第24話 おやすみ

 グリアモール邸、アリアに与えられた部屋のシャワールーム。時間は食事が終わってすぐ午後9時過ぎ。

 アリアはその赤い髪についた泡を流しながら、自分のお腹に触れていた。

(やっぱり、女の子らしくないよね)

 見るだけなら、普通に無駄な肉付きのないだけの美しい躰に見えるだろう。

 しかし一方で、触れれば薄い皮下脂肪の下にかなりの筋肉が付いているのがわかるだろう。

 それにコンプレックスと誇りを感じるという不思議な状態にあったアリアはひとり、悶々としていた。


「ジークには触られちゃったしな……」


 何よりも気になっていることがその口から零れ落ちる。

 実を言うとジークがそんなことで人を見るわけはないし、むしろ努力の結晶ともいえるアリアの身体には魅力を禁じ得なかったのだが、アリアはそんなことを知るはずもなく、ひとり落ち込む。

(先輩に相談してみようかな)

 そんなことを考えながら、洗い終えた髪の水気を丁寧に拭き取ったアリアは、シャワールームを出た。

 用意されてあったバスローブを纏い、夜景が一望できるソファーに腰を下ろす。

 すかさずウィンドウを開き時間を確認した。


「あと8分で十時、か…まだ寝るには早いかな」


 いつものように読書で時間を潰そうとしたところに、外部からの通信が入り画面が切り替わる。


「……っ!?」


 普段どうり、応答しようと思ったアリアだが、表示された名前を見て硬直する。

 すなわち、ウィンドウにはこう表示されていた。







 ジークフリート=アルファイド、と








「は、はい、どうしたの?」


 軽く髪を整え、服装も─と言ってもバスローブだが─正したアリアはできる限り明るく、彼の望むように敬語なしで応答した。

 切り替わった画面には、わずかに眠たそうな顔をした銀髪の少年が、─最初にあった時のように─動物の耳のようなものがついたフードをかぶってこちらを見ていた。


「…アリアか?」

「そうだよ?そっちからも見えてるでしょ?」

「ん、そうだな」


 実に気怠げな表情で、ジークは大きく伸びをする。

 そしてキリッ、と表情を引き締め、画面越しにアリアを見た。


「あのさ…あれから体、何ともなかったか?」


 少し気まずそうな─顔の幼さも相まって、或いは悪戯に罪悪感を感じた子供のような─瞳がアリアを射抜く。

(そっか、心配してくれて連絡くれたんだ)

 少し考え込んだアリアは改めて相手の少年を正面から見つめ返した。

 不安そうに瞳を揺らす少年を見て、アリアは納得する。

 ああ、本当にただ優しいんだな、と


「うん、おかげさまで。むしろ調子がいいくらいだよ」

「本当か?また変な気使ってんじゃねぇよな?」

「フフ、ほんとほんと。

 約束するよ、私は、私だけは何があってもジークを特別扱いしない」

「──…………い」


 自信を持って言ったアリアの言葉に、ジークが何か応える。


「え?」

「だから、特別じゃないのは寂しい」

「えぇっ!?」

「…アリアは…その、初めての友達だから……」


 わずかに視線を逸らして言われ、アリアは体から力が抜けるのを感じた。

 ただ純粋に嬉しかった。


「フフ、そうだね。じゃあ特別、で…」

「ん、嬉しいっ!今日はごめんな、デリカシーないこと言って」

「ううん、こちらこそ、突っかかっちゃってごめんね。今日のお礼はまたいつかするから──じゃあ、おやすみ」

「ああ、楽しみにしてる、おやすみ」


 少年が嬉しそうに笑ったのを最後に、通信が切れる。

 アリアはなんとも言えない幸福感に包まれながら大きく伸びをした。

(今日は早めに寝ようかな、なかなか寝付けなそう、ふふ)

 そのささやかな幸せを噛み締めながら、小狐を全力で抱擁したアリアはベッドに向かうのだった。





 ところが、小さなアラームが玄関から聞こえ、おそらく今夜最後の出来事の始まりをアリアに予感させるのだった。

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