閑話 幼き日 両親の姿

 が初めて戦場に出たのは10歳になったばかりの頃だっただろうか。

 エデン近海に多数出没した正体不明─恐らく反乱軍の遺伝子改良─の生物兵器の駆除を目的とした艦隊に従軍したのを覚えていた。

 沢山の砲声、怒号と化した指示が飛び交う甲板にその少年は立っていた。

 与えられたばかりで、少し大き過ぎる長剣に手をかけたその少年はあたりをキョロキョロと見回していた。


「心配するなジークフリート。私が絶対守ってやる」


 そんな息子の様子が不安そうに映ったのか、この少年の父はそう言って頭を撫でた。

 少し煙たい戦場、白を基調とした軍服に身を包む銀髪の偉丈夫。それが、少年、ジークフリート=アルファイドが初めて意識した父の背中だった。





「アルファイド大将、レーダーに妙な影が…」


 カマキリとサメを足して2で割ったような小型の生物が次々と処理されていく中、パーシヴァルの幕僚が端末を片手に駆け寄ってくる。

 パーシヴァルはジークフリートが覗き込もうとするのを制して、端末を受け取る。見るとたしかに、十隻あまりの艦隊が表示された海域に不審な影があった。


「大型の突然変異種ミュータントかもしれん、対潜警戒を強めろ」

「は!」


 ピシリと踵を揃えて去っていく幕僚を見送ってからパーシヴァルは無線を飛ばした。


『カーリー、すぐに来られるか?』

 

 相手はカーリー=アルファイド大佐、パーシヴァルの妻、つまりジークフリートの母である。

 いい返事が得られたようでパーシヴァルは満足げに頷いていた。

 数分後、甲板に出てきた彼女は凡そ戦場の装いとは思えなかった。一般的な軍服、武装と言えるのは腰に下げた長剣のみ。しかし、その双眸はパーシヴァルと同様に鋭い。


「母様!」

「おー、ジークフリート!お父様に迷惑かけてないかい?」


 大きく手を振る息子を撫でたカーリーはゆっくりパーシヴァルを振り返る。


「申し訳ありません、少し準備に手間取ってしまいました」

「かまわん」


 コロリと口調を変えたカーリーは剣をトントン、と叩く。周りの目がある場所では溝、或いは上下関係があるような会話をする二人だが、実際のところはラブラブである。

 アルファイドの妻として態度の切り替えができる彼女はパーシヴァルの理想の伴侶だったのだ。


「それで、何か問題があったのですか?」

「大型だ、恐らく他の奴らには対応できん」

「そうですか──今回は出番がありそうで嬉しいですわ」


 ニッコリと微笑んだカーリーは即座に重心を下ろして構える。ポカンとしている息子をよそに、パーシヴァルも長剣を引き抜く。


「来る」


 パーシヴァルが短くそう呟いた直後、海が割れた。

 大きな蛇──例えるなら昔、エデンがなかった頃の神話に登場したリヴァイアサン─のような何か、が姿を現した。

 海面に出ている部分だけでも戦艦より大きいソレは、たてがみのような何かを大きく震わせて咆哮する。

 その存在に気づいた兵士たちに動揺が広がっていくのが少年にも分かった。

 巨大に見合わない速度でジークフリートたちが居る船に接近してきた蛇はそのまま船に体当たりし、甚大な被害を引き起こす──






 ─ことはなく、10メートルほど手前で止まった。否、止められた。


「残念だが、息子の前だ。──本気で行かせてもらう!」


 聖騎士パラディンクラスの本懐は防御。その頂点たるパーシヴァルはつまり、エデン最硬を誇る。

 膨大なマナを纏わせた長剣が蛇に向けられ、それだけで物理的な障壁となって空間が軋む。


「GAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 蛇は力強く吠えたが、パーシヴァルは一歩も引かなかった。彼自らが仕留めに行っても良いのだが、今回はその必要もない。ジークフリートの視線が自然と蛇の、更に上を向く。

 太陽に重なって小さな影があった。その小さな影は少しづつ大きくなり─


「はぁぁっ!《カラドボルグッ》!」


 空歩スカイウォークで上空へと上ったカーリーがその勢い全てを自らの長剣に乗せスキルを放つ。

 位置エネルギーから変換された運動エネルギーと彼女自身のマナが乗った攻撃は絶大で、煌めいた五条の閃光が滑らかに─ケーキを切ったような滑らかさで─蛇を輪切りにする。


「GAAOOOOOOO!!」


 この世の終わりのような断末魔が響き渡り、大きな水飛沫が上がった。





 その後、他の大型が出現することもなく殆どの突然変異種を駆逐した兵士たちは、自分たちの危機を救った上官とその妻を讃えながら帰路についた。

 周りがお祭りムードの中、一人取り残された少年は肩を寄せ合って大海原を眺める両親に目を向ける。

 そして──自分もあんな風に肩を並べられる女性ができるのだろうか?と子供ながらに未来に想いを馳せていたのだった。

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