第17話 訓練
「げぇ!た、大佐殿!?」
エレベーターを降りた2人を迎えたのはそんな言葉だった。
訓練場の入り口に立っていた男が、リーシャの姿を認め、声を上げたのだ。
男は慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。
「ビュコック大尉、今のは貸しにしておいてやる。せいぜい仕事を全うするんだな」
その発言を聞き逃さなかったリーシャから冷たい言葉がかえる。
リーシャの声を聴いたアリアは、ハッとして彼女を見た。その横顔は一切の感情がなく、先程までとは別人のようだ。
しかし、リーシャはアリアを振り向き、ゆっくり微笑んだ。
「行きましょうか、アリア様」
先程までの"大佐殿"ではなく、ミューラの教育係"リーシャ"の顔だ。
アリアは密かに胸を撫で下ろす。
アリアは男に頭を下げてから、リーシャを追った。
「本当に武器は要らないのですか?」
訓練場に併設された武器庫で、端末にIDを入力して模擬刀を取り出しながらリーシャが訪ねた。
「武器はあまり使ったことがないので──ライフルなら得意なんですけどね」
即答してから、付け足すアリア。
「そうですか。まあ、私に強制する事は出来ませんし。では、行きましょうか」
模擬刀を腰に下げ、立ち上がるリーシャ。アリアもそれに続こうとして、ふと、立ち止まる。
「そういえば、さっきの方は何のためにあそこに立っていたのですか?」
「ビュコックの事ですか?アレは担当技師ですからね。丁度よかった!」
「担当…技、師?」
「あぁ、言ってませんでしたね。
総統府の訓練場は特殊合金と特殊合金のコンポジットマテリアル、つまり複合素材の内壁と、その外側に広がる厚さ20メートルの強化コンクリートで構成されています。
その強度は言うまでもなく、通常の科学兵器では傷一つつきません。
ですが、一部のマナ能力者にはこれを破る事が可能な方もいらっしゃいます。
それを防ぐために作られた役職が担当技師、結界術のスペシャリストです」
「スペシャリスト!」
耳慣れない響きに心躍るアリア。
「とまぁ、大層な説明をしましたが……内壁を破れるマナ能力者など数える程しか存在せず、殆ど給料泥棒なんですけどね…」
「えぇ…」
リーシャの一言で興奮が一気に冷めるアリア。
「さっきの技師とは昔、部隊が一緒だったので実力は保証します。ですので存分に力を振るって大丈夫ですよ」
「いやいや!私、そんなレベルじゃないですし、それに──」
そこまで口にして、アリアはふと考える。給料泥棒と呼ばれるほど楽な筈の役職に就いている者がリーシャを見て露骨に嫌な顔をした。そしてそのリーシャは壁を破れる事を前提として話している。
そこまで考えたアリアの背筋に不気味な悪寒がはしる。
「リーシャさんって壁破れたりします?」
アリアは、半ば確信しながらもその質問を口にする。
「?、破れますよ?」
リーシャは平然と答えた。ガブリエラがよく見せる「なぜそんな当たり前のことを?」と語りかけてくるような顔とともに。
アリアは密かに覚悟を決める。これから胸を借りる相手は、比べるのが
「時間は20分間、どちらかのマナが尽きればその時点で終了、でよろしいですか?」
「はい!」
訓練場の中央で向かい合った2人が、最後の確認を済ませる。
リーシャが腰から異様に薄い模擬刀を抜き放ち、正眼に構える。
「では──」
そこで一息置き、
「開始」
「─フッ!」
リーシャの宣言と同時にアリアは地を蹴っていた。
「剣士は攻撃力こそ高いが、速度はそれほど無い」先程のリーシャの講義から先手を取るのが最善と判断したアリアは、リーシャに向かって一直線に駆ける。
その少女の視界の中央でリーシャが剣を振り上げた。
「では、開始」
直後、アリアが自分に向かってくるのをリーシャは視界に収めた。
アリアのマナが一拍遅れて、燃え上がる。
マナの解放速度は、16歳にしては上々、開始早々速攻を仕掛けるのも良い判断です。マナは各部位に10%で丁度、といったところでしょうか。
マナ能力者が一度に扱えるマナの総量は勿論有限である。コレは個人差もあるが主に年齢を重ねるにつれて上昇するもので、アリアの倍近く生きているリーシャが本気でマナを解放すれば、アリアの攻撃は殆ど通らなくなる。
しかし、コレは訓練で、リーシャもそんな無粋な事をするつもりはない。故に、アリアのマナのキャパシティを読み取り加減する。
こうしてリーシャ準備が整うのと、アリアが大きく踏み込むのが同時。
アリアの速度を計算に入れ、模擬刀を容赦無く振り下ろすが、当の少女は止まらない。
そこで、小さな違和感がリーシャを襲った。
剣が振り下ろされるまでの数瞬、何かが決定的にズレたのだ。
リーシャは完璧なタイミングでアリアを迎え撃った筈だ、しかし、目の前の光景は何処かがおかしい。そう、
なぜ──なぜ模擬刀が振り切られていないのにアリアが懐に潜り込んでいるのか?
模擬刀が獲物を捉えることなく空を切り、アリアが拳を引き絞る。
リーシャは反射的に、腹部にそれ以外の部位─頭部、胸部、腕、足─からマナを5%づつ集め防御態勢をとった。
そして、
「─!?」
アリアの攻撃を防ぎ、反撃に転じようとしたリーシャの腹部に衝撃が広がる。
慌てて後ろに退避したリーシャだったが、その意識はどこまでも鋭く、重い──戦闘状態とも言うべきものにシフトしていくのだった。
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