第13話 水神の聖騎士

「お久しぶりね!ミューラちゃん!」


 声をかけてきたのは、どこかミューラと面影が似ている紫の長髪の女性だった。服装はごく普通の年頃の女性といった感じだ。


「エメラルダお姉様おねえさま!」


 ミューラの発した言葉の意味を数秒かけてアリアは吟味する。


「って!お姉様?先輩のですか?はじめまして!アリア=エリアスと言います!」

「あら、元気な美人さんね、はじめまして、エメラルダ=グリアモールです」


 憧れのミューラの身内と聞いて、大興奮のアリアにエメラルダは優しく応える。

 ミューラとは違う、いかにも淑女レディといった印象だ。


「2人の訓練を見にくる人がいるって聞いていたのだけれど、ミューラちゃん達だったのね。どうかしら、訓練を見るだけっていうのも退屈だろうしお茶でもいかが?」


 突然の誘いに乗っていいものかとアリアはミューラに視線を送る。そしてミューラは、


「じゃあ、そうしよっか!」


 何の迷いもない笑顔で答えるのだった。




 エメラルダは持っていたバスケットから白い立方体のキューブを取り出して空中で放した。

 キューブはその場に浮遊したままひとりでに広がりはじめ、机を形作った。ただし、足のない机だ。

 机が出来上がるまでの間に、エメラルダは一回り小さいキューブを3つ取り出し、同じように放した。

 キューブはすぐさま椅子を形作り机の周りに集合する。背もたれや膝掛けのある立派な椅子だ。

 これも当たり前の家具なんだろうな…、アリアは確信に近い予想を持つが口に出すことはなかった。


「さ、座って頂戴」


 エメラルダに促されアリアは恐る恐る椅子に腰を下ろす。

 椅子は少し沈み込んだ後、ちょうどいい高さでアリアの体重を支えた。

 かくして、姉妹とその後輩のお茶会は始まった。



 

 

「へぇ、固有クラスなのねガブリエラさん以外の人は初めて見たわ」


 エメラルダは2人にお茶を入れながらも、アリアを見つめる。


「それにしてもミューラちゃんと違ってしっかりしてそうな美人さんね」

「いえ、そんなことは…」


 しっかりしている、美人、どっちの否定とも取れるアリアの言葉にエメラルダは微笑む。


「それにしても、本当あの2人の成長は恐ろしいね」


 そこで、今まで黙っていたミューラが指先で頬を掻きながら呟いた。

 今、3人の目線の先では壮絶な実戦訓練が繰り広げられていた。





「ハァ!」


 短い気合いと共にジークフリートが聖騎士パラディンが得意とする長剣で相手に斬りかかる。

 相手、おそらくパーシヴァルがガウェインと呼んでいた男性は腰の長剣を抜きもせず回避に専念している。その一方でジークフリートも足と腕のみにマナをまとい、身体強化を制限している。

 しかし、幾ら回避に専念しているとは言えマナ覚醒者の攻撃である、衝撃波によって飛び散った土の破片がガウェインをかすり、時間と共に小さな傷が増える。そして、




「どどど、どうなってるんですか?先輩!」


 アリアは目の前で起こった現象に心の底から驚く。


「あれは聖騎士パラディン階級クラススキル、ヒーリングのアビリィティ、聖騎士のマナが触れた所は傷が治るんだよ」


 ミューラが丁寧に教えてくれる。ミューラの言っている通り、目の前でガウェインの頬のかすり傷が微かな煙と共に消える。


「ガブリエラ様の予想だとアリアちゃんも使えるらしいよ?」

「本当ですか!」


 夢のような能力に、アリアは思わず立ち上がる。


「まあ、使えるようになるまでには平均で5年ぐらいかかるらしいけどね〜」


 悪戯っ子のように笑うミューラ。


「実際、ジークフリートも他人は治癒できないらしいわ」


 と、呟いたエメラルダだったが、不意にその表情が引き締まった。


「……」


 エメラルダの無言の視線に釣られてミューラとアリアは訓練場に視線を戻す。





「……っ⁉︎」


 訓練場の中心で凄まじい剣気が膨れ上がり、離れたアリアの額に汗の玉が浮かぶ。

 ガウェインが長剣を抜いた、文字にするとただそれだけである。ただそれだけが30メートル近く離れているアリアに凄まじいプレッシャーを与えているのだ。ガウェインの長剣は、ジークフリートのものと違い少し細く、長い。その美しい長剣にさえ、寒気を覚える。


「あの方、凄まじい使い手ですね」

「水神の聖騎士の二つ名は伊達じゃないからねぇ」


 隣からおおよそ緊張感が感じられないミューラの声。

 訓練場内部では、アリアと同い年の少年がガウェインに果敢に斬りかかっていく。先程までと違って、マナを過剰にまとった少年は聖騎士の名に恥じぬ高威力の攻撃を繰り出す。

 対するガウェインはそれを正面から受けると見える。長剣と長剣がぶつかり、けたたましい金属音が響………かなかった。

 ガウェインは、巧みな指遣いでジークフリートの長剣をのだ。接触の一瞬、ジークフリートの長剣を逸らすように優しく、それでいて素早く。

 その後もジークフリートは攻撃を仕掛けるが─流される瞬間に長剣の軌道を変えるという離れ業をやってのけたりするが─、一太刀もガウェインには届かなかった。







 












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