第22話 赤いの

 薄い紫色の髪もなびかせた妙齢の美女が、悠然とアリアたちの前に歩み出てくる。

 彼女を囲うように立つ黒服の男性2人が油断無く周囲を見回している。



がお出迎えなんて、光栄ですわ」



 ミューラが慇懃いんぎんに応じる。

 そう──グリアモール家当代当主にして、ミューラの母、ミシェーラ=グリアモールがそこにいたのだった。



「何が光栄なものか、この前まで毎日会ってたじゃろうに──まぁ悪い気はせんがな」


 

 アリアは、軽く抱擁を交わす2人に控えめに近づく。



「お久しぶりです、ミシェーラさま、お元気そうで何よりです」



 アリアも胸に手を当てて頭を下げる。──グリアモール流の礼法だ。



「お前も元気そうじゃな、赤いの」



 2人の前に立ったミシェーラは娘とその後輩を交互に眺めた。そこでアリアが控えめに手をあげる。



「?、なんじゃ?」


「あの、できればその呼び方やめていただきたいのですが……どうでしょう?」


「却下じゃ」


「な、なんでですかぁ!」


「ん、そんなもの気に入っているからに決まっておろう」


「な、」



 絶句するアリアと、それを愉快そうに見る母を見てミューラは小さく肩をすくめた。



「─で、お母様、こんなことをしていて大丈夫なのですか?」



 ミシェーラの階級は大将、本来ならこんな世間話をする暇すらないはずだ。が、



「今日はここから動かんつもりじゃ──久方ぶりに娘と夕食をとれそうじゃからな。赤いのも一緒にどうじゃ?」


「え?よろしいのですか」


「無論」


「ではご一緒させて頂きます」


「ふむ、楽しみが増えた。では、私は部屋に戻るぞ」



 そう言ってミシェーラは

 その様子をポカンと眺めていたアリアだったが、すぐに我に帰り横に立つ先輩を振り向く。



「今、部屋に戻るって…」


「ああ、言いそびれちゃったね─」

 


 そこでミューラは一拍おいてビルを背に両手を広げる。



「─ようこそ、我が家へ!」





 

「1階から3階は厨房とか、迎賓室とかがあって、えーと、4階から20階までは開発部に貸してるんだ。

それより上は完全にお母様の所有物、まぁ結局はこの建物もグリアモール家のものなんだけどね」



 エレベーターの中で嬉しそうに説明をするミューラを横目に、

アリアは遥か頭上までつづくグリアモール邸を唖然と眺めていた。

 グリアモール邸は総統府と同じく正方形の土地に建っており地上40階からなる圧倒的規模を誇っている。

 これがただの家だとは未だに信じられない。

 中央が吹き抜けになっており、その中心にエレベーター、そこから各フロア4方向にブリッジが延びている。

 そんな景色に圧倒されながらエレベーターに揺られること数十秒、ついに目的の階に到着したのだった。






 エレベーターが止まったのはそんなグリアモール邸の31階、

高さにすれば100メートルを軽く過ぎている。

 アリアはミューラにしたがい4つの橋のうちの1本を進んでいた。



「到着!じゃあここの掌紋認証アリアちゃんで登録してるから開けてみて」


「え?は、はい」



 高級感漂う黒塗りの扉に恐る恐る手のひらを合わせる。

 手のひらの周りが一瞬だけ明滅し、カチャリと解錠音が響いく。 

 恐る恐る踏み込んだその部屋は、例えるなら高級ホテル、あるいは高等学校の主席や教授に与えられるような部屋だった。──否、それ以上だ。



「セントラルにも自分の部屋があると何かと便利だから、用意させたんだ。この部屋はアリアちゃんが自由に使っていいからね」



 のほほん、と言ってのけるミューラ。

 その言葉の意味を理解するのにたっぷり5秒ほど費やしたアリアは、次いで目を見開く。



「え、…えぇぇぇぇ!?ど、どういう!?っていうか、いいんですか?」


「ん?」部屋の調度品を確認して回っていたミューラは不思議そうに首を傾げた。「何か、おかしかったかな?必要になると思うよ?部屋」


「そういうことじゃなくてですね、先輩。普通の人は部屋なんてあげる事はないんですよ」


「でも現にあげてるし、アリアちゃんって変なところでも気を使うね」


「え?そうですかね…?」



 うんうん、と頷きながらアリアの隣まで戻ってきたミューラは少女の頭を撫でる。



「人からもらったものは、遠慮せず使うものだよ〜」


「は、はい。気をつけます!」


「じゃあ今日はもう自由だから──あ、夕食の時間になったらリーシャが来ると思うから、ご飯一緒に食べようね?」


「はい、ありがとうございます」



 ミューラが退室し、1人残されたアリアは大きな窓から見えるセントラルの眺望を前にひとり立ち尽くすのだった。



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