第12話 聖騎士

「あとは私が引き継ぐ」


 そう叫んで一歩前に出たガブリエラは、右手の短剣を強く握り直す。

 そして──ヒュ、風を裂く音と共に遥か先を行く船が爆発する。


「…え?」


 気づくとガブリエラの右腕が振り抜かれていた。続いて、甚大な衝撃波、さらに湖が割れる。

 大きく揺れる屋形船の上で、アリアはただ呆然と立っていた。




「じゃあ後日連絡を入れる。アリア少尉は荷物をまとめるように」

「へ?は、はい!」


 いつもながら話に置いていかれながらも反射的に返事をするアリアである。


「じゃあ解散だ、ミューラ!時間があれば島に送る前にアルファイドの兄弟をアリアに合わせておけ」


 ガブリエラはそう言うとミューラの返事を待たずにいってしまった。





「先輩、何であの人が上級大将だって言ってくれなかったんですか!」


  総督府に帰る道すがら、アリアが放った言葉がミューラの内心に致命傷を与えるクリティカルヒットする


「うっ、い、言ってなかったっけ?」


 歯切れ悪く答えるミューラ。


「はい、間違えなく」

「だって!言ったらアリアちゃんが怖がっちゃうと思ったから!」

「そ、そうかも知れないですけど…」

「次!次からはちゃんと言うから」


 手を合わせて頭を下げる先輩の子供のような態度に思わずアリアは微笑む。


「約束ですよ?では早速、アルファイドさんはどんな方ですか?」


 ミューラの肩が僅かに跳ねるのをアリアは見逃さなかった。

 数秒の間を開けてミューラは説明を始めた。




「アルファイド家は私の実家、グリアモール家と並ぶ旧家で、次男のジークフリート君はアリアちゃんと同じ16歳だったはずだよ」

「お兄さんの方はどのような方なのですか?」

「ん?あー、いい人だよ!」


 とたんミューラの様子が再び怪しくなる。


「先輩?隠し事は?」

「な、なしです…」

「では紹介をどうぞ!」

「実を言うとあまり詳しくないんだけど!あったら分かるよ」


 ミューラは諦め悪くはぐらかす。

 アリアも何かを感じ取ったのかそれ以上言及することは無かった。





【アルファイド家本邸正面】

「…おっきい」


  アリアの口から紡がれたのは率直な感想だった。

 アルファイド家、ミューラの実家と並ぶ名家の本邸は流石の一言であった。

 総統府から5分とかからない好立地にあり、総統府には及ばないが周りの住宅を圧倒する高い塔が1つ、その威容はさながらお城である。

 その門には屈強な門番が2人、彫刻のように立っていたがミューラの姿を認めると軽く会釈して通してくれた。


「アリアちゃん!こっちだよ!」


 あまりの広さに立ち止まってしまったアリアにミューラが声を掛ける。


「は!す、すみませーん」


 アリアは飛びかけていた意識を引き戻し、ミューラの後に続いた。




 ミューラは迷うことなく建物内を進み、長い廊下に差し掛かった。

 そこで前方から歩いてくる姿があった。

 フードを被っていて顔がよく見えないが銀髪であることが窺える。

 フードに動物の耳がついてる,そんな詮無いことを考えているアリアをよそにミューラが声を掛ける。


「ジークフリート、久しぶり!」

「──ご無沙汰してます。ミューラ


 相手はミューラの姿を認めるなり、そう返答した。

 ミューラとの一通りの挨拶を済ました相手─少年は続いて、身を乗り出すようにしてアリアを見つめた。


「……!」


 顔と顔の距離はすでに30センチを切っている。

 空のような群青の瞳に見つめられアリアはひと時息をするのも忘れる。

 少年はしばらくアリアを見つめた後,一歩下がり


「俺はジークフリート=アルファイド、よろしく!」


 どこか幼さを残す声と共に右手を差し出してきた。


「アリア=エリアスです!よろしくお願いします!」


 慌てて握手に応えるアリア。アリアの右手を強く握りながらジークフリートはふとはにかんだ。


「敬語はやめてくれ、じゃあ俺訓練あるから、義姉様おねえさまもまた!」


 そう言い残すとジークフリートはアリアたちの来た方向に歩き去っていった。





「あの、先輩また隠し事してません?」


 呆れたアリアの声。


「えぇ?何かあったかな?」

「さっきの方、先輩のことを義姉様と呼んだ気が…」

「ああ、その話は追々ね」

 

 どこか疲れたようなミューラの声。

 アリアが言及し始めるより前に、どうやら目的地に着いたようだ。

 2人の目の前にそびえる重厚な木製の扉。ミューラは何の気合いもなくその扉を叩いた。


「パーシヴァル=アルファイド様、グリアモール家、ミューラです!ガブリエラ様の紹介で参りました!」


 しばらくすると扉の奥から厳格な声が返った。


「入れ」


 扉が1人でに開きミューラとアリアは室内に足を踏み入れた。





 そこは白を基調とした部屋だった。中央奥に大きな机、そこに座るのは銀髪を撫でつけた1人の男性。

 背後で扉が閉まる。

 男が席から立ち上がり、ミューラの前までゆっくり出てくる。


「久方ぶりだなミューラ、そのお嬢さんが例の子かな?」


 ミューラと握手を交わしたパーシヴァルはアリアへと視線を移した。


「アリア=エリアス少尉です!よろしくお願いします」


 歴戦の騎士の風格を漂わせる男の瞳を真っ直ぐ見つめ返すアリア。


「現アルファイド家当主、聖騎士パラディン、パーシヴァル=アルファイド大将だ」


 響く、重い名乗り。

 大事な所はぐらかしすぎだよこの先輩!アリアが心の中で叫んだのも無理はないだろう。


「それでシュルベルク上級大将から用件は聞いている。聖騎士の能力を見せたいそうだ。ちょうどガウェインとジークフリートが訓練を始める頃合いだ見ていくといい」


 無駄な話は一切しないよく言えば真面目、悪く言えば無愛想な聖騎士はそれだけ伝えると机に戻っていった。




【アルファイド家修練場】

 アルファイド家の修練場は円形のものであった。

 それを囲むように作られた廊下を、ミューラとアリアは歩いていた。

 修練場の中央では銀髪の2人が向かい合って素振りやストレッチを行なっている。


「広いですね」

「そう?うちにもあったよ?」


 アリアの率直な感想にミューラは不思議そうに返答する。

 いや、うちの方がもうちょっと大きかったか、と内心考え込むミューラ、常識が違う、と再度呆れるアリア。2人は育った環境が違うのだ。

 2人が別の意味で頭を抱える中、第3の人物が声をかけてきた。




「お久しぶりね!ミューラちゃん」



 

 





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