第25話 自分の為
「いやぁー、部屋抜け出すなんて久しぶりだったよ」
そんなことを平然と言って、アリアのベッドに腰掛けるのは先輩であるミューラだ。
アリアと同じバスローブから伸びる足が妙に蠱惑的だった。
「普通にくればいいじゃないですか、先輩ってたまに子供っぽいところありますよね」
「ん?そうなのかな──あんまりそう言うことハッキリ言ってくれる人いないから分かんないや」
「っ!…ごめんなさい。偉そうに言って」
「えっ?ううん、そう言うのとてもありがたいよ、ありがと」
「…あ……」
アリアの中で、自分の頭を撫でる年上の少女とプラチナブロンドの髪の少年が重なる。
(やっぱりみんな似たようなものなのかな)
「ん!アリアちゃん髪乾かした?」
妙な感慨を覚えていたアリアにミューラからそんな言葉がかかる。
「あ、ホントだ。忘れてました…」
まだ若干濡れている髪を触って目を見開く姿が愛らしい。
「おいで」
ミューラは自分の膝をポンポンと叩いて言う。
「乾かしてあげる」
「先輩が…ですか?」
「ん、早く」
「じ、じゃあ失礼します」
「はいどうぞ──いくよ?」
渋々ながら、膝に軽く腰掛けたアリアの赤い髪をミューラはマナを纏わせた右手でゆっくりと撫でる。
(ドライヤーとか使うんじゃないのかな)
というアリアの疑問をよそにミューラが口を開く。
「わたし下に姉妹がいなかったからこういうの憧れてたんだよね」
そんなことを言いながらアリアの髪を撫でていた。長い赤髪を、慈しむように。
ミューラはしばらくすると髪から手を離した。
「できたよ」
「えっ?」
予想外の言葉に思わず声が裏返る。
慌てて髪に手をやるが、たしかに綺麗に乾いていた。
「ど、どうやったんですかっ!?」
「えーと、コレが正しい
種明かしをするようにミューラは手を開いて見せた。そこにはビー玉程の大きさの水滴が浮かんでいた。
(えーと、リーシャさんが言ってた。なんだったっけな?そう──)
「─マナによる分子の操作?」
「ピンポンッ!大・正・解!」
そう言って水滴を手の周りで回転させたミューラは、ふと、思い付いたように指を鳴らした。その瞬間─
「!?」
パキリ、と音を立てて水が凍りついた。再びパチン、と指を鳴らせばそれは弾け、空気に溶けていった。
「…綺麗……」
思わずアリアの口からそんな言葉が漏れる。
「でしょ?今は出来なくていいからアリアちゃんも少しずつ練習してみてね〜」
そんなことを能天気に呟きながら、ミューラはベッドは倒れ込んだ。
今夜自分の部屋に帰るつもりはないようだ。幸いにもベッドは大人が三人寝ても余裕がありそうなサイズだ。
小さくため息をついたアリアは、柔らかく微笑んで自らも倒れ込む。
大きなベッドで肩を寄せ合いながら、姉妹のような2人は眠りに落ちていった──
──と言いたいところだが、2人の1日はもう少し続く。
「……アリアちゃんはさ、なんで……軍人になろうと思ったの」
暗闇に支配された部屋で、ミューラは不意にそんな質問を口にした。いつになく真剣な口調で。
「なんですか、急に改まって」
すぐに明るい返事があった。
「私ね、ずっと考えてたんだ。普通の家に生まれたアリアちゃんがどうしてこんな事してるのかなって」
「…え、と?」
「ふと思うんだ。自分が何のために戦ってるのかって。
小さい頃からグリアモール家の次女として当たり前のように勉強をして、訓練をして、そうして生きてきた。
今でこそ色々と理由が有るけど、最初はそんな感じ。──アリアちゃんは?」
「私…ですか?…………そうですねぇ」
アリアは少しだけ考え込んだ。
「強いて言うなら、自分のため、ですかね」
「自分のため?」
「私の父は軍人だったことは知ってますよね」
「うん、前に聞いた。…レムリア諸島の奪還作戦で亡くなったんだって」
「はい、それでその後、母も病がたたって」
隣でミューラが小さく息を呑むのを感じた。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないよ!じゃあ時々お母さんに会いにいく、って言ってたのは?」
「─お墓参りです」
「そうだったんだ。全然知らなかった。……今度、私もついて行っていいかな…」
「はい、両親も喜ぶと思います」
アリアは軽く唇を噛んだ。瞳の端に溜まった涙を拭い去り、無理やり気持ちを抑え込む。
「そこからはずっと一人で生きてきました。幸い、両親の貯蓄があったので暫くは大丈夫でしたし。 普通に学校行って、友達と遊んで──でもある時思ったんです。
私、何してるんだろう、って…」
「それで?」
言葉を詰まらせたアリアを、ミューラがうまく促す。
「気づいたんです、こんな思いをしているのは私だけじゃないって………だから、せめて、せめて周りの人だけは守ろうって、強くなろうって。
それで、父と同じ軍人になったんです」
「………」
「全部、自分のためです。ただの…自己満足」
「──そっか。でも自己満足じゃないと思うよ。そんなので軍人になれるわけじゃないからね。
きっと──きっとアリアちゃんなら、この長い戦いを終わらせられるかもしれないよ」
「え?」
「もちろん、私たちとね。……ごめんね、辛いこと思い出しちゃって、おやすみ」
布団の中で後輩の手を握ったミューラは、静かに眠りに落ちていった。
「おやすみなさい」
アリアも、その温もりを感じながらゆっくりと意識を手放していったのだった。
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