第23話 晩餐

「はぁ〜〜〜〜っ」


 大きなため息と共に、赤毛の少女はソファーに倒れ込んだ。窓際に置かれた高級ソファーが少女の体重を優しく支える。

 ゆっくりと部屋を回ってみたアリアだったが、改めて不相応なのではないか、という疑念が巻き起こる。


「……でも、断るのはマナー違反っぽいし、自分で部屋借りるのもちょっとね」


 自分慰めるように呟いて、フフ、と小さく笑う。

(それにしても、この辺のマナーはお父さんとかとは違うんだよね。お父さんなんて断りまくってたし、我が家がおかしかったのかな?)

 そんな昔のことに思いを馳せていると、背後で静かな扉の開閉音が聞こえた。

 反射的に体を硬くして振り返るが、見知った顔だったためすぐに緊張は解けた。


「リーシャさん」


その名を呼ぶ。


「御夕食のお時間ですが、その前に」


 普段よりも更に口調を固くし、装いも完全に使用人のソレとしたリーシャが、部屋へ入ってくる。

 そしてその腕には…


「…あ」


 炎でできた狐が抱かれていた。

 アリアが、リーシャとの訓練前に武器庫で大人しくさせていたのだ。

(あれからドタバタしていたので全く気が回らなかったな、気をつけないと)


「すみません、ありがとうございます!」

「いえ──それにしても、私のマナはどちらかというと他が寄り付きにくいタイプのマナなので、お嬢様の使い魔には懐かれたことがなかったのですが、

アリア様の使い魔は人見知りをしないのですね」


 マナと言っても一様ではなく、人それぞれに癖がある。

 ミューラやアリアが作り出す使い魔はどちらかというと自分の主人以外のマナを嫌う。更に言えば、リーシャなど、一部の好戦的な能力者のマナは、なんというか"刺々しい"らしい。

 勿論アリアにはまだそんな違いは分からないが。


「どうなんでしょうね──いまだに私の使い魔なのか不安なんですけど」


 トテトテ、と歩いてきた子狐の首筋を撫でてやりながら、アリアは小さく笑う。

 その腕の中で子狐が小さく喉を鳴らした。


「フフ、自信をお持ちになってください──ところで、土御門様のところに行かれるとお嬢様からお聞きしたのですが?」

「つちみかど?」

「ええ、咲耶さくや様にアリア様を任せると上級大将閣下が」

「さくやさま?さくや、さくや」急いで直近の記憶を総ざらいする。「あ、昼食に先輩とガブリエラさまが話していた?」


 リーシャが頷く。


「土御門家はグリアモール家、アルファイド家に並ぶ旧家ですが─お話は後にしましょう。ミシェーラ様とお嬢様がお待ちです」

「分かりました──あの、服はこのままでいいんですか?」

「ええ、構わないと思いますよ、どうしてもというなら衣装を用意いたしますが」

「いえ、じゃあこのままで」


 フルフルと首を振ったアリアは、リーシャについて部屋を出ていった。






「合鴨のロースト、ソースは赤ワインのバルサミコでございます」


 リーシャがテーブルの上に次々と皿を並べていく。

 少し装いを変えたリーシャは、白と黒を基調としたフリル、所謂メイド服姿で、それに見合う仕事ぶりだ。

 テーブルにつくのは3人。アリア、ミューラ、ミシェーラである。

 ナイフとフォークを器用に使い、鴨肉を口に運ぶ2人に倣い、アリアも小さく切り分け食す。


「……っ!?」


 運ばれてきた料理はこれで3皿目だが、どれをとっても言葉を失わざるを得ない。勿論、いい意味で、だ。

 聞くところによると、全てリーシャが作ったものらしい。


「お口に合いませんでしたか?」


 背後で控えていたリーシャが訪ねる。少し不安そうな表情が見え隠れしているように、アリアには見えた。


「いえ、すごくおいしいです!感動しちゃって」

「そうでしたか、それは良かった」

「…あの、もしよかったら今度、料理教えてもらえませんか?」

「?、いいですよ。誰か振る舞いたい殿方でも?」

「ち、ちがいますよっ」


その雰囲気は側からみればまるで仲のいい姉妹のようだ。2人の美貌も相まってこの一コマだけで絵になるだろう。


「─でも、やっぱ料理ってできたほうが印象いいのかなって」

「料理が苦手でもそれはそれでいいと思いますが、まあ、スケジュールが合えばですね」

「はい、お願いしますっ!」

「では、」


 リーシャは優雅に礼をして、退室した。

 アリアが一息ついたその時。そこでようやく、この部屋の主人あるじが口を開いた。


「振る舞いたいのは、アルファイドのところの子か?」

「私も、それ気になってた」


 すかさずミューラも乗っかる。やはり親子だ。


「ノーコメントです」


 アリアは心を無にして、食事を進めた。

 対するミシェーラはわずかに眉をひそめ、続ける。


「しかしな赤いの、特異クラスというのはそれだけで価値がある存在よ、早めに相手を見定めるのじゃな」


 少し言葉を濁したミシェーラも、それ以上は言及せず、最低限のアドバイスに留めた。果たして、そこにどんな意図があったのか。

 それ以降は、世間話やミューラの幼い頃の話でひとしきり盛り上がり、彼女たちの夜はふけていった。







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