそう言うと、顔を真っ赤にする古川。

 そのページには、真ん中に大きな文字で『Re:Friend』と書かれ、ご丁寧に右下には小さな文字で『原作:yu―ya 漫画:yu―na』と書いてある。

 えっと……これはもしや俺の小説の漫画版か?


「そんなにタイトルばかり見てないで、中身を見てよ……」


「あぁ、ゴメン……」


 俺はタイトルのページをめくった。

 そして次のページからは、『Re:Friend』の漫画が、割と薄めな鉛筆で描かれていた。

 そのタッチは繊細で、上品で、手を抜いたところなど一切感じられない。

 イラストに関しては全く素人な俺でもこれだけは言える。

 その絵は、漫画は、とても素敵だった。


「すっげぇ……」


 俺は思わず声を漏らした。


「それ、最近描いたものなの。過去のものは、家にあるわ」


 確かに、このスケッチブックに描かれている『Re:Friend』の漫画は俺が最近更新した話だ。

 あ、これって二日前に投稿した最新話じゃん。

 漫画版の移植早えなー。

 最新話の漫画はまだ未完成らしく、話の中盤くらいでコマが途切れていた。


「ど……どう?」


 俺がスケッチブックを閉じると古川は心配そうな目で俺を見た。

 集中して漫画を見ていたせいで気づかなかったが、古川の顔がさらに真っ赤になっている。

 あの様子だと、俺がページをめくるたびに赤くなってたなこいつ。


「どうもこうもすげえの一言だよ。正直……感動した」


 俺は素直に思ったことを感想にして述べた。

 すると真っ赤にした顔を、ぱあっと明るくさせ、


「ほ、本当に⁉」


「本当だ」


「じゃあ挿絵もやらせてくれる⁉」


「いやあの……別に断るつもりなんて無かったんだが……その代わり、俺貧乏学生だから、お金とか渡せないけど……いいかな?」


「全然構わないわよ。私が好きでやらせてもらえることだし、何より……光栄だよ」


 この時の古川は、すごく嬉しそうだった。

 見ているとこっちまで嬉しくなってきて、俺は少し気恥ずかしい気持ちになってしまった。


「それにしても、yuーnaってペンネーム、なんか俺のと似てるな」


 俺は照れ隠し(にもならないが)に、古川の漫画のタイトルページを見た時から気になっていたことを言ってみる。

 するとまたもや古川は顔を真っ赤にし、小さな声で、


「その……私……あなたに憧れてたから……名前も似てたし……」


 と言った。

 俺はこの時、自分で墓穴を掘ったと認識してしまった。

 照れ隠しで俺が提供した話題で、さらに照れることになるとは……。

 きっと今の俺は、古川に負けず劣らず真っ赤な顔をしているだろう。

 その後、気まずい沈黙の時間が、約十秒間ほど流れた。


「……活動場所はどうするの?」


 あまりの気まずさに耐えられなくなったのか、顔を赤くしたまま古川は切り出した。


「活動場所?」


「そうよ。やっぱり、アマチュアと言えど、小説家と挿絵担当は打ち合わせや、一緒に活動をする場所が必要になると思うの」


「あぁ……」


 確かに、古川の言うことは正しかった。

 今後の方針、どう言う絵を描いて欲しいか、その他諸々を決めるためにそういう場は必要だと思うし、できることなら一緒に作業を進めていきたい。

 ていうか、俺たちはアマチュアって言っていいのか?


「教室とか?」


「ダメね」


「何でだよ!」


 俺の案に即答で返す古川。

 クラスメイトなんだし、放課後とかに教室で話すのもいい案だと思ったんだけどな。


「優也君、高校生っていうのは、良くも悪くも噂好きなの」


「……?」


「放課後に夕焼けに照らされたオレンジ色の教室で男女二人が仲良さげに話しているところを、例えば忘れ物を取りに来た生徒がたまたま目撃してしまったらどう思うかしら」


「あぁ……なるほどね」


 そんなところを見られ、かつ噂が広がるなら間違いなく俺と古川の交際的なアレだろう。

 しかも、古川はクラストップクラスで可愛い美少女ときてる。

 そんな噂が流れたら、クラスの男子は「あんな奴が古川さんと……」とか何とか言って俺にくだらない恨みを持つ可能性だってある。

 俺はもとより、古川としてもそんなスキャンダルはゴメンだろう。


「それじゃどこがいいんだ?」


「そうね……どちらかの家は?」


「俺、寮だぜ? 女人禁制」


 この春俺が入学した私立アドアネス高校は、この辺じゃ中の上くらいのレベルに位置する進学校だ。

 そこに受かったはいいのだが家が割と遠くにあるため、俺は学校近くに併設された学生寮から学校に通っている。

 その寮は、男子寮と女子寮があり、双方ともに異性を入れてはいけないというルールがある。

 何でも昔、不純異性交遊で女子生徒を妊娠させるという事件がこの寮であったらしく、それ以降このルールが厳しく取られていた。


「私も寮。これはダメだね」


「ああ。そうだな」


 まぁ、俺としては女子が部屋に来るのも、女子の部屋に行くのもめちゃ緊張するからその案はできるだけ避けたかったのだが。


「うーん、どうしたものかな……」


『ピーンポーン』


 古川が悩んでいると、その集中を紛らわすかのように校内放送が入った。


『五時になりました。部活動見学中の一年生は、速やかに下校してください。繰り返します。五時になりました。……』


 どうやら、部活動見学の終了を告げる放送のようだ。

 一年生は、部活動の正規の部員になる前に、好きな部活の見学を行い、そして入学してから五日が経過する明後日、正式に入部する部活を決める。

 アドアネス高校では、部活動をしていない生徒の最終下校時刻は五時と定められているため、一年生全員は五時に帰らなければならない。


「もう帰らないとな。それじゃ古川、俺もう……古川?」


「部活……? そうね部活なら……!」


 古川は放送を聞くなり小さな声で何かブツブツ呟き始めた。

 そして、何かを捉えたように、


「……そうね、それだわ!」


「どうしたんだ?」


 俺の言葉を無視し、古川は出しっ放しになっていたスケッチブックを自分の鞄にしまい、軽い足取りで嬉しそうに教室の扉の方に向かう。


「おい、ちょっと待てよ。どうしたんだよ」


 俺がそう言うと、古川は振り返り、ニコッと可愛らしい笑顔を見せた。


「思いついたの! 活動場所!」


「は?」


「私、寄るところがあるから、もう帰ってていいよ! 色々ありがとうね、優也!」


 そう言うと古川は扉を開け、駆け足で教室を出て行った。

 この時、古川がさらっと俺を呼び捨てで呼んでいたのを聞き逃さなかった。


「何なんだ? 一体」


 俺はそう呟くと、足早にこの誰もいない虚しい教室を後にし、家路に着いた。

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