第7話 脱走者
我々に幸せを与え得る技術の進歩は
同時に我々に絶望を運んできた
【オルステッド=シュルベルクの手記】より
周囲の人間が唖然とする中、ミューラは1人心の中で笑った。
恐らく今何が起こったのかを理解出来たのは自分だけだろう。隣にいるアリアも目を見開いてこっちを振り向く。
「先輩、今…何が…?」
マナで身体能力だけでなく、認識能力をも強化しているアリアですら見えなかった。
自分は目で追えるから忘れそうになるが、本当に彼の底は計り知れない。
今、白衣の男は大剣を足で砕いたのだ。
左下から右上へと、殆どコマ送りのような蹴り上げ。
足が大剣と接触する時だけマナを放出するマナ支配能力は惚れ惚れする。
「貴様…何をしたぁぁ!」
男は柄を投げ捨て、白衣に掴みかかる。否、掴みかかろうとした。
白衣の男はその手を掻い潜り再びコマ送りのような移動、そして
掌底
ズン、とお手本のような攻撃が男の腹を直撃し男が膝から崩れ落ちる。
遅れてきた風が髪を撫でアリアは我に帰る。
「本当に大丈夫だった…」
思わず呟く。その一方でミューラは頭を抱えてしゃがみ込む。
「大丈夫じゃなかった、仮にも捕虜を瀕死に…」
何かボソボソと呟いている。
「先輩?どうかしたんですか?」
「ん、いやいやナンデモナイ」
「本当ですか、それ?」
「うん!さ、帰ろっか」
「そうですね!」
触らぬ神になんとやら、会話はそれで終了する事となった。
「ところでさっきの狐ちゃんは?」
「え?」
言われてみればここまで抱えて来た子狐が足元から姿を消していた。
「どこいっちゃったんだろう…」
少しではあるが愛着が湧いていただけに不安とともに寂しさが湧き上がる。
「アレじゃない?」
そこに呑気なミューラの声。
日も暮れ薄暗くなり始めた軍港を見回す。
すると、海軍施設前の植え込みが微かに明るい事に気付いた。
子狐もマナによるものだ、故に体がほのかに発光している。
「ダメだろう?ご主人様から離れたら」
ミューラが何かを引っ張るように手首を曲げる。
「フォン!?」
頭を植え込みに突っ込んでいた子狐が空中に引きずり出される。
空中にも関わらず前脚を植え込みに伸ばそうとジタバタする仕草が妙に愛くるしい。しかし、そんな苦労虚しく、子狐はアリアの腕の中に落ちる。
「離さないほうがいいね、その子」
「すみません」
そう言ったものの子狐は既に腕から飛び出し、植え込みに向かいトテトテ、と走り始めている。
なんとも言えない寒気が背筋を這い上がる。自分の周囲─特に植え込み─に注意を向けながら子狐を追うアリア。チカッ、と何かが瞬いた、気がした。
さらに植え込みに近づく。
「…?」
植え込みの奥にそれはあった。
「なんだろコレ?」
手を突っ込みそれを掴む。
「何かの機械?」
拾い上げたそれは3センチ程の黒い物体で表面を細い導線が覆い、それが一定のリズムで赤く輝いている。
「こちらに渡してください」
いつの間にか真横に来ていた白衣の男が返事を待たず黒い物体を取り上げる。
「コレは…!」
「ちょっと、ちょっと!オスカー?ウチのアリアちゃんにナンパですか?」
「今のがナンパに見えたのですか?グリアモール中佐」
「相変わらずね。それで?それは何なの?」
「今、
「観る?」
1人だけ状況を飲み込めないアリアはミューラに質問する。
「あぁ、それはアイツ、オスカーの
本人曰く、人間以外は何でも構造が分かるらしいよ?」
「異能…」
聞いたばかりの言葉を繰り返す。
異能、それは人類が持つマナと双璧をなす神秘。
その能力は様々にわたり、マナを持つ持たないに関係なく一部の人間に発現する。
白衣の男、オスカーの異能は構造把握。つまり
「
数秒の後とんでもないことを言い出すオスカー。反射的に一歩後ろに下がる。
「なら、処理は
「あぁ、我々
「じゃあよろしくね、行こっかアリアちゃん」
何事もなかったかのように、事務的に会話をすます2人。
開発部といえば、エデン中の技術者が集まるエリート集団だ、それが処理すると言うのなら出来るのだろう。
どっちにしろ自分にはどうすることもできない。
気持ちを切り替え、返事する。
「はい!」
「先輩、1つ質問してもいいですか?」
「ん?いいよ!」
「なんであの人は大剣なんか持ってたんですかね?」
「アリアちゃんはどう思う?」
「担当の人達が身体検査を怠った…とか?」
「ぶぶー!アリアちゃん不正解!流石に大剣を見逃すのは有り得ないね」
「じゃあ、
「んー、面白い推測だけど不正解!」
「じゃあ…」
「タイムアップ!正解は
「異能…ですか?」
「そう!あの大剣の彼、多分
「空間操作ですか…」
「操作というか、収納だね。珍しい異能だけど、何回か見たことあるよ。」
「それって…戦車とか隠し持ってたりしませんか?」
「空間収納の異能は大概収納できる量が決まっていてどれだけ許容量が多くても戦車は無理かなぁ」
「でも爆弾は小さかったですよね?じゃあ後何個か持っていてまた脱獄する、なんて事はないんですか?」
「これもまた推測だけどあの人、大剣の収納でいっぱいいっぱいだったと思うよ?だから爆弾も小型の物しかなかったんじゃないかな?」
「成る程、勉強になります!」
「いやいや、これくらい誰でも分かるよ、ハハ」
言葉とは裏腹に照れ笑いをするミューラは歩く速度を上げる。
自分と3歳しか変わらないのにミューラは恐ろしいほど頭が回る。まぁそれ故に史上最速で中佐という地位にまでなったのだろう。
「どうしたの?そんなに見つめて、流石の私でも照れちゃうよ?」
「ふふ、なんでもありませんよ」
こう見えてミューラは褒められると調子に乗ってしまう。だからあまり褒めすぎないように、とミューラの母─ミシェーラ=グリアモール─から言われていた。
「…そっか」
少し残念そうに歩き始めるミューラを見て、話題を変えることにする。
「そういえば、さっき私に何か言おうとしてませんでしたか?」
「さっき?そういえば…」
ミューラが右の前髪をかき上げ耳にかける。考えるときのミューラの癖だ。
「そうだった!アリアちゃん?」
「は、はい?」
「お風呂に行かない?」
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