第19話 聖騎士少年の苦悩

 遥か眼下に立つ赤毛の少女を見下ろしながらリーシャは話す。


空歩スカイウォークという技です。

アリア様もいずれ使えるようになりますと思いますが──」


 途中で言葉を切る。

 リーシャの眼下で少女の体から立ち上っていたマナが消え、その体がふっと、崩れ落ちたのだ。

 リーシャは慌てて空歩を解除し、アリアを支えようと地面に降りるが、一瞬早く少女の体が受け止められる。


「まったくアリアちゃんには驚かされてばっかりだね」


 眠るように気を失ったアリアを受け止めた桃髪の少女、ミューラは優しくアリアの頭を撫で、呟く。


「お嬢様。申し訳ありません、……少し熱くなりすぎました」

「いいって、いいって!ガブリエラ様も喜んでたし」

「ありがとうございます。──それとお嬢様、本邸の方の準備が整ったようです」

「りょーかい!お母様に夕食までには帰るって伝えておいてくれる?」

「かしこまりました」


 訓練場から去っていくリーシャを見送ってから、ミューラはアリアを抱える。


「最近無理させすぎだなぁ」


 ご褒美、用意しないと、と小さく呟いてミューラも訓練場を後にした。







 チチチチ、と鳥の鳴く声が耳をくすぐり、アリアは目を覚ました。

 視界に映るのは今朝と同じ天井。


「わたし、また気絶したんだ……」

 

 1人そう呟いたアリアは自分の着ている服が変わっていることに気づく。

 軍服とローブから、Tシャツとショートパンツに変わっていた。どちらも新品のようだ。

 

「……へっ!?」


 ミューラかリーシャあたりが服を変えてくれたのかな、と思いながら上半身を起こしたアリアだが、目の前の光景に思わず声を上げた。


「……すー……すー…」


 まだ太陽が高く、陽が差し込む窓際に置かれた椅子に少年が座っていたのだ。

 そのプラチナブロンドの髪が日光に当たって幻想的な輝きを放っている。


「ジークフリートさま?」


 アリアの口から自然とその名前がこぼれる。


「ふぁぁ、─ん?」


 アリアの声で、若き聖騎士パラディン、ジークフリート=アルファイドがゆっくりと目を開ける。


「お!起きたか!」


 起きたのはご自身では、という疑問をかき消してアリアも応える。


「はい!おかげさまで。ジークフリート様はずっとわたしを見ていてくださったのですか?」


 しかしその言葉を聞いたジークフリートは露骨に顔をしかめた。


「あの、ジークフリート様?」

「ああ、もう!お前気持ち悪いぞ!」


 我慢の限界だというように、ジークフリートが勢いよく言い放つ。


「ぁ…え?」


 アリアは言葉を返せない。自分が、好意を寄せている少年に気持ち悪がられている。ただその事実が、もしかしたら、というアリアの期待を粉々に砕いた。

 自分じゃ釣り合うわけもない。今まで黙殺してきたそんな考えが湧き起こり、無意識に呼吸が浅くなる。視界がかすみ白く染まり始める。

 再び意識が途切れる寸前、続いて放たれた少年の言葉がアリアを現実に引き戻す。


「なんで……なんで聖騎士パラディンってだけで…」

「え?」


 アリアはかすかに涙で潤んだ目を少年に向けた。

 そこには、どこか寂しそうな少年の顔があった。

 

「……!」


 アリアは鋭く息を呑んだ。

 以前、アリアが考えていた自由奔放な人物像とはかけ離れた表情。言葉を失うのも無理はない。

 が、しかしアリアには不思議とその理由が理解できた。

 真に対等な友達が欲しいのだ、この少年は。と

 名家アルファイド家の聖騎士パラディンとして生まれ、色々なことを犠牲にして頑張ってきたのだろう。しかし、それを褒めてくれる友達も、共に切磋琢磨する友達もいない。そんな中で1人孤独に生きてきた、それが彼なのだ。


「ごめん!変な気つかっちゃった!」


 そう理解した途端、アリアの口は自然と言葉を紡いでいた。


「じゃあ、さ?ジークって呼んでいい?」


 その提案を聞いた少年は不思議そうに少女を見た。口を開くこともなく、無言で少女を見つめたのだ。


「ご、ごめん!馴れ馴れしかったよね、忘れて!」


 ジークフリートの沈黙に耐えかね、アリアが慌てて取り繕う。

 そんな少女に対し、ジークフリートは軽く頭を振って答えた。

 

「…いや、いい。──アリアがいいなら」

「そう、じゃあ改めてよろしくね!ジーク」


 差し出されたアリアの右手を、マジマジと凝視するジーク。


「ダメ…かな?その、握手」

「─変なヤツ」

「え?何か言った?」

「何も。よろしく、アリア!」


 ジークは初めて自分に対等に接してくれた少女を見つめ、はにかむように笑い少女の手を握ったのだった。


 


 


「わたしのフィジカルケア?」


 ジークから彼が部屋にいた理由を聞いたアリアは、思わず首を傾げた。


「ああ」

「ふーん。でも、別に不調とかは無いと思うよ?」

「そうだと思うだろ?ちょっと歩いてみろよ」

「?」


 特に疑うこともなくベッドから降りたようとしたアリアは、立ち上がろうとして派手に崩れ落ちた。


「へ?」


 倒れかけたアリアをジークがぽすっ、と受け止める。


「な?」


 膝から下の感覚がない!?ジークの得意げな態度を横目にアリアは自分の体に起きた異変に恐怖を感じていた。


「ど、どういう事!?」

「安心しろ、俺が治してやるよ」


 銀髪の少年は、アリアをベッドに座らせてその前にしゃがみ込み、その足に軽く触れる。


「ち、ちょっと?」


 足を触れられたアリアがわずかに身じろぎするが、それに構わずジークは指先に軽くマナを灯す。

 触れられた部分が次第に熱を帯び始める。

 3分程かけて足全体を触診したジークは安心したように顔を上げた。


「良かった、これぐらいなら俺でも治せるぜ」


 心底安心したようにアリアを見上げるジーク。

 そんな少年を見てみたアリアはふと、いつかのミューラの言葉を思い出す。

 

「あれ?ジークって他の人に、ヒーリング?出来なかったんじゃ?」

「ミューラ御姉様からなんて聞いてるから知らないけど、人間は成長するんだぜ?」


 自信満々に言ってのけるジーク。


「ふふ、ちょっとこっちに寄って」

「こうか?」

「よしよし、よく頑張りました!」


 体を寄せてきたジークの頭をアリアは優しく撫でてやる。

 しばらくされるがままに撫でられていたジークだが、すぐに体を引く。


「こ、子供扱いすんじゃねぇ」

「ごめん、ごめん。じゃあお願いしようかな」


 ほんのわずかに顔を赤くした少年に、アリアは悪びれることもなく謝るのだった。


 


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