第18話 訓練2

「……ッ!?」


 天井が落ちてきたかのような、重圧。

 リーシャから膨れ上がったそのプレッシャーに、アリアの息が詰まる。幾重もの戦場を潜り抜けてきた本物の剣圧がそこにある。

 しかしそれは、意外にもすぐに霧散する。


「私とした事が、少し取り乱しました。申し訳ありません──アリア様?」

「──へ?は、はい!」

「再開しましょう──と、言いたいところですが、少しアドバイスを、」


 リーシャの真剣な声に、気を引き締めるアリア。

 ゆっくりと円を描くように歩きながら、リーシャはアドバイスを始める。


「今、アリア様は私の防御を抜く為に右手にマナを集めましたね?」


 アリアは無言でうなずく。


「それは100%?」

「はい」

「思い切りは良いですが、今のはあまり得策ではないでしょう──何故だが分かりますか?」

「えっと、他の部位が無防備になる?」

「そうです、マナをまとっていない部位は常人と変わりません、諸刃の剣です」

「すみません」

「いえ、考えは悪くないですよ、格上相手では必要となる事です。

ですが、全てのマナを集める必要はなかったと思います。──そうですね、今の場合、60%で十分でしょう」


 勿論、リーシャが全力でマナを使っていればアリアに必要なマナはキャパシティの120%程になってしまうが、リーシャは加減をしている。


「─60%…各部位から10%づつ、」


 軽く計算を挟んだアリアは、ゆっくりリーシャを見据える。


「再開しましょうか?」

「お願いします!」

「では、残り12分、全力で」

「はいっ!」


 先程とは違い、先に駆け出したのはリーシャだ。

 右手に持った剣を斜め後ろに引きながら加速、アリアを完全に間合いに収め右腕を振り抜く。

 それが視界に入ったアリアは自分の頭上に

 結界はリーシャの模擬刀に呆気なく引き裂かれるが、そこでリーシャの感覚に僅かなズレが生じる。

 アリアはその一瞬でリーシャとの距離を詰めようとし、──横合いからの衝撃にあってなく吹き飛ばされる。


「ガハッ」


 一時的にマナの守りが薄くなった横腹に衝撃が広がり、肺の空気が押し出される。

 赤毛の少女は2度地面を跳ねたが、3度目で猫のように受け身をとった。

 顔を上げた彼女が見たのは、蹴り上げた足を鋭く引き戻すリーシャの姿だった。

 




「いやぁ、それにしてもビュコックのヤツ災難だよなぁ」

「よりによってあの"剣聖"が訓練に来るなんてな」

「まあ、相手に合わせて手加減されてらっしゃるのが不幸中の幸いだな」

「ハハ、違いない」


 同じ頃、闘技場の上部に備え付けられた休憩室で、呑気に話す3人の男の姿があった。

 ちょうど休憩中だった残りの担当技師達だ。担当技師は4人制、6時間ずつ仕事を回す。それ以外は、寝ようが、自分の訓練に励もうが、自由なのだ。


「しかし、リーシャ様が新兵を相手するなど珍しいな」

「確かに……相手は闘士グラディエータークラスのようだが、──どうした?」


  2人は考察を繰り広げる中、急に口を開かなかなった同僚に目をやる。

 

「─いや、アレ」


 しばらく口を閉ざしたままだった男が、ゆっくり正面を指差す。

 すなわち、反対側にある休憩室を、






「ほぅ、受け身の取り方も、マナの使い方も存外悪くないな」

「その様ですね」


 担当技師達とは反対側の休憩室では、会議を終えた上級大将ガブリエラ=シュルベルクと、言わずと知れた彼女のお気に入りミューラ=グリアモールが眼下の闘技場を眺めていた。

 ガブリエラは口に運びかけていたワイングラスをとめ、ミューラをきっ、と睨む。


「ところでミューラよ、会議の口調が残っているぞ?私は肯定しかせぬ奴は嫌いだ」

「…あっ」


 急な指摘を受けた少女は、さっ、と口元を押さえる。


「グリアモール家の次女として肩肘を張るのは分かるが、2人の時はそう気負うな。ストレスがたまるだろ?」

「はい、ありがとうございます」

「それで?お前の評価は?」

「そうですねぇ……前も言いましたがセンスはいいと思います、後は…経験?」

「そうだな、経験が足りん。まぁ、今すぐにどうこうできるものではないか」

「はい、それはしょうがないです」

「ふむ」


 ガブリエラは飲みかけだったワインを一口、口にに含む。

 その眼下では、まだ、2人の組手は続いていた。




「ハァァ!」

 

 アリアは何度目ともわからない拳を、繰り出す。しかしそれはリーシャの体に届く前に打ち払われる。

 もはや、剣すら使われない!アリアはきつく歯を噛みしめる。

 結界の足止めも見切られ、他の足止めを考えてもすぐに対応される。一つ一つ、アリアの手札が減っていく。そして、





「ハァ、ハァ、ハァ…」

 訓練が始まってから17分と少し、少女の体力とマナは限界に近づいてきていた。

 その少女の元に、悠然と向かってくる者がいた。剣聖とたたえられるミューラの教育係、リーシャだ。


「そろそろ限界でしょうか?」

「ハァ…い、いや、ハァハァ……まだ行けます」

「無理をなさらないで下さいアリア様。次で最後にしましょう。全力で」

「はい!」

 

 アリアは真っ直ぐリーシャを見つめ、右手を突き出した。距離はまだ5メートル近くある。

 アリアの行動を怪訝に思ったリーシャだが、少女の右腕に少女のマナのキャパシティを超えたマナが集まるのを見て足にマナを込める。

 来る!リーシャがそう確信したと同時に、アリアがマナを解き放った。


龍の咆哮パトリオットォォ!」


 凡人では使うことすら出来ない攻撃アサルトスキル、しかも他人の我流スキルを少女は容易たやすく使用した。

 本家には及ぶべくもないが、確かな威力をもったそれは、真っ直ぐ地を走りリーシャに迫った。

 目の前に迫った光線をリーシャは上に跳ぶことで回避しようとした。否、した。

 そして、


「ほぅ」


 リーシャは跳び上がりながら思わず感嘆の声を上げる。リーシャが地面を蹴った途端、光線が掻き消えたのだ。

 アリアのマナの枯渇ではない、となれば──

 リーシャが視線をめぐらせると、予想通り赤毛の少女が一直線に走ってきているのが見えた。

 龍の咆哮は囮、本命は私が避けられない状況を作ることですか。迂闊に飛んだのは失敗でしたね。リーシャはアリアの評価をさらに上方修正する。

 いくらマナ能力者でも、常識的に考えて空中を移動することはできない。つまり、着地点がある程度まで絞れてしまう。


「ふふっ」


 リーシャは思わず笑みをもらす。


「まさか、ここまでとは」





 

「ハァハァ」

 

 アリアは自分のマナと体力が刻一刻と削れていくのを自覚していた。

 せめて1発でも!強い決意を胸にアリアはリーシャの真下に駆け込んだ。後は降りてくるリーシャを狙うのみ。

 アリアは右腕を引き絞り、真上を見上げる。


「……え?」


 目の前の光景にアリアの思考が固まる。

 リーシャが



 

 

 








 

 


 

 


 








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