閑話 once upon a time

【Ⅰ】2人が出会う少し前

 桜が咲き始めた春先、ミューラ=グリアモールはグレイ軍港が一望できる展望台から訓練に励む海軍の新兵を見ていた。

 魔導師の家系に生まれ、親からは運動など無駄だと言われて育ったが、ミューラ自身は運動が好きだし無駄だとも思っていなかった。

 そんなミューラにとって海軍の訓練の見物けんぶつは一つの楽しみとなっていた。


「今年はどんな子が入ったのかなぁ」


 1人で眼下を眺め、買ったばかりのクレープを口に運ぶミューラの目に、赤い輝きが映る。


「お!」


 その赤い輝きは1人の少女の赤髪だった。




「長距離狙撃訓練開始!」


 上官の号令に合わせて訓練兵たちが巨大なライフルを斉射する。

 100メートル先に立てられた人型の的にライフルの弾丸が次々と着弾する。


「おお!」


 赤毛の少女の弾丸が人型的の眉間を貫いたのを見て、ミューラはひとり歓声を上げる。


「2射目用意!…撃て!」


 再び発砲音が響き少女の弾丸は的の右肩を撃ち抜く。


「…敵の無力化」


 -甘いなぁ、でもまぁ優しいんだ

 ミューラはそんな事を考えながらしばらく訓練の見物を続けていた。


「ミューラちゃん!」


 突然の呼びかけに少女の肩がはねる。


「ロビンさん?どうしたんですか?」


 知り合ってから3年近くが経つ寮長の女性はミューラの隣に並んで、訓練場を見下ろす。


「夕食ができたから呼びに来たけど、気になった人がいたみたいね?」

「ふふ、それは秘密です!」

「え〜、隠し事なんて珍しい!」

「そんな事ないですよ、私だって隠し事ぐらいあります」

「そう?ここにはまだいるの?」

「いえ、もう帰ろうと思っていたところです」


 かくして、ミューラとロビンは帰路についた。




 後日、ミューラは今年の新兵教育担当のロマニ少佐を訪ねた。


「赤髪の女の子?ああ、ひとり思い当たります」

「本当ですか!紹介してくれませんか?」

「それは構いませんが、またどうして?」

「何というか、こうビビッときたんです!」


 席から立ち上がり、訓練を見て感じたことを力説する。


「ビビッときたというのは当然かも知れません、彼女はマナ覚醒者ですから」

「へぇ!何故海軍に?普通なら魔導学校に通っている歳じゃないんですか?」

「それが彼女は少々特殊でして-」





階級クラスが分からない海軍兵の少女、か-」


 無事に少女と会う約束をとりつけたミューラは炎の獅子に乗り、第3寮舎までの道を疾走していた。


「面白そう!」


 ミューラの独り言は雲ひとつ無い真っ青な空にとけていった。




【Ⅱ】大浴場誕生物語

「総統府建設におけるリクエスト?あの野郎なんで私にこんなもん」


 届いたメッセージに目を通し長い髪の美女は悪態をつく。

 これは総統府ができる約1年前、アリアとミューラが出会う4年ほど前の話である。




【“エデン“魔導軍本部(旧)廊下】

「やあ、リクエストは考えてきてくれたかな?」

「なんだ冗談じゃなかったのか」


 自身の真横に忽然と現れた青年に驚くこともなく、美女は冷たく答える。

 勿論、歩みを止めることはない。


「昔からのだし、何かしてあげたくてね」

「ほう、ならどんなリクエストにも答えてくれるのか」


 美女の蒼い目が妖しく輝く。


「うーん……ワンフロアでできる物なら何とか」


 意地悪のつもりの言葉に真面目に答える青年を見、悪い事をしたな、と一瞬ではあるが反省する。


「じゃあ、温泉が欲しいな!殿?」

「温泉?それってあれかい?東方の国の大きなお風呂のことかな」

「それ、土御門つちみかどの所のロテン風呂にハマってしまってな、室内でいいから大きな風呂が欲しい」

「わかった、技術部に相談してくる!では殿また、いつか!」


 青年は優雅に一礼するとその場から掻き消えた。

 その後、総統府の30階に大浴場ができたのは言うまでも無い。



【Ⅲ】彼方の記憶

「ばあや!お話して?」


 部屋に飛び込んでくるなりそう言う桃色の髪の孫を見て老婆はキョトンとする。


「お話かい?」

「うん、お話!」

「はて、昔話でも良いかな?」

「うん!」

「ならそこへお座り」


 老婆は孫を正面の席へうながす。

 孫が少し大きめの椅子に座ったのを見て老婆は話を始める。




 これは、私が小さかった、それこそお前さんぐらいの時に母に聞いた話さ。

 昔、世界は百数十の国に分かれていた。それぞれの国はそれぞれの言葉、文化を持ち、貧富も差も勿論あったらしいさ。

 その中の先進国であった、合衆国、連合国、帝国、王国の4国がある時、新型の量子コンピュータの開発を合同で始めた。

 その研究は合衆国の国立研究所で行われ各国の優秀な学者が集まった。

 しかし、計画開始から3年以上が経過しても計画に目立った成果はなく、そもそも既存の物以上の量子コンピュータなど必要無いのでは?という声さえ上がった。

 ほとんどの学者が計画を離れ、最終的に残ったのはほんの一握りだったという。

 そして、計画が中止になりかけたある時、それは完成した。


 新型量子コンピュータ“アルキメデス“


 当時の技術局の主任曰く、アルキメデスは偶然の産物で同じものを再現するのは不可能のとことだった。

 しかし、その演算能力は凄まじく当時の世界中のあらゆるセキュリティロックを1秒とかからず解除する事が可能で、各国からは警戒の元であった。

合衆国はこのアルキメデスを全世界で共有する、と宣言し各国はそれに賛同した。

 が、それが実現することはなかった。

 当時、アルキメデスの警備主任だったジェームズ=ケリーが部下数名と共に国立研究所を占拠したのだ。

 ケリーはアルキメデスに搭載された人工知能を利用し、合衆国があった中央大陸を瞬く間に占拠した。

 各国はこれに対し連合軍を結成し、中央大陸奪還へと動くが、ジェームズ=ケリーが事前に集めていた傭兵とアルキメデスが作り出したと思われる未知の兵器、アルキメデスの戦略によって大敗を喫する。

 それ以降もジェームズをはじめとする反乱軍は侵攻を続け連合国の生活域を大幅に削った。

 そして現在、連合国はエデンへと籠城しきたる反撃の日に備えて力を蓄えている。




「貴女が中央大陸の土を踏むのはそう遠くないのかも知らないねぇ?ミューラ……あら、寝ちゃったのかい?少し難しすぎたかね、まぁ、いつか分かればいい、いつか-」

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