第11話 不幸なハイジャック犯

「お待たせしました!」


 無事に着替えを済ませ、ミューラと合流した私は子狐を受け取りフードに入れる。

 子狐はしばらくモゾモゾ動いた後、静かにフードにおさまる。

【11:42】

 ランチには丁度いい頃合いだ。


「じゃあ行こっか!」

「はい!」





「とは言ったものの…こんな所にお店があるんですか?」


 今、ミューラに連れられて歩いているのはセントラルの端も端、大都市を囲む城壁のさらに外側、湖の辺りである。


「うん、ガブリエラ様からはこの先の店に来い、って」

「あれですかね?」


 100メートル程先に建つ木造の小屋を指差す。


「ああ、なるほどそういう事か!」


 何か、腑に落ちるものがあったのかミューラは迷いなく小屋へと向かった。

 アリアは建物に近づいて初めて、湖に浮かぶいくつかの影に気づく。


「わぁ!船ですか?」

「そう屋形船って言うんだって!前にガブリエラ様が機会があれば飯行こうなって言われたことがあるよ」

「──よく覚えていたな、そんな昔のこと…どうした?」


 突然ガブリエラが真横に出現し、アリアとミューラは驚きの余り固まる。ガブリエラその2人を不思議そうに見つめる。


「凄いですねガブリエラ様!新しいスキルですか?」


 先に立ち直ったのはミューラだ。


「ああ、新しい完全隠蔽ステルススキルだが、マナの減りが凄まじいな」


 完全隠蔽なんて、できるだけでもデタラメだよ!

とアリアは心の中で突っ込みながらガブリエラ、ミューラに続いて船に乗った。




 船は自動操縦で、乗員は料理人が2人のみであった。

 運ばれてくる魚介を主とした料理に舌鼓を打っていると、ガブリエラが口を開いた。


「アリアといったか?」

「へ?あ、はいアリア=エリアス少尉です」


 申し訳程度の敬礼をはさみながら挨拶をする赤毛の少女を、緋色の髪の美女は凝視する。


「3、いや3.5か…」

「はい!はい!ガブリエラ様!私も見て欲しいです!」


 その横から勢いよく手を挙げてミューラが割り込んでくる。


「急かすな、大事な検査だ。よし3.5だな。ミューラは──9点だ、前よりだいぶ伸びたな」

「えぇ⁉︎10点は行きたかったぁぁ」

「あの!」


 目の前で繰り広げられる理解できない会話を、最年少の少女が遮る。


「な、何の点数でしょうか」


 目の前の2人が自分より格上である事を思い出し、語尾に近づくにつれて声が小さくなる。


「マナの総量だが、どうした」

「ガブリエラ様は異能タレントで人のマナの総量が分かるんだよ!」


 羨ましいなぁ、と補足しながら説明するミューラ。


「因みに私のマナ総量を100点とした評価だ」

「…へ⁉︎」


 じゃあ、ガブリエラ様のマナ総量は私の30倍⁉︎

何それ、本当に人間⁉︎目の前に座る美女の底知れなさに驚きながらも、アリアは平静さを保った。




「今後の貴官の扱いだが、ミューラから戦闘のセンスは悪くないと聞いている」

「へ?こ、光栄です!」


 思いもよらないミューラからの評価につい声が上ずる。


「育てられるか?ミューラ」

「わ、私、誰かに教えるのは苦手かなぁって思うんですけど」

「ならば、あの闘士グラディエーターか、もしくは」

咲耶さくやが適任なんじゃないかな、と思うんですけど」

「私と同じ考えとは小癪だな!」

「ハハ、光栄です!」


 仲睦まじく話す2人を前に、またしても会話からはじき出された少女はふと、水の音が激しくなったことに気付く。

 次の瞬間、一際大きく水が屋形船にあたり、続いて船の屋根に誰かが飛び乗る音が聞こえ始めた。




「……」


 ガブリエラとミューラが静かに立ち上がる。

 船外へと続く扉が弾け飛び、5人の男が入ってくる。


「はいはーい、この船は俺様達が乗っ取りまーす!」


 先頭に立つ男が尊大な態度で宣言する。


「おい、貴様、人の食事中に何のようだ?死にたいのか?」


 その宣言を完全に無視して、ガブリエラが静かに警告を発する。

 その態度に男は舌打ちをしてから、名乗る。


「ギルド、闇御津羽神クラミツハと名乗れば分かるかな?」

「…!」


 アリアが思わず息を止めた。

 ギルド闇御津羽神クラミツハ、それは裏世界の犯罪組織であり、その起源はエデンの建国当初より古いと言われる、半ば伝説の組織。


「魔導師達との交渉道具として、幾らかの人質が必要でね、君たち3人にきてもらおうかなぁ?」


 次に男の口から放たれた言葉に、アリアは思わず戦慄する。




「ギルド闇御津羽神クラミツハ所属、クライム。名乗りな!」


 クライムと名乗った男が構える。


「あぁ、安心しな!後ろの奴らは運搬役だぁ、手は出さねえよ」


 クライムが補足する。

 ミューラとガブリエラが1歩前に出る。


「魔導中佐、主幹 ミューラ=グリアモール」

ガブリエラ=シュルベルク」


 2人が同時に名乗る。

 ん?じ、上級大将⁉︎アリアの疑問をよそに状況は動く。




「…へ?」


 男の間抜けな声を最後に、空気が凍りつく。

数秒後、


「嬢ちゃん達よぉ、じょ、冗談はよくないぜ?」

「冗談だと思うか?」


 ガブリエラの声が

 続いて運搬役とされていた4人が立て続けに倒れる音。男達が弱いのではなく、純粋にガブリエラが強いのだ。

 まさか、ガブリエラ様が上級大将だったなんて、襲われておいてなんだが相手が気の毒ですらある。

アリアにはそんな思考をする余裕さえある。


「畜生!」


 クライムは心理的衝撃から立ち直るなり、すぐさま撤退を決めた。

 破壊された扉から外に飛び出し、いつの間にか近づいていた船に飛び乗る。男が飛び乗った船は素早く加速を始め、あっという間に遠ざかる。




「アリア!あの船を沈めろ!」


 ガブリエラが素早く指示をとばす

 ん?アリア?私⁉︎、ガブリエラの指示にたじろぐアリア。


龍之咆哮パトリオットを見たんじゃないのか?」 


 なら、できるだろ?、と当然のように話すガブリエラ。


「見たのは見たんですけど、使えるかどうかは-」

 自信なさげに話すアリアの声に、ガブリエラの声が重なる。

「試したのか?」

「え?」

「試した上で出来なかったのなら、私が仕留めよう」


 ガブリエラの手のひらでマナが凝縮し真紅の短剣を形づくる。

 その短剣だけで船を沈める自信があるのだろう、短剣の握り具合を確認しながら遠ざかる船を見つめる。

 その一瞬でアリアの覚悟が決まる。


「あの!試してみてもいいですか?」

「あぁ」


 ガブリエラが下がり場所を開ける。アリアは右手を前に突き出して目を閉じた。




 集中!、アリアは自分に言い聞かせる。まず、右腕のまわりにマナで輪っかを形成、手のひらを前へ向ける。輪っかの中心の延長上、つまり開いた右手のひらにマナを集める。あとはそのマナを回転させるような感覚で…




「ちょっとアリアちゃん⁉︎」


 アリアの右手に凄まじい規模のマナが集中するのを感じ、ミューラが声をかける。が、ガブリエラが静かに制する。

 そして-


 グォッ、大気を裂く音と共に、アリアから光線が放たれる。光線はほとんど衰える事なく、遠ざかる船を追いかける。



「…あっ!」


 アリアは思わず、声をあげた。自分が放った光線が船の上に大きく逸れ、船を沈めることを出来なかったのを目視したのだ。

 思わず、2射目を放とうと構えるが、


「上出来だ!」


 ガブリエラがアリアの横まで進み出て、アリアの髪をワシャワシャ、と乱暴に撫でる。

 そして、1歩前に宣言する。



「あとは私が引き継ぐ」


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