第9話 乙女達の密会

「ミューラの連れかと、聞いているんだが」


 緋色の美女は繰り返す。まるで何事も無かったかのように、


「何するんですか!!」


 アリアは咄嗟に胸を両腕で抱えて叫ぶ。しかし


「…っ」


 刹那、1メートル程離れていた美女の顔が一瞬のうちに息のかかる程の距離にまで近づいていた。


「今、私の質問に答えようとせずに質問したな?」


 背筋の凍るような声が徐々にアリアの頭を冷やしていく。

 ここに入れるのは少佐以上か、中佐以上の人間の推薦を受けた者だけだ。

 つまりここで会う殆どの人が目上の人間、そもそもミューラを呼び捨てにしている時点で中佐以上である。思わず、その場で固まる。


「ハッハッハッ!そう硬くなるな!冗談だ!」


 ところが女はアリアの素肌の背中を遠慮なく叩きながら快活に笑いはじめた。

 ヒリヒリと痛む背中を気にしながら改めて女を見る。

 歳は20代前半だろうか、緋色の髪と透き通るような蒼い目、気の強そうな美貌が印象的だ。

 無駄な肉付きはなく、むしろ筋肉質で骨太、それでいて出るところはしっかりと出てその存在を主張している。

 ハッキリと割れた腹筋が妙に艶かしい。


「どうした?そんなに人の体を見つめて、こっちが恥ずかしくなるぞ」


 女の声で我にかえる。


「す、すみません」

「いや、いいさ。それよりミューラは何処だ?」


 やはり、ミューラの言っていた相手だろうか。


「先輩…グリアモール中佐は、実を言うと見失ってしまって…」

「そうか…まあほっといてもアッチから出てくるだろう、どうだ、少し話さないか?」

「は、はい!喜んで!」


 アリアは急いで、体についた泡を流して女の後を追った。





 女は湯煙の中を迷いなく進み沢山ある湯船の1つへと入る。


「……」


 アリアは女に続こうとして、思わず立ち止まる。


「お、お湯が…」


 血のように真っ赤だったのだ。


「お湯がどうした?」


 心底不思議そうな顔をした女はアリアの腕を掴みお湯へと引き入れた。

 見た目と違い、真紅のお湯は適温で冷えかけていた肌には心地よかった。

 強く引き寄せられたので女の胸が頬に当たる。同性ながら思わず頬が赤くなる。


「まず、名前から聞こうか、私はガブリエラ=シュルベルク、お前は?」

 シュルベルク?どこかで聞いたような名前だが、


「ア、アリア=エリアスです!士官階級は少尉、適性階級クラスは…」

「不明、だろ?」


 言葉に詰まったところで、ガブリエラが言葉を引き継ぐ。


「答えのない事に無理に答えをつける必要はない」

「すみません、よく分からないのですが」

「私の勘が正しければ、お前の階級クラスは-」


 ガブリエラの言葉をペタペタという足音が遮る。


「あ、いたいた!アリアちゃん!ガブリエラ様!」


 2人しかいなかった真紅のお風呂にミューラが入ってくる。


「せ、先輩!?どうやってここが?」


 この大浴場はとにかく広い、簡単に見つけられるわけがない。


「それは秘密…かな?」


 乙女には秘密がつきものだよ?、と付け足すミューラ。

 気にはなるが、聞かないほうがよさそうだ。


「そんな事よりガブリエラ様!続きは私が言ってもいいですか?」

「…好きにしろ!」


 一瞬黙り込んだガブリエラはすぐに了承する。


「アリアちゃんの階級クラスは、ズバリ!固有階級クラス!!」

「コユウクラス?」

「いわゆる特異階級クラスだな。既存のどのクラスとも異なるものだ」


 ガブリエラが補足してくれる。


「へぇ、私のクラスは先輩と同じ創造者デミウルゴスだと思っていたので少し残念です…」

「貴官は事の大きさを分かっていないようだな…」


 どこか落ちこんだようなガブリエラの声


「え?」

「現在このエデンにおいて固有階級を発現しているのは3名。元帥、その護衛そしてこの私だ!」

「と、言いますと?」

「つまり、アリアちゃんは戦力になる可能性が高いって事!」


 ミューラがまとめる。


「ミューラから聞いたが、貴官創造者デミウルゴスの能力に加え、結界も使ったそうだな?」

「は、はい!結界はただの真似事でしたが…」

「なるほど…つまり能力の模倣、もしくは全階級の同時使用」


 アリアとミューラは真剣な表情で呟くガブリエラを見守るしかできなかった。

 張り詰めた時間が少し経ち、ついにミューラがその均衡を破る、


「そう言えば、ガブリエラ様?こんな話、こんな場所でしていて良いんですか?」


 時々真横の通路を通り過ぎる他の魔導師を眺めながら聞いたのだ。


「安心しろ、この周辺の音への干渉は禁止にしている」


 ガブリエラの言葉にアリアは己の耳を疑う。

 音への干渉を禁止?そんな事がどうやって


「不思議そうな顔だな?」


 ガブリエラは嬉しそうに肩を組んでくる。


「これが、私の固有階級の能力だ」

「音を操る能力ですか?」

「まあ、正確に言えば違うがその認識でいいぞ?

そんな事よりお前たち、明日は空いているのか?」


 そう聞かれて、今の自分の扱いがどうなっているのかに全く関心が無かったことに気づく。不安になりミューラを見る。


「先輩、今の私の所属ってどうなっていますか?」

「アリアちゃんが固有階級じゃないかなぁって思った時に私が引き取っておいたよ!」

「そんな事して大丈夫なんですか?」


 呆れ半分、感謝半分で聞き返す。


「大丈夫、大丈夫!グリアモール家の力馬鹿にしないでよ?」


 平然と言い放つミューラを見て


「…この島の闇を見たような気がします」


 真っ赤なお湯に首まで沈みながら1人呟く。


「決まりだな。では此方からミューラに連絡する」


 そう言い残しガブリエラは去っていった。





「結局2時間も経ってしまいましたね、先輩」

「イイじゃん!イイじゃん!気持ちよかったし

アリアちゃんは初めてでしょ?あの規模のお風呂!」

「それは、そうですけど…もう日付が変わってますよ」


 ほてった体に“ユカタ"なる衣服をまといながら、2人はエレベーターに乗り込んだ。

 何でも、ここ総統府にはグリアモール家の別邸があるそうだ。

 ミューラの余念のなさ、実家の影響力に再び絶句しながらも、今日はそこに泊まる事になった。


「そういえばアリアちゃん、見たんだよね?エーテルさんの龍の咆哮パトリオット!アリアちゃんも使えたりしない?」


 一瞬何のことかと思ったアリアだが、戦闘機を撃ち落とした凄まじい攻撃が脳裏に浮かび慌てて首を振る。


「出来ませんよあんなの!出来たとしてもこの辺一帯が吹き飛びます!」

「そっかそれは残念」


 そうこうしている間にエレベーターは、グリアモール家別邸のある32階で停止した。




「じゃあ、明日は7時ね!」


 ミューラはそう言って扉を閉めた。

 グリモアール家の別邸はミューラの部屋と似ていた。

 木を基調とした内装と、大きな暖炉。これがグリモアール家の好みなのだろうか、そんな事を考えながら与えられた部屋のベッドに座る。

 子狐を枕元に下ろしてから後ろに倒れる。


「6時30分にアラーム」


 そう叫ぶと部屋のどこかから機械的な声がかえる。 


『6時30分にアラームを設定しました』


 第3寮舎もそうだが、グリアモール家の施設にはこの機能が完備されているらしい。

 目を瞑ると今日一日にあった様々な出来事がフラッシュバックする。

 まったく、自分ほど忙しい初日を過ごした新兵はいないのだろうか。

 そんな事を考えながらアリアの意識は深い闇に沈んでいった。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る