第5話 蠢動する状況
普通に歩けば5分程の第3寮舎までの道のりを30秒足らずで走破した2匹の炎の獅子は今、第3寮舎一階ロビーで優雅に寝そべり欠伸をしていた。
その隣で先輩、もといミューラ=グリアモールは半透明の端末で誰かと話している。
特にやる事がないアリアが一人、ここまで運んでくれた雄の獅子のたてがみを撫でていると、
「アリアちゃん!」
背後から声をかけられた。
「ご無沙汰してます、ロビンさん」
「ひさしぶり!チョット見ないうちにたくましくなって!女の子なんだからもっとオシャレしなよ!」
いきなり話しかけてきたこの女性は、この第3寮舎の寮長だ。
「いえ、私は─」
まだそんな余裕がない、そう続けようとしたが、
「そう、それなんですよロビンさん!」
いつの間にか電話を終えたミューラが大声で割り込んでくる。
「だから私は-」
「「勿体ない!!」」
今度は2人に遮られる。
「スカート、似合いそうよね?」
「いやいやスカートよりもジーンズが…」
それから2人は少女をよそに話を始める。
「あの、長くなります?」
少女はしばらく我慢したが、ついに声をあげる。
「え?」
「ほぇ?」
ロビンはさも当然、といった顔で反応し、ミューラは間抜けに返答する。
「あの、先輩?海軍での訓練の報告は?」
一瞬の沈黙
「そうだった!早く上がってきてね!」
思い出したようにミューラが駆け出す。
近年ではあまり見なくなった階段を駆け上がるミューラの後ろ姿を見送り、ロビンに振り返る。
「という事で!変な相談は私のいないところでお願いしますよ?ロビンさん」
「チョット怒ってる?」
「いえ、そんな!では」
この人と話していると心の中を覗かれているような気がしてならない。
「あ!ちょっと待ってアリアちゃん」
はい、コレと茶色の紙袋を渡される。
「
頭からすっかり抜け落ちていたが、パンは配送してもらっていたのだ。
「ありがとうございます!」
アリアはミューラの後を追って階段を駆け上がった。
「革命派が戦闘機ねぇ」
ショートケーキの苺を刺したフォークを揺らしながらミューラは呟く。
「はい、それたくさん!」
「なるほど、なるほど」
苺を口に運びながらふと、思い出したように部屋の隅の暖炉を眺める。
つられてアリアも暖炉に目を向ける。
勢いよく燃えていた炎が揺らぐ。
炎のごく一部が分離しミューラの手元まで飛んでくる。
炎はミューラの手の上で更に勢いを増し、鳥の形を取る。
が、何というか全て炎なのだ。
先程の獅子や蛇はどこか御伽話のような見た目であったが、目の前の鳥は炎を切り取った、もしくは固めたとしか形容しようがないのである。
「さっきと違う…」
思わず呟くアリア。
「あぁ、コレは即席の伝言用の鳥!さっき乗ったライオンなんかとは違うよ?
何が違うかは説明しづらいけど…」
「そうですか」
自分が聞いても理解できそうにないのでココで話を切り上げる。
炎の鳥はミューラの手から飛び立ち窓から外の世界へ飛び去っていった。
「そんな事はおいといて!アリアちゃん今夜時間ある?」
「は、はい大丈夫ですけど?」
「じゃあさ-」
「フォン!」
アリアは自分と同じようにミューラの肩がはねるのを見た。
ほぼ同時に2人は暖炉を振り向く。
その直後、暖炉から這い出してきた姿がある。
「…え?」
アリアが口を開くより早くミューラが呟く。這い出してきたのは炎でできた子狐であった。
「あの、先ぱ─」
「どうやったの!?」
「は…い?」
興奮した様子のミューラに肩を掴まれ揺さぶられながら赤毛の少女は記憶を整理する。
「先輩が出したんじゃないんですか?」
「私が?まさか!今のは間違えなくアリアちゃんの力だよ!」
「えっと、つまり私の
「そう、私と同じ─」
ミューラが核心を口にしようとした時、ミューラの端末が震え、話を遮る。
今日はこの現象が起こりすぎな気がする。ゆっくり話をさせて欲しいものである。
しかし一方で、寸前までニコニコしていたミューラの顔がさっと引き締まり、端末を掴む。
その画面にはただ一行"code 4"
「コード…4?」
聞いた事がない単語だ。
「あぁ、この通信は一部の魔導師に届くようにやってるの!
意味は…アリアちゃんなら教えてもいいか」
何気ない一言だが、少し胸が熱くなる。
そしてミューラは続ける。
「捕虜の脱走だよ」
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