第20話 共振

「これでいい?」


 ベッドにうつ伏せになったアリアが、気恥ずかしそうに聞く。


「ああ、それでいい」


 そんな彼女の様子を気にすることもなく、ジークは無防備に伸ばされたその足に触れる。

 そして思い出したように言った。


「あ、言い忘れてたけど──」

「?」

「他人にヒーリングするの慣れてないから、痛いかもしんねぇ」

「え!?ちょ……んん!!」


 ニヤリと笑ったジークはアリアの静止を聞かずにマナの放出を開始するのだった。





 ジークが順調に足の治療を済ませていく中、アリアは身体中に波のように襲いかかる痛み─ではなくに耐えていた。


「…ん……ぁ」


 声を抑えようと枕に顔をうずめているが、次第に息が上がり、目はたまり始めた涙のせいで、ぼやけ始める。


「─リア、アリア!」


 少女はしばらくしてから、ジークに体を揺さぶられていることに気付いた。

 顔を上げると、少年の青い瞳と目が合う。


「大丈夫か?痛いなら、父様にや兄様に変わってもらうけど」


 心の底から心配していると分かる声色。それが分かっていても、彼女の羞恥心が限界を迎えた。


「何が痛いかも、よ!全然痛くないじゃない!ヘンタイ!ケダモノ!」

「なんだよ!注意はしたし、痛かったからってケダモノって──痛くない?」


 小さく頷くアリア。


「ちょっと待て、もし俺のヒーリングが上達してて痛くなかったとしたら……なんでそんなに息荒れてんだ?」

「デ・リ・カ・シ・ー、持ちなさいよ!」

「もうわけわかんねえよ……」


 アリアに睨まれ理解不能といった様子のジークだったが、一つの可能性にたどり着く。


「なぁアリア、マナ使えるか?」

「?、まだ回復しきってないけど、ちょっとなら」

「じゃあこれに重ねて」

「?」


 ジークが指先に灯した白銀のマナに、アリアは自分のマナを重ねる。

 通常、他人同士のマナがぶつかれば、対消滅が起こる──が、白銀と赤の2つのマナは、消えることなく混ざり合い、黄金色に輝きながらジークの指に留まった。

 初めて見る現象にアリアは目を見開く。


「綺麗…どうやったの?」

「俺は何もやってねぇ、多分、共振だ」

「きょう、しん?」

「俺も初めて見るけど、マナの相性がいいとたまに起こるらしいぜ。マナが共振するとそれぞれのマナが、互いに増幅しあって大きな効果をもたらす、らしい」


 俺も、初歩的なことしかしらねぇけどな、と自信なさげに付け足してジークは笑った。


「じゃあヒーリングであんなことになったのも」

「ヒーリングの効果が増幅されて、その…治癒のその先にいった?」


 彼なりに言葉を選んだつもりだったが、アリアの顔がさらに赤くなる。

 が、すぐに真剣な顔になる。


「じゃ、じゃあヒーリングはできてるの?」

「ああ、問題なく」

「……じゃあコッチもお願い」


 顔をそむけながら右足を差し出すアリアを見てジークは首をかしげた。


「べ、別にやって欲しいんじゃなくて、左足だけ感覚があるのが気持ち悪いだけっ!」

「そうかぁ、イヤなら兄様とかに代わってもらうことも─」

「ううん、せっかく来てもらったし効果が大きいならジークにお願いする」

「─分かった、じゃあいくぞ」

「……」


 アリアが唇を引き締める。それを見たジークが、アリアの鼻先に、人差し指を叱るように向けた。


「それと、声は出来るだけ抑えんなよ」

「えぇぇっ!?」

「だって声抑えようとしたら無意識に息止めちゃうだろ?我慢すんなよ、ここには俺たちしかいない」

「でも、そんなことして、ジークは私に変なことしたくならない?」

「なんだそりゃ」


 ジークはわずかに顔を歪めて、アリアの足に触れる。

 そして、ひそかに理性を総動員してアリアの声を頭から追い出し、右足の治癒に臨むのだった。





「ほぅ」「うそぉ」


 同時刻、アリアたちがいる部屋の隣で世間話をしていたリーシャとミューラが同時に声を漏らした。

 2人の視線は自然と隣の部屋へと続く扉に向けられる。

 そこから聞き間違えようのないアリアの嬌声きょうせいが響いてくるのだ。


「若い頃の勢いというのは,なかなかどうして,いいものですね」


 リーシャが気にしたふうもなく呟く。

 エデンの人間、特にマナ能力者が"それ"を初めて体験するのは17歳中盤から18歳にかけてが一般的と言われる。

 子孫─特にマナ能力者─を残すという思想が長く続くこの島では自然な数字なのだ。

 アリアとジークフリートは共に16歳だが、別段早いということはない。

 というより,グリアモールやアルファイドなどの上位クラスの血を引く家の人間にとっては、平均的なタイミングだろう。


「むぅぅ、アリアちゃんが素直になるのはもう少しかかるかと思ったな」


 ミューラが拗ねたように応える。


「確かに、となればジークフリート様の方から……?」

「あるかもね」


 とんでもない勘違いをしながら、2人の話は続くのだった。






「終わったぜ、ミューラ義姉様おねえさま


 しばらくして、いつもと変わらないジークと、わずかに息を弾ませたアリアが部屋から出てくる。

 

「お疲れ様!ごめんね、忙しいのに」

「ん?、困ってる人を助けるために力を使いなさいって、義姉様ねえさまがいったんだぜ?」

 

 ジークは頭を掻いて続ける。


「それに、義姉様ねえさまに頼られるのは悪い気分じゃねぇよ」


 本心からそう告げて,アリアに向き直る。


「言い忘れてたけど、今日みたいな無理するとまた体壊すぞ」

「うん、ごめんね」

「じゃあな── 義姉様ねえさま、リーシャさんもまた」

「うん、気を付けてね」

「気をつけて帰りなよ」

「お気を付けて帰られますよう」

「馬鹿にしてんのかっ!」


 3人に鋭いツッコミをいれ去っていくジークであった。




 

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