第8話 緋色の女獅子

統一暦682年 第1回中央大陸奪還作戦を開始


   684年 上記の作戦を断念


   691年 レムリア諸島沖の海戦で敗北

       その後レムリア諸島を占領される


   692年 人類の生存圏エデンへと後退


   713年 初代元帥オルステッド=シュルベ

       ルク死去(享年81歳)


   715年 第2回中央大陸奪還作戦を計画するも

       直前に攻撃を受け艦隊が壊滅し断念


   728年 …


「-ちゃん、アリアちゃん?」

「は、はい!なんでしょう?」


 ミューラの呼びかけに気づいたアリアは光る画面ウィンドウに表示していた【人類の歩み】の電子書籍をウィンドウごと消し、正面に座るミューラに向き直る。

 場所は高級特急車両“アセラ“の個室。個室内にはミューラとアリアの2人だけである。


「そんなに勉強して、疲れないの?」

「いえ、昔から本を読むのは好きだったんです」

「そっか。──それはそうと、見えてきたよ!」


 ミューラに勧められて窓の外に目を向ける。


「わぁ!」


 現在のエデンの首都、セントラル。

 午後9時を過ぎたセントラルは、その存在を知らしめるように煌々と輝いていた。

 大きな湖に浮かぶ、大きな島の上に広がるこの都へと繋がる線路の一本をアセラは走っていた。


「それで、結局何しに行くんですか?」

「…お風呂」

「それは、先輩の願望ですよね?私を連れてくる意味ありました?」

「お風呂には入るよ?そのあとは相手次第かなぁ」

「相手?」

「そう、アリアちゃんに合わせたい人が…まぁ、お楽しみってことで!」


 アセラはミューラが話を終わらせた完璧なタイミングで駅に到着した。





 全ての鉄道はセントラルを中心に放射状に広がっており、必然的に終点となるセントラルではアリアとミューラの他に20人ほどが降車した。


「やっぱり都会ですね!お風呂だけでも10軒近くありますよ?どのお風呂屋さんに行くんですか?」


 ウィンドウにマップを表示させながら辺りをキョロキョロ見回すアリアを見てミューラが微笑む。


「アリアちゃんはセントラル初めて?」

「いえ、小さい頃に来たはずなんですが、あまり覚えてなくて…」

「そっか、じゃあ行こっか」


 そう言ってミューラは歩き出す。

 しかし、マップを確認していたアリアが声を上げる。


「あの、先輩!そっちにお風呂屋さんは無いですよ?そっちは-」

「エデン総統府、エデンのほとんどの組織の本部が集まった建物だね」

「総統府にはお風呂は無いですよ?」


 マップを確認し、続いてミューラを見る。


「実はね!」


 ミューラが頬と頬が触れ合うほど身を寄せる。


「27階から上は魔導師の施設なんだけど…今の魔導師のトップ2にあたる上級大将が大のお風呂好きでね?30階に内密に大浴場を作ったんだよ!」


 内緒ね、付け足しミューラは歩き出したのだった。





 総統府は縦に長い直方体、外壁はガラスの建物だった。高級ホテルのようなロビーを通過し、エレベーターに乗り込む。

 1から50までのボタンが並ぶが、肝心の30はランプが灯っていなかった。

 アリアの動揺が伝わったのかミューラが肩に手を置いてきた。


「魔導師なら誰でも入れる訳じゃ無いよ?魔導少佐以上か魔導中佐以上の付き添いアリで1人まで!アリアちゃん私に感謝しなさいよ!」


 得意げに取り出した端末をパネルにかざすと30にランプが灯る。


「ありがとうございます!先輩!」


 褒め過ぎは禁物だと知りながらもつい褒めてしまう。

「いいとも、いいとも!もっと褒めても─」


 その続き─ミューラの自画自賛─が始まる前にエレベーターは30階へと到着する。




 30階は総統府の他のフロアとは趣向が違った。

 なんと言うか、床や壁が木でできていてとても暖かい感じがする。


「これは東の国々の造りらしいよ?和風って言うんだって!」

「…ワフウ」


 書き慣れない言葉を反芻する。


「私たちには縁のない言葉だよね〜」


 呑気に言いながらミューラはどんどん先に進んでいく。

 進んでいくと右に青い垂れ幕、左に赤い垂れ幕がかかっている分かれ道に突き当たる。垂れ幕には崩れた字体で“ゆ“と書かれている。

 これもワフウというやつだろうか?

 ミューラは迷わずに左の垂れ幕を潜る。

 靴を脱いで一段上に上がると、竹のような素材でできた床がヒヤッとした感触を伝えてくる。

 先に入ったミューラがタオルを投げつけてくる。


「先に入るね〜」

「え⁉︎」


 恐るべき速さで着替え大浴場に向かうミューラに驚きながら、アリアも着替えに取り掛かる。


「フォン?」


 ミューラのように石にする事ができずに仕方なくフードに入れていた子狐を自分の服の上に置く。


「ここにいてね?絶対動いちゃダメだよ!」


 子狐に対し念を押し、大浴場へと向かう。




 その大浴場はまさに大浴場であった。

 終わりが見えない!建物の中とは思えない規模に一瞬足が止まる。

 とは言え、まずはシャワーからは譲れない。数少ないアリアのルーティーンだ。

 様々な種類のお風呂の横を通り過ぎやっとの思いでシャワーへとたどり着く。




 髪を洗おうとして、鏡に映った自分の顔を見てため息をつく。

 赤い髪に赤い目、この組み合わせは自分でも気に入っている。しかし、顔を見るたびに小さい頃の記憶がチラつく。自分が2歳の時に亡くなった父、いつも笑っていた記憶だけが微かに残った父。

 赤髪を手櫛てぐしいつくしみながら他の悩み事にも思いを飛ばす。

 目線が自然と下がり自分の体を眺める。海軍の訓練を終えて更に筋肉量が増えたようだ。

 他の海軍兵には及ばないものの、同年代の女子と比べれば明らかにガッシリしている。

 お腹や太腿ふとももを動かせば、うっすらと筋肉の線が浮き上ってくるのだ。

 おまけと言っては何だが最近では胸まで育ってきたような気がする。

 普通の女の子なら喜ぶのだろうが、服も新調しなくてはならないし動きにくいし、自分ではあまり好きではない。

 そんな密かな悩みを思いながら髪を洗っていると、背後から声が聞こえた。


「なかなか、いいもん持ってんじゃないか」


 アリア言葉の意味を考えるよりも早く相手が後ろから腕を回し、アリアの胸を鷲掴みにした。


「にゃ!?」


 突然のことに変な声がアリアの口から飛び出す。

すぐに腕を振り払い、後ろを振り向く。


「お前がミューラの連れか?」


 そこには長い緋色の髪を無造作に垂らした背の高い美女が立っていた。









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