第6話 蠢動する状況2

魔導師の士官階級しかんかいきゅうについて

元帥げんすい 序列第一位

    …全ての魔導師に命令権を持つ。原則1名


上級大将じょうきゅうたいしょう 序列第二位

    …元帥以外の命令権及び、戦時の最高指揮

     権を持つ。原則1名


以下は序列の高い順に記述

大将たいしょう上位階級じょういクラス家系の家長が代々受け継ぐ。


中将ちゅうじょう…各省庁の長官が任命される。


少将しょうしょう…各部署の長官が任命される。


准将じゅんしょう…作戦局の局員や一部の高級士官が任命される。


その他順に大佐たいさ中佐ちゅうさ少佐しょうさ大尉たいい中尉ちゅうい少尉しょうい伍長ごちょう(訓練兵)



   【魔導師教本 士官階級について】から抜粋




「脱走!?」


 思わず立ち上がりながら聞き返す。


「そう脱走」


 ミューラは、ローブに袖を通しながらはこともなげに答える。


「アリアちゃんもおいで!」


 そして悪戯っ子のような笑顔を残して部屋から駆け出していた。


「フォン?」


 足元で子狐が首をかしげる。


「おいで!」


 一瞬の思考ののち、アリアは狐を抱えて部屋を出る。





 ロビーまでの階段を駆け下りるがミューラの姿はすでに無い。


「アリアちゃん!グレイ軍港ってミューラちゃんが!」


 ロビンの声がとぶ。


「分かりました!ありがとうございます!」


 足にマナを集め、加速。追いつく筈が無いと知りながら商店街に入る。

 夕食時になり、閑散とした商店街を駆け抜ける。すると、前方にミューラの姿が視認できた。

 場所は商店街から港へと続く大階段の手前。


「先輩!」

「うん、早かったね!あそこ見てみて?」


 ミューラの指す先には海軍の施設が建っていた。




 グレイ軍港、エデンで1、2位を争う規模のこの軍港は普段なら訓練終わりの海軍兵で賑わっている。

が、今はほとんど人影がない。

 唯一、海軍施設の前には人だかりがあった。近づくと1人の男を5人ほどの海軍兵が囲んでいた。


「オイオイ、話になんねぇぞ?」


 囲まれた男が叫んだ。よく見ると、男は1人の海軍兵のを羽交い締めにし、周りには3人の海軍兵が倒れている。


「…っ」


 羽交い締めにされている男は見覚えがあった。

アリアが一緒に訓練に参加し、見張りなどをこなした男だ。

 無意識に拳を握りしめ、一歩前に出る。

 しかし、そこで肩を掴まれる。


「ダメ、あの人多分強い」


 ミューラである。


「それでも…」


 そこで言葉を失う。ミューラが左手をこめかみに当て男を見ていたのだ。

 ミューラの左目の前に小さな画面が浮かび小さな字が蠢いている。




 ミューラの家系、グリアモール家はエデン移住当初から存在する名家である。

 代々上位階級の血統を受け継いできたグリアモール家の特権は“調停者“の役割。

 特権の最たるものはエデンのあらゆる軍隊に所属する人物の情報の閲覧。対象人物の名前は勿論、階級クラスや得意な攻撃方法に至るまで、膨大な情報を閲覧できる。




 そして今、ミューラはその情報閲覧能力を倒れている海軍兵に向けていた。

 そして1人に目を留める。


名前:オーウェン=パール

階級:海軍大尉、魔導中尉

階級クラス:闘士グラディエーター

戦域せんいき:第五戦域

攻撃アサルトスキル:……




「あの人軽く見積もっても第五戦域、今のアリアちゃんじゃ勝てない」


 戦域、それは個人の戦闘能力を表す指標である。

1番下が第十戦域で数字が小さくなる程戦闘能力が高い事を表す。

 魔導師になりたてのアリアは恐らく第七戦域程度、つまり勝ち目はない。




「オイオイ、腰抜けばっかかぁ?」


 男が叫ぶ。アリアは再び拳を強く握る。しかし、


「いいよ、私が行くから」


 アリアを引き戻し、ミューラが一歩前に出る。


「私がいこう」


 ミューラの横を通り、前に出たものがいた。


「…え?」




 ミューラに代わり前に出たのは、いつか商店街でミューラと話していた黒髪の男だ。

 白衣をなびかせながら近づいてくる男にを見て相手の男は驚いたように目を見開く。


「学者か何かしらねぇが、雑魚ざこがしゃしゃり出てくるなや!」


 羽交い締めにしていた男を突き飛ばし自身の真横の地面に突き刺さっていた大剣を掴む。額には青筋、間違えなくブチ切れ寸前だ。


「先輩!本当にあの人大丈夫なんですか?」

「あぁ、うん、多分?」

「それ、大丈夫じゃないですよね?」

「……」


 謎の沈黙、嫌な予感しかしない。

黒髪の男性は間違えなく研究職だ。白衣を着、黒髪をきちっと切り揃え、目は開いているのかどうかさえ怪しい細目。

 もし、この人がやられればミューラがなんとかするだろうがそれではこの人が怪我をしてしまう。

 段々と増え始めたギャラリーもざわつき始める中、黒髪の男性は口を開いた。




「完璧な勝利、その条件は何だと思いますか?」


 突然の質問にもかかわらず、相手は答える。


「圧倒的な力」


 シンプルかつハッキリとした答えに今度は黒髪の男性が目を見開く。


「それが貴方の答えですか」


 私の答えとは相容れないものだ、ぼそっと呟かれた言葉を聞いたものはいない。


「私が考える完璧な勝利、それは…」


 そこで少し間をとる。


「誰もが血を流さずに終わる事。故に、貴方はここで降参して大人しく捕まるのが最適解ではありませんか?」


 その場にいた誰もが心の中で思った。


 -それで「はいそうですか」とはならない!



 勿論その思いは相手も例外ではない。


「死にな!」


 会話は不可能と考えたのか、男は大剣を振り上げ、突進を開始する。

 誰もがその後の結果を予測し、目を背けた。しかし、キン、と軽い音が響きわたる。


「…な」


 1番の驚愕に見舞われたのは間違えなく、剣を振り下ろした本人だろう。いや、か、





 男が振りかぶった大剣は柄を残して刀身が消失していたのだ。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る