第2話 能力者

      経過報告23

"アーーーデス"計画は1259日目の今日、大きく進展した。しかし、殆ど奇跡のような成功が続け様に発生した事には不気味さを感じずにはいられない。

もし、このまま計画が進めば"アーーーデス"の能力は人間を遥かに凌駕する可能性があり、仮に技術的特異点、いわゆるシンギュラリティが発生した場合、その後の予測は極めて不可能に近い。

上記の理由より"アーーーデス"計画の見直しを検討されたし。


    合衆国技術局主任エドワード=モコロフ





 炎を上げた5機の戦闘機が頭上を通過し、船の後方200メートル程に着水する。

 ゴォン、とくぐもった音が響き海水が一瞬で沸騰する。 



「横取りか?エーテルッ!」



 状況が理解できずただ立っているだけしか出来なかった少女の耳にロマニの怒鳴り声が届く。

 その視線は空に固定され。

 その視線の先には──






「冗談言わないでくれ



 空に浮かぶ一人の男。その背後には30人程の集団が同じように浮かんでいた。

 兄さん?理解できない状況が続くなか男は続ける。



「助けてもらったと言って欲しいよ、まったく。

兄さんもマナを持っているんだからこっちに来ればいいのに。科学なんて時代遅れのものにこだわらずなさ。」


「何?時代遅れだと?」



 少佐の額に血管が浮かぶ。



「あぁ、教えてあげるよ。科学とマナの圧倒的な差を」



 そう言って男は振り返る。

 その視線の先には軽く10機を超える戦闘機のがv字の編隊を組みながら接近してきていた。



「《展開─」



 男が両腕を前に突き出し呟く。

 男の背後に十数個の光の輪が出現する。



「─対空術式 龍之咆哮パトリオット》!」



 男がそう宣言した途端、それぞれの光の輪から眩い光線が放たれ戦闘機に向かう。

 しかし──



「少佐!」



 現在、視認できる敵影は30機を超え、男が放ったレーザーを回避しようと散開する。

 もし、打ちもらせば船に絶大な被害を及ぼす。



「問題なかろう」



 一方で、諦めたようなロマニの声。

 その言葉どうり、レーザーは生き物のように向きを変え戦闘機に襲いかかる。

 光線は戦闘機を貫いた後も全く勢いを衰えさせる事なく他の戦闘機に向かい──

 30秒と経たないうちに目視出来る戦闘機は無くなった。



「兄さん、今日の奴らの動きは異常だ。半数の乗員が訓練生の兄さんの船は、はっきり言って足手まといだ。最速でエデンに帰還しろ。」


「…っ」


「いいかい?これは命令だ!」



 何か言おうとするロマニに、かぶせるように男は付け足した。

 くるり、と背を向けた空に浮かぶ集団は、戦闘機が飛んできた方向に飛び去っていった。






「各員、配置につけ!これより全速力でエデンに帰艦する。」



 淡々と指示を出すロマニの声は僅かに震えているように感じられた。



「──ん?」



 船内に戻ろうとしたロマニは、すぐに立ち止まり海を見つめる。



「戦闘機のパイロットが生き残ったか」



 そう呟き、救助の指示を出す。

 生き残ったパイロットを見ようと海に身を乗り出すが、



「エリアス伍長」



 そうする前にロマニから声がかかる。

 珍しく名前で呼ばれ、何かやらかしたかしら?という考えが脳裏に浮かぶ。



「は、はい」



 声が上ずる。



「10分後に艦長室に。」



 それだけ言ってロマニは船内へ入っていった。

 いよいよ、何かやらかした可能性が大きくなり、少女の気持ちは沈んでいくのだった。




10分後…

 コンコン



「失礼します。」



 時計を確認し少女は艦長室に入る。

 ロマニは部屋の奥にある美しい木彫りが施された椅子に座っていた。



「そこへ座れ。」



 そう言われ、豪華な刺繍が施されたソファーに座る。



「──アリア=エリアス、現刻をもって海軍少尉、並びに魔導少尉に任命する」



 唐突にロマニが宣言し、少女はその言葉を数秒かけて咀嚼する。



「少佐殿?今回の訓練は海軍少尉の認定試験ですが?」



 そう、そうなのだ。海軍少尉は当然の任命だが、魔導少尉の任命は覚えがない。



「よい。から頼まれていたことだ。」



 そんな少女の反応にく、と笑いをもらしたロマニはそう言った…

 裏で手回ししていた人物がいた事を示唆され、少女は渋々納得する。そうなのだ、彼女ならさもありなん、だ。



「は!拝命いたしました。」



 慌てて立ち上がり背筋を伸ばし敬礼する。



「それと──これは俺からの昇格祝いだ。」



 続いてロマニは自身の端末を操作する。

 ポケットに入れていた半透明の小型端末が震え、口座に送金があった事を伝える。

 確認すると、決して少ない額ではないお金が少佐から送金されていた。



「よ、よいのでしょうか。」


「ああ、いつか大物になるだろう後輩に媚を売っておくのも悪くないだろう?」



 冗談とも、本気ともとれる言葉に思わずアリアは笑みをもらす。


 

「あ、有難うございます。」


「以上だもう下がっていいぞ。」


「は!失礼しました。」



 艦長室の扉が閉まった瞬間、少女は大きく深呼吸をする。

 こんな所まで手を回すとはには頭が上がらないな。そんな事を考えながら自室に戻る。

 自室につくなり少女は軍服を緩め、簡素なベッドに飛び込み目をつぶる。

 次の担当まで4時間近くある。昼寝を挟むのには、丁度いい。いや、その前にエデンについてしまっているかも…

 そんな事を考えているうちに猛烈な眠気が襲ってきて、そこで少女の意識は途切れた。




 ピピピピッ

 アラームが鳴り少女は目を覚ます。

 このアラームは担当の時間が近づいた事によるものではなく、エデンへの帰艦が近づいた時に船員全員に通知されるアラームだ。

 軽く服を整え、甲板に上がる。



「…っ」



 何度見ても息をのむ。巨大な軍港が目の前に広がる。マナで視力を強化すると多くの人が忙しそうに動き回っているのが見える。

 中央大陸、かつてそう呼ばれた場所の遥か南の巨大な島、エデン。四方を海に囲まれたこの孤島が


 ──人類最大にして、最後の都市国家である。

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