プレイレポート(小説風)

1.ボルカルスの出現



「緊急速報です! ボルカルスが、渋谷に出現しました!」

 それを読み上げるアナウンサーの手は、心なしか震えているように見える。声まで震えていないのは、さすがにプロというところか。

 無理もない。ほんの数カ月前に自衛隊が相模湖周辺域に敷いた防衛戦を易々と突破した文字通りの怪獣が、彼らの生活圏に侵入してきたのだ。かの怪獣が富士山火口より姿を現してから51日目である。

「そういえば……」

 モロボシ統合幕僚長は、傍らの幕僚を振り返った。

「ご家族の退避は済んだのか?」

 市民の避難は2段階に分かれている。専業主婦や高齢者など、日々の経済活動にさほど影響のない人々は、東京を極力離れるように国からの指示が出ていた。そして東京には必要最低限度の人間が残り、社会を回す。それらの人々は、ボルカルス出現後に拠点に避難する。

 もちろん、机上の空論だ。だが、やらなければ日本が滅ぶ。なにより、ボルカルスの迎撃及び消火活動に支障となる人的障害はできる限り減らしたい。それが、この事態に臨む政府関係者の偽らざる本音だった。

 東京各地域に避難の順番を割り振り、移動が必要な市民を特定し、移動手段とその総量を割り出す。その他諸々の雑事を乗り越えて、さあ人員輸送が始まった――ところでの襲来であった。

 幕僚は悲しげに首を振る。モロボシもまた同じだ。そして昂然と顔を上げた。

「よし、行くぞ」

 ボルカルスと人間の、6日間に渡る戦いが始まった。

【ゲーム準備として、東京都下24の地区に市民コマを割り振ります。その数49個。1つ1万人相当です。その他のセットアップを終えると、ボルカルスを原宿・渋谷・恵比寿のどれか一つに配置。ついで人間側が様々な活動を支える拠点コマを2つ、任意に配置して、さらに自衛隊コマ1つ、消防隊コマ1つを拠点と同じ地区に配置して、ゲームスタートです。】



 怪獣災害緊急対策本部、通称『怪災対』には、既にスタッフが集合していた。最後に入室したモロボシが上座に眼をやると、本部長、すなわち首相の姿が無い。代わりに本部長席に座っていたのは、内閣官房長官のサコミズだった。

【内閣官房長官は、人間側選択キャラの一人です。人間側選択キャラは全員9枚のアクションカードを持っていて、ラウンドごとに4枚(2人以下なら6枚)を引いてプレイします。資金1を払って希望枚数引き直しもできます。

 各キャラには、1枚だけ特殊効果を発揮できるカードがあります。内閣官房長官は『状況継続』。このカードの前、もしくは後に出したカードの効果を実行できます。市民を大勢移動させたり、ボルカルスへの攻撃を重ねたりできるカードです。また、調査トラックが進むと、予算申請の時にボーナスが付きます。】

「首相は臨時国会対策のため奔走しておられますので、私が代理ということで」

 サコミズは誰に言うともなくさらりと述べると、モロボシとは系統の違う制服姿の男性に声を掛けた。

「消防総監、消防隊の現況を報告してください」

 消防総監のハヤタが、いささか苦い表情で口を開いた。頭が固い男で、今回の怪獣災害という非常事態において、消防にできる範囲でしか協力的ではない。職分を忠実に守っているという意味では堅実と言えるのかもしれないが。

「溶岩消火対応の消防隊は現在1隊のみです。これは現在、霞が関に配置してあります。他の消防車への改造については、技術班が不眠不休で当たっています。もう少し時間をいただければ」

 時間など無い。だが、かけられるマンパワーにも限度がある。ゆえにモロボシはぐっと口を引き結んだ。

【消防隊コマ(自衛隊コマもですが)の追加配置は、アクションカード「動員」で資金を消費して配置せねばなりません。しばらくは1隊で頑張ってもらわねばならないのです。そんな消防総監もまた、調査トラックが進むと、一度に消せる溶岩の数にボーナスが付きます。さらに、特殊なカードは『消防ヘリ』。通常は『消防隊の移動』カードを使って2マスまでしか移動できない消防隊コマをどこへでも移動でき、移動先のマスにある溶岩コマを消火して人間側の防衛トラックに並べられるという優れ物。しかも通常の消火と違って資金を消費しません。「設定し忘れじゃないの」と私がつぶやいたら、子供に「自家用ヘリだよ!」と反論されました。どんな富豪やねん……】

 その思いを知ってか知らずか、サコミズ官房長官は作戦司令室の端に座る女性に声を掛けた。白衣と化粧気のない顔が、いかにもその身分を語っている。

「ボルカルスの調査は、どうなっていますか? セリザワ研究総務官」

「はかどっていません」

 そっけない返事に、官房長官の周囲がざわめく。中には明らかに棘のこもった視線を投げつけている者もいる。だが、モロボシは内心で面白いと思った。政治家は嫌いなのだ。シビリアンコントロールという建前上は仕方ないとはいえ、門外漢に何が分かる。

「できていませんでは困りますねぇ」

 そううっすらと笑う官房長官の言葉を幸いと、研究総務官は席を立った。

「というわけで、拠点で調査に行ってきます。奴にダメージを与える方策のために。そうでしょ? モロボシ大将」

「陸将、ですよ」

 いろいろな縁あって30年来の知己に、モロボシは信頼を込めて言葉を返した。彼女自身が現場に出向くのなら、調査ははかどるだろう。それは彼が抱える『秘策』のためには必要なのだ。

【ラウンドの最後に行われる拠点フェイズにおいて、拠点開設地域及び道で繋がった周辺地域に配置してある調査タイルを回収し、そこに書かれた数字(1、2、3のどれか)の分だけ調査トラックを進めます。研究総務官の特殊なカードは『研究』。このカードが使用されると、計画実行フェイズで調査タイルを回収し、かつ必ず調査トラックを3進めることができるのです。強力です、はっきり言って。その効果のほどは、のちのち書いていきたいと思います。】



 現在、浅草に、ボルカルス活動再開の結果と推測される溶岩が噴出している。そのほかにも小規模ながら溶岩噴出事案が発生。当然市民の避難は完了していない地域である。

 ここで、会議はいきなり紛糾した。市民の移動を優先したい内閣官房長官と、消防隊を溶岩消火に向かわせたい消防総監が対立したのだ。さすが“火事場の狂犬”の二つ名は伊達じゃない。自分のことしか考えていない男だ、とも思う。

 一方、統合幕僚長にも私案があった。自衛隊車両をボルカルスに近接させ、大型貫通爆弾投下の援護をしたい。だがそのためには市民の移動を犠牲にせねばならない。それ以前に、大型貫通爆弾は付近にいる市民の命を奪いかねない。

【そのとおり。アクションカード「自衛隊への指令」でボルカルスのいるマスもしくは隣のマスに自衛隊コマがいれば、大型貫通爆弾が投下できます。ただし、ボルカルスと同じマスに市民がいた場合、その全てを被害トラックに置かねばなりません。】

 2人の議論が落ち着きかけたところで、そっと提案してみる。結果は――

「市民を巻き添えにする気ですか? 渋谷の避難はまだ完了していませんよ?」

「まったく軍人という輩は……」

「自衛隊車両は移動させていただきます」

 統合幕僚長はきっぱりと言った。渋い顔の2人に向かって続ける。

「そして、市民を避難させることにします」

 とりあえず、ボルカルスの近くに移動させておけば、選択肢は増える。怪獣を撃滅すれば、それでこの災害は終わりなのだから。それがモロボシの深謀だった。

 そこから小検討を加えて、今日の取るべき行動手順が決まる。本部長代理の号令一下、怪災対の1日目が始まった。



2.怪獣跋扈


「急いでください! 急いでください! 怪獣が付近に迫っています!」

 渋谷地区の道路という道路は、人の波で埋まっていた。無秩序な行動が少ないのは、急造ながら策定された避難計画のおかげである。警報が発令されたら、どの道路を通ってもいいから、とにかく指示された方角へ逃げること。余りに大雑把な計画と批判されたが、全員を乗せられるバスなど到底調達できない。ゆえに未就学児とその保護者、70歳以上の老人はバスに乗り、専用ルートで非難する手はずになっていた。

 ゆるゆる、あるいはぞろぞろと続く避難者の歩列。大勢で歩いているという安心感がそうさせるのか。

 だがそれも、現実の脅威を目の当たりにしたことで崩れた。ボルカルスが暴れ始め、人や車、建造物を手当たり次第に破壊し始めたのだ!

 算を乱して走る、あるいは絶望してその場にうずくまってしまう人々。そこへ、怪獣の巨大な足が被さってくる。悲鳴を上げられるのは、まだ生きて逃げている人のみ。あるいはボルカルスが暴れるたびに振り撒かれる溶岩に焼かれる人々もか。阿鼻叫喚の惨状は果てしなく続くかのようであった。



 消防隊員たちは、灼熱と戦っていた。

 溶岩を消火するため、リモコン操縦の放水栓を装備するなどの改造を施した消防車両は、特別な消火剤を搭載したタンク車とコンビである。もちろんどちらにも、溶岩が放射する高熱に長時間耐えうる防護板を増設されている。エアコンも強力なものに換装された。いずれも理論上はこの作戦に耐えうると判断されていた。

 だが、作戦開始後すぐに、思わぬ事態が勃発した。溶岩に接近後、ポンプ車にホースを接続する作業が難渋を極めたのだ。

 防護板とクーラーが効いているのは車内のみ。外に出て活動せねばならない消防隊員の着用する防火服は、火災対応である。つまり、溶岩の超高熱には非対応なのだ。そんな装備のまま車両から降りた隊員は、短時間の作業だけでぐったりとしてしまい、消火後の作業に支障が出た。かと言って、車両をホースでつないだまま移動などできるものではない。

 それでも彼らは、消火作業を続行した。幸いにというべきか、人影は見当たらず、救助に時間と労力を裂く必要がない。1時間弱の作業で、消火剤が尽きた。

「ふーやれやれ、帰るか」

 運転士が後席に声をかけても、力なくうなずく者しかいない。消防本部に帰投を連絡してハンドルを回そうとした運転士は、そのまま凍り付いてしまったかのように動けなくなった。

 彼は発見してしまったのだ。作業時には消火されていく溶岩に目を奪われていたが、それも黒々とした塊と化した今、その傍に転々と転がる人型の炭を。

 運転士は一つ震えると、目を血走らせて車両を急転回させた。



 消防隊に比べると、自衛隊の車両はまだましだった。彼らは指令を受けた地域へ行き、避難用のバスを待つ人々をできるだけ非難させる任務を行っていたのだ。

 市民の集合場所に行き、まず車両から簡易トイレを搬出・展開する。たちまち列からトイレに群がる人々を横目に、これも積んできた飲料水のペットボトルを配っていく。ただしこれは、まだしばらくバスへの乗車が困難な人が優先される。そのことでいざこざが少しあったものの、持ってきたペットボトルはたちまち尽き、帰投となった。資材を積んできたスペースに、帰りは市民を乗せていくのだ。

 そしてここでも、予期せぬ事態が勃発した。兵員輸送用のトラックの荷台に、老人が上がれないのだ。軽々と上り下りできる自衛官では思いも及ばないトラブルに、他の市民の手も借りて汗だくになりながら人々を乗せていき、想定外の時間がかかってしまった。

「次の便にはタラップになるものを持参させなきゃだめだな」

 指揮官は助手席に納まるとそうつぶやき、無線のスイッチを入れた。



「どうだ?」

 セリザワの問いに、いささか緊張の面持ちで部下の1人が答える。

「はい、お見込みどおり、地面からの熱が増大しています」

「そうか……ここも溶岩が噴出する可能性があるな」

 それは、セリザワの予測を補強する情報であった。

 ボルカルスは地中に潜って移動する場合がある。それも、マンガや特撮のように、ボコボコと地表に盛り上がりを作りながら進むわけではない。したがって、出現先を予測できないのだ。

 だが、セリザワの予測とは、出現先についてのそれではない。『地中を移動する時に、ボルカルスはどこまで潜っているのか』という疑問に対する推測である。

「やっぱり、マグマの層まで潜っているようだな」

「ええ、そのようですね」

 午前中に渋谷地区を蹂躙したボルカルスは市民約1万人を踏み潰した後、地中に消えた。そして昼ごろ、六本木に出現し、今度は火炎弾を吐いて暴れているとのことだった。セリザワたちがいるのはその中間地点である恵比寿。そこの地熱が上昇しているのだ。

「ただマグマの流れに乗っているだけじゃないのではないでしょうか?」

「というと?」

 セリザワは部下の問いを取り上げた。

「流れが常に奴の望む方向に行っているとは限りません。逆らって泳いでいる可能性もあります。その場合、逆らわれたマグマが暴れて――」

「地表に噴出するということか……」

 そう結論付けて、ざっけなくまとめた髪をひと撫ですると、セリザワは車へときびすを返した。

「次は奴を実見したい。いいデータが取れるだろう」

「あー。やっぱりそうなりますか……」

 部下たちのため息を軽く聞き流して、車へと歩を進める。

「あのバカの願いをかなえてやるためにもな……」

 とつぶやきながら。



 サコミズ官房長官は作戦司令室を出て、国会に詰めている秘書の携帯にコールした。

「国会審議はどうなっている?」

『紛糾しています』

 秘書の声は震えている。怪獣が永田町に迫っているからだろう。

『野党の主張は相変わらずです。内閣不信任案までちらつかせ始めました』

「あんな発言でそこまでひっぱるのかね……」

 それは、怪獣への命名における首相の発言だった。研究者が付けた「VULCANUS」を、彼は「ボルカルス」とあえて読んだのだ。命名のままボルカヌスではいけないのかと理由を問われて曰く、

「“ヌ”じゃなくて“ル”にしたほうがセクシーじゃないですか」

 この発言に野党と一部メディアが噛み付き、いまだに尾を引いている。

 国難といっても大げさではないこんな時に、そんな瑣末事にこだわる人々がいるのだ。罵倒したい。でもできない。セリザワは政治家であり、秘書もまた永田町に巣くって20年の古株である。

 そういえば、と秘書がやや面白げな口調に変わって切り出したのは、国を思っての彼なりの仕事なのだろうか。

『野党のセンセイ方の会食内容の録音が密かに出回ってます。言いたい放題ですよ。溶岩の高熱を浴びてグロッキーの消防士を、根性がないとか、じゃあ防火服を重ね着しろとか』

 そういえば彼の息子は、地元で消防士をしてるんだったな。

 面白い。

「そんな内容のブツがネットに流れたら大変だな」

 セリザワは空いている手でオールバックを撫で付けながら、とぼけた。

「本当に、大変だ」

 いやまったく、と秘書が応じてきっかり3時間後、ネットニュース大手が録音を入手したというスクープが駆け巡ることになる。

【このゲームの先行体験会に参加された方のブログによると、怪獣の名前はゲームデザイナー氏の「“ヌ”じゃなくて“ル”にしたほうが怪獣っぽい」といった主旨によって命名されたようです。

消防隊による消火活動、自衛隊による市民の避難などは、資金を消費します。ゲーム開始時の資金は10。要人の含まれているコマを避難させれば1ずつ追加されますが、すぐに尽きてしまいます。そのため、人間側の全てのプレイヤーにアクションカード「予算申請」が配されています。これを計画フェイズでボードに配置して、追加予算を獲得するのです。ただし、「予算申請」が合計で3回使用されないと、追加予算は下りてきません。市民の移動や消火活動より優先するべきかどうかを、人間側プレーヤー同士で議論して決めていくことになります。】



3.反攻の兆し



 ニュース原稿を読み上げる女性アナウンサーの顔色は、メイクでもごまかせないほど悪い。

「怪獣ボルカルスが東京に出現してから、今日で3日が過ぎました。自衛隊など関係当局の懸命の努力にもかかわらず、ボルカルスはまだ東京都内にとどまったままです。……」

 思わず鳴らした鼻息を聞いたのだろう、幕僚の一人がテレビスクリーンから顔を向けた。

「懸命の努力、の部分ですか?」

「違う。東京都内にとどまったままです、の部分だ」

 昔、新潟県が大きな被害を蒙るかもしれないと予測された台風について、在京メディアのお天気アナが、

『幸い、東京を逸れました』

 と番組内で発言して物議をかもしたことがあった。それを思い出したのだと説明し、

「あいつらは何も変わっていない。東京さえ無事なら、ほかはどうなっても知らんこっちゃないと言わんばかりだ」

 オッサンの繰言はそれで打ち切って、統合幕僚長は作戦会議を進めることにした。情報担当に合図を送って、ここまでの総括をしてもらう。

「現在、ボルカルスは上野にいます。そこに至るまでの道々で残した溶岩はかなりの量であり、出現2日目には六本木が壊滅しました。そのほかの溶岩については、消防隊がヘリまで投入して消火して回っています。我々の部隊も市民の避難を中心に活動しています。が、ボルカルスのもたらしている被害が上回っている状態です」

 ここまでの死亡推定市民数は9万人。避難させられたのは、7万人。数字の大きさに麻痺しつつある自分が怖い。

【東京のマップ上には、ランドマークが描かれたマスが8つあります。怪獣役プレイヤーは破壊ボーナスタイルを3枚ランダムで引いて、カードに表示されたマスに、定められた数の溶岩を集めることを目指します。達成するとその地域は壊滅判定を受け、破壊ボーナスタイルが被害トラックに置かれるのですが、12トラックを埋める大きなタイルなので、怪獣の勝利に大きく前進することになります。上記の例だと、六本木に7つ以上溶岩コマが乗ったため、壊滅判定となりました。人間側としては消火活動で食い止めたいところですが、なかなか難しいです。】

 情報担当は次に、ノートパソコンを操作した。プロジェクターがうなり、スクリーンに見慣れた、いや、忘れられそうもない姿が映し出される。

「現在のボルカルスの全身、中継画像です。左側は出現当初のもの。……お分かりいただけたでしょうか?」

 見比べれば、変化は一目瞭然だった。後頭部が大きく盛り上がり、両手指は長く鋭くなった。後背部の副腕のようなもの――自在に動き、時に溶岩を垂らす――は、出現当初より開口部が広がり、ラッパのように変化していた。

「第4形態か……」

 幕僚の1人がつぶやき、眉根を寄せながら腕組みをしてうなった。

【ボルカルスは溶岩コマを6個消費すると、進化します。怪獣担当プレイヤーの任意で、どう進化させるかを決め、該当アクションカードの追加効果が得られるようになります。ちなみに、第4の次は最終形態。どんなアクションをしても溶岩が追加で振り撒かれる最凶形態です。】

 幕僚の一人が挙手をした。

「科学特調班からの情報は着々と集まっています。これを元に、秋葉原に拠点を設営。部隊を1つ配置できました」

【拠点の追加配置も自衛隊コマの動員も、もちろん資金を消費します。資金不足解消のため予算申請に重点を置いたり、調査総務官が張り切って調査を行うと、市民の移動や消火活動など現場がおろそかになるという二律背反に人間側プレイヤーは悩まされます。どこを見捨てるか、なにをしないかの決断が常に必要です。2分以内に。】

「特レ弾の最終調整はどうなっている?」

 統合幕僚長が口にした“特レ弾”とは、特殊冷凍弾のことである。対溶岩用特殊消火剤をさらに強化し、大型貫通爆弾に充填。ボルカルス本体に撃ち込もうというのだ。セリザワ研究総務官の指揮の元、科学特調班は目覚しい成果を上げていた。

【研究総務官の特殊アクションカード「研究」の効果で、どの調査パネルを取っても3進めることができます。調査が進むと、10で拠点が設営可能、20で特殊冷凍弾を使用可能になりしますが、それがかなり早まります。さらに、5・15・25の箇所にはアクションカードの追加効果をアンロックする効果もあるため、人間側の行動がより効果的になっていきます。

 特殊冷凍弾は、ボルカルスがいるマスもしくは隣のマスに自衛隊コマがあれば、「自衛隊への指令」と資金を使って発射できます。命中判定はなく、タイルを防衛トラックに配置します。4トラックを埋められるタイルですので、(資金が続くのなら)ガンガン撃ち込めば、それだけ人間側の勝利に近づきます。】

「それなんですが……」

 と言葉を濁した幕僚に先を促すと、1枚の紙を差し出された。「大型貫通爆弾命中成果」と題されている。ざっと見て、統合幕僚長はうなった。

「命中率が低いな……」

 大型貫通爆弾は、航空自衛隊のF2から投下される。事前の訓練ではもっと高い命中立だったはず。

「はい。レーザー誘導方式であるため、もっと命中率が高い想定でした。原因究明を科学特調班に依頼したところ、20分ほど前にレポートが届きました。それによると、ボルカルス本体及び振り撒かれた溶岩による超高熱で発生している水蒸気や火災による煙、さらには空気の揺らぎによってレーザーの直進性が低下しているとのことでした」

 ざわめく幕僚たちから声が上がる。

「では、画像誘導式しかないか……」

「空自の対地ミサイルを」

「いや、マーベリックでは弾体が小さすぎる。対艦ミサイルだな」

「無理だぞ」

 モロボシはそう断じた。静まり返る幕僚たちを見渡しながら。

「画像誘導式は、想定目標物の画像イメージをあらかじめインプットせにゃならん。しかも、スマホに画像をダウンロードするような、簡単な話じゃない。そんな時間が我々にあるのか?」

「で、では……」

「簡単だ」

 また断言して、モロボシは言葉に力を込めた。

「無誘導のロケット弾による近接射撃だ」

 その時、視界の端で、スクリーン上の映像に変化が起こった。慌てて振り向くと、ボルカルスが活動を再開したようだが、いったい何を始めたのだろう。咆哮を上げるかのように呷り立っているが、その禍々しい口は閉じられたまま。かわって、背中のあの副腕が直立し、ラッパ口が大きく展開を始めていた。

「何をやろうとしているんだ……」

 それは、モロボシたちの想像を超えた。



 そのころ、消防ヘリ「タック5」は霞ヶ関上空を飛行していた。地上に点在する溶岩の赤い光と、それによって燃え上がる建造物。それを眺めながら、しかし何もできない。消火剤は既に使い切っていた。

 一刻も早く帰投し、補給を受けなきゃ。操縦士のホクトは思いに反して巡航しかできない愛機をこれほど疎ましく思ったことはない。燃料も切れかけているのだから。

 その時、副操縦士が声を上げた。悲鳴に近い大声だ。

「溶岩が! 溶岩が動いてる!」

「なに言ってんだミナミ……マジかよ」

 確かに、点在していた溶岩が移動を始めている。先々の家や庭木、道路などを焼きながら。

「本部!! 本部!! こちらタック5!」

『こちら本部』

 ホクトは勢い込んでまくし立てた。

「溶岩が移動しています! 方角はおよそ北東方向!」

 本部から返ってきたのは、疑念のこもった怒声だった。

『馬鹿なことを言ってじゃないぞホクト!』

「本当です! 信じてください!」

『この非常時にふざけやがって! 謹慎もんだぞ!』

 怒鳴られながらもヘリを旋回させて、溶岩の移動する方向を特定しようとしたホクトは、愕然とした。はるかかなたに見える黒い何かが、赤く発光している。あの発光パターン、

「ボルカルス……?」

「ボルカルスが呼び寄せてるんだわ!」

 まるで流れに乗っているかのような溶岩と、、それに焼かれたものから発した煙が、いくつもの筋を地上に作っていた。

【ボルカルスのアクションカードの1つ、「溶岩流」は、任意のマスにある溶岩を3つまで移動させられるものです。第1形態から使用できますが、第4形態くらいになると強化されて、同じことをもう一度できるようになります。破壊ボーナスを狙うのに必要な能力です。】



「上野地区の市民の移動は進んでいますね。そのまま継続してください」

 内閣官房長官は消防総監に改めて指令を出すと、椅子に背を預けた。

【私が怪獣役で「溶岩流」を使い、市民コマが4つ集まっていた両国へ溶岩を流し込んで、「フゥハハハ、これだけの市民が死ねば、エンドマークだ!」と笑っていたら、その次の人間側カードがたまたま「状況の継続」⇒「市民の移動」で、両国の市民を全て安全なマスへ移動されてしまって負けましたよ。】

 目を閉じての休息は束の間だった。目の前の電話が鳴る。統合幕僚長からだった。

『もう間もなく、特殊冷凍弾が使用可能になります。部隊の移動を許可願います』

 許可を出したが、まだ何か用がある口ぶりだ。促すと、ややためらいながらもはっきりとした声が受話器越しに聞こえてきた。

『在日米軍幹部から内々に、特レ弾の薬剤を引き渡せ、こちらで撃ち込んでやると言ってきています。政治マターなので小官の判断に余る、しかるべきところに報告すると答えました。以上、ご報告であります』

「……分かりました。こちらで対処します」

 いったん切って、胃の辺りを押さえる。怪獣が富士山に出現して以来、胃が時々痛む。手が空いている者に水を持ってきてもらうと、胃薬を流し込んだ。

「ふぅ……さて」

 首相への専用回線につないでもらう。

 彼は運良く執務室にいた。状況を説明すると、朗らかな声が返ってくる。

『キラウェアに撃ち込む気かな? それともロスの山火事かな? ニュースは見てますか?』

 そんな暇はないことを大人の台詞で説明すると、在日米軍参戦の判断を問うた。

『ゴウさんに断らせますよ。日本海側で隣国の軽挙妄動を抑止してもらってるのに、これ以上負担はかけられないとかで』

 あの口下手な防衛大臣がうまくできるだろうか。疑問を残しつつ、電話を切ろうとすると、

『そういえば、特レ弾に関して、ドイツの首相から外交ルートを通じて要請が来ましたよ』

「……まさか、薬剤の生産をドイツ企業に委託しろとか?」

 比較的無難な予想をしたつもりだったが、答えははるか斜め上だった。

『野生動物への攻撃は到底許容できない。まして生きたまま冷凍するなどという不道徳かつ残虐極まりない発想は言語道断である。また、薬剤が地球環境への負荷を高めることが予想される。以上の理由から計画の即刻破棄を求める。だそうです』

「……相変わらずですな」

 環境保護主義政党が政権を取ってから、かの国はいつもそんなことを他国に対して表明し続けていることを思い出した。

「それで、どう返答されるおつもりですか?」

『ボルカルスを引き取りたいなら、早急にお願いしたい。そう答えました。そうそうサコさん、特レ弾による反攻作戦のコードネームを決めましたよ』

 胃が急に痛くなってきた。



 モロボシ統合幕僚長は、セリザワ研究総務官からの連絡を受けていた。特レ弾の薬剤が完成したらしい。企業に発注して、徹夜で作らせるそうだ。

『これで満足したか? 戦闘バカ』

 このバカ女。部下に聞かれてるというのに。案の定、部下たちは笑いをこらえるのに必死の形相だ。それを目で威圧して、

「ああ。よくやった。だが、まだだ」

 まだボルカルスを撃滅していない。そう告げると、盛大にため息をつかれた。

『まったく。貴重なサンプルなのに……あれを使った発電のアイデアが上がってきてるんだぞ』

「そのアイデアマンに言っとけ。お湯を沸かしてカップラーメンを食うくらいにとどめとけって」

 今、ふと思った。あれは、なぜ姿を現したのだろう。

 本能のおもむくままに暴れているようには見えない、あれ。

 おそらく知能を有している、怪獣。

 まるで東京を滅ぼしたいかのように念入りに巡っている、悪魔。

「――も順調だ。このままいけば、2日以内に実行可能だ」

「ああすまん、もう一度」

「モロボシ、お前、疲れてるんじゃないのか?」

「大丈夫だ」

「精密検査を受けたほうがいいぞ」

「あれを倒してから、ゆっくりとな」

 聞きようによっては色気があると形容できなくもないため息をついて、セリザワは口調を改めた。

「人口降雪作戦の研究も順調だと言ったんだ」

「ほう……それは朗報だ。可及的速やかさで頼む」

「簡単に言ってくれるな、いつもお前は……まあいい。いいか、終わったら医者に行けよ」

 電話を切って、表情を引き締め直した幕僚たちに訓示を垂れようとした瞬間に鳴り出すコール音。バカ女め。

「もしもし!」

「おお! 何か緊急事態でしたか?」

 しまった、内閣官房長官だった。

「いえ、特レ弾が完成したので、気負っておりました」

「そうですか。その反攻作戦のコードネームを首相から承りましたので」

 今度はなんだ? ダンディか? エロティックか?

「“クールダウン”だそうです。では、お伝えしましたので」

 電話を今度は丁重に切って、統合幕僚長は思わずつぶやいてしまった。

「いきなり普通になったな」

「セクシーで懲りたんですかね?」

 肩をすくめると、会議を進めるよう幕僚に指示したあと、モロボシは自然に目を閉じた自分に驚いた。確かに、疲れているのかもしれない。



 4日目の朝。消防総監のハヤタは不機嫌だった。自衛隊の反攻作戦“クールダウン”のため、消防隊の行動が制限されてしまったのだ。ボルカルスの現在位置から離れた地域の溶岩消火すら、思うようにいかない。

 その仏頂面を巡って、出席者の面々は三者三様の反応を見せた。

 チラチラとこちらを伺いつつも、フォローをする気はない内閣官房長官。秘書との内緒話をするため再々席を外すのが、今日は格別に腹立たしい。

 傲岸な表情でこちらを完全に無視しているのが統合幕僚長。背後に控える幕僚たちのほうがまだ可愛げがある。

 そしておそらく、怪災対の人間関係など気にとめてもいない研究総務官。どちらかというと彼女は統合幕僚長の味方だろうが、カタカタとノートPCのキーボードを叩く音が実に苛立たしい。

 まったくもって腹立たしい。普段東京都民の安全と安心を守っているのは消防士なんだ。それはハヤタの信念だった。

 だから、戦う。消防総監は勢いよく挙手をした。

「消防隊が1隊、改造を終えました。即時投入を許可願います。次に、それを東京北部へ移動させ、消火活動を行いたく思います。これも許可を願います」

【これを許可すると、ゲーム的には 動員、消防隊の移動、消火活動 とアクションカードを3枚、つまり人間側行動の半分を消費することになります。この局面で他のプレイヤーがどう判断するかもこのゲームの醍醐味です。】

 統合幕僚長が挙手をして、ゆっくりと話し始めた。

「クールダウンが優先事項。これは、本部長からの下達のはずですな」

「永田町の政治屋などどうでもいい!」

 波立つ一同を尻目に、消防総監はぶちまけた。

「現場で活動しているのは、政治屋じゃない! 消防士だ! 溶岩や火災に対処しているのは、消防士だ! 市民の財産が燃えているんだぞ! それを、それを、なにがクールダウンだ! 自衛隊の花火遊びに付き合う気はない!」

 統合幕僚長は一言何かをつぶやくと、ゆらりと立ち上がった。その挙動とは裏腹に、顔には闘志が燃えている。

「貴官がご執心の溶岩や火災の原因は、あの怪獣だ。撃滅しない限り、被害が増え続けるんだ。それを花火遊びだと言うのなら、あえて言ってやる。貴官の仕事は――」

 そこまで言って、統合幕僚長の背が急激に縮んだ。いや、席に座らされたのだ。音も無く歩み寄った研究総務官が制服の襟を掴んで思い切り引っ張ったために。

 統合幕僚長の怒気が不届き者に向かって発せられる前に、内閣官房長官のねっとりとした声がその場を救った。

「政治屋、消防士、自衛官、それぞれの持ち場というものがあります。でも、その持ち場に引きこもってよそに口を出さないというわけにはいかないんです。怪獣災害対策というこの場で、そんなわけには。ご理解いただけませんか? 総監」

「できませんな」

 もうたくさんだ。やっぱり俺はこんな突っ張りあいの場にはいられない。彼は辞表を懐から取り出した。部下に失態が遭ったら責任を取るつもりで用意しておいたこれが、こんな場面で……

「辞めさせていただきます」

 息を呑み、目を見張って言葉も無い一同の中で、内閣官房長官だけは笑っていた。目の前に置かれた辞表を懐にしまいながら、

「承りました。これは私が預かって、総務大臣にお渡ししておきますよ」

 握りつぶす気だ。ハヤタは歯軋りした。なぜなら、総務大臣は現在、所在不明だからだ。ボルカルスの被害に遭って死亡説まで流れている。

 その時、オペレーターの声が発せられた。彼女もまた、疲れか、あるいは慣れによって平板な声色になっている。

「ボルカルス、行動を開始しました」

 内閣官房長官は、ゆっくりと一座を見回した。

「では、統合幕僚長さん。手はずどおりに。消防さんは、現在地での消火活動に鋭意努力してください。市民の避難誘導もよろしく」



4.Operation COOL DOWN



 統合幕僚長がヘリから降り立つと、75式130mm自走多連装ロケット弾発射機の前に整列していた自衛官が一斉に敬礼した。どの顔も、緊張でこわばっている。

 無理もない。ロケット弾を確実に命中させるために、あの怪獣に近接しろというのだ。しかも、多連装ロケットシステム(MLRS)では万が一ボルカルスに反撃を受けた時、損害が大きいとの判断から、攻撃力という点ではMLRSに劣る75式の出番となった。無理に無理を重ねさせているのだ。

 その無理を命じた俺が、こうしてアリバイ作りのために、督励と称して現地に来ている。

 統合幕僚長は、臨時編成の部隊を率いる指揮官の前に立った。

「すまんな、ヒガシ。貴様しか、この任務を負かせられる士官がいなかった」

 彼は自衛官として有能だったが、組織人としてはそうではなかった。ゆえに、本来なら教導師団も任せられるほどの男が、閑職に追いやられていた。そんな彼に目をかけ続けていたのが、モロボシだった。

 ヒガシ一等陸尉は笑った。いい笑顔だった。

「分かっております。ポストボルカルスのために必要な人材を、ここで奴にすり潰させるわけにはいかない。だから――」

 そういいながら、急ごしらえの部隊、その構成員を見回す。

「こんな愚連隊が出来上がったわけでしょう?」

 言い繕おうとして、やめた。代わりに笑い、隊員たちの前に立った。短い訓辞を行う。

「諸君。いよいよ決戦の時が来た。

 やるべきことは、一つだけだ。

 諸君の親を、子を、兄弟を。

 妻を、恋人を、友人を。

 この国の島々に生きとし生けるもの、その全てを護るために戦え。


 諸君の奮闘に期待する」

 作戦名「クールダウン」の幕が上がった。



 そのころセリザワは、ボルカルスがいるところへ車を走らせていた。特殊冷凍弾の効果を実見するためだ。

 危険すぎると部下に止められた。だから、自衛隊のジープを借りて彼女1人で向かっている。ドローンによる映像などでは我慢できないのだ。

 浅草は無人の街と化していた。まだくすぶって、煙が立ち上っている建物もある。かつては外国人観光客の定番観光地だった場所に、彼女の駆るジープのエンジン音が響き渡る。ガタガタな道に突き上げられて助手席で跳ねるハンディカメラを気遣いながらそこを抜けると、徐々に怪獣の黒々とした姿が見えてきた。

 口の中はオレンジ色。子供の塗り絵のようだが、中身は超高熱の溶岩だ。それが――撃ってきた!

 総毛立ちながらも冷静に迂回路を見極める。ボルカルスの火炎弾は、さほど速度があるわけじゃない。余裕を持って右折し、熱くたぎる塊をかわしてアクセルを踏んだ。詰めていた息を、大きく吐く。

 もう少し、車を使いたい。彼女は瓦礫の上を歩く訓練を受けていないのだから。



「よし! 全車、前へ!」

 ハッチから半身を出したヒガシ隊長が号令とともに右腕を大きく前へ振る。75式6両のディーゼルエンジンが唸りを上げた。

 15分ほど走らせたら、無線が鳴った。怪獣の観測任務についているスカウトヘリからだった。

『ザット1、ザット1、こちらスカイホエール2。灼熱地獄へようこそ』

「こちらザット1、まったくうれしくない」

 灼熱地獄とはまさに言いえて妙だ。既にエアコンはフル稼働しているにもかかわらず、車内はかなり暑い。ハッチをフルオープンにしても熱風しか入ってこず、装甲など触りたくもない。“鉄の棺桶”に乗っていると実感させられる、ここまでのドライブだった。

『ザット1、ボルカルスは東へ歩き始めている。情報を送る』

 ヒガシの眼前のモニターに、簡素ながらデジタルマップと目標が表示された。全車に無線で指示を出す。

「スカイホエール2、あと20分ほどで目標地点に到達する。引き続き観測よろしく」

「ザット1、了解。あちらさんは当方に興味なし。相変わらずむかつく。Over」

 そのまま黙って揺れるドライブを耐えるつもりだったが、また無線が鳴った。

『ザット1、ザット1、こちらザット6。質問があります』

「ザット6、許可する」

 ザット6の車長は、いきなり砕けた口調でしゃべり始めた。

『俺らの上でおっ立ってるこいつのことですがね、視認射撃で命中させる試験とかしたんですかね?』

 事前に受けたブリーフィングを思い出しながら、ヒガシはゆっくりと答えた。

「ザット6、4回行われたと記憶している」

『ザット1、了解。ペットボトルロケット並みということですね』

 そのとおりだよ。しかもあれと違って、目標に命中させなきゃならんのだ。

「あまり雑談をするな。幕僚長も聞いてるんだぞ」

 各車両から返ってくる了解の声に、ようやく落ち着きが感じられるようになった。武器を手にして、心の準備ができたようだ。

 そうこうしているうちに、目標――ボルカルスが近づいてきた。溶岩を垂らしながら東に向かって進んでいる。急がなければ。

 全車に全速前進を指示して、ジリジリする心を抑えていると、ボルカルスの動きが止まるのが見えた。辺りを見回している。

 チャンスだ。あれは、荒川の手前で停止しているのだ。

 科学特調班からの報告で、ボルカルスは50メートル以上の幅のある川や水路をそのまま渡れないことが判明している。流水に体を、たとえ一部でも浸すのを嫌がっているようなのだ。川の水ごときで、奴の体を形成する溶岩が冷えて固まるとは思えないが、本能的なものなのだろうと結論付けられていた。

 そんな時、奴の取る行動は3つ。幅の狭い所を探して渡るか、溶岩を落として川を塞き止めて渡るか、方向転換するか。

 いずれにせよ、方策を決めるまで奴の動きは止まる。そこに攻撃のチャンスが生まれる。

 射撃試験によるロケット弾の必中射程は400メートル。幸い川っぺりで、射線を遮るものはない。

 彼我の距離700メートルほどで前者を一旦停止させて、ヒガシはモニターのマップを一瞥。即座に指揮下の5両の配置場所を決めた。火線が交差するように部署し、指示を飛ばす。配置完了をまたジリジリして待っていると、ボルカルスに動きがあった。方向転換をすることにしたようだ。ゆっくりと、こちらを向いて……

「発見されたな。全車、射撃準備完了後、各個に射撃してよし」

 2日前に大型貫通爆弾を食らって以来、ボルカルスは自衛隊の車両を敵と認識したようだった。他の部隊が何度か攻撃を受けて、死傷者も出ている。

 ヒガシは運転手に命じて、こちらに向き直ったボルカルスの真正面に占位させた。

「スカイホエール2、こちらザット1。射撃がもうすぐ開始される。注意されたし」

 了解という返答と、ボルカルスの開いた口の中が激しく発光し始めるのと、どちらが早かっただろうか。

「スラロームで後退! 引き付けるぞ!」

 返事より早くギヤをバックに入れ、猛スピードで後退し始める車両。その前20メートルほどに、火炎弾が着弾した! 熱い熱い風をもろに浴びて、息が詰まる。

「馬鹿野郎! 引き付けるって言ってるだろう!」

 運転手に怒鳴った時、ふと、眼が合ったのだ。

 ボルカルスと。意思の疎通などできないはずの怪獣と。その眼が表す表情は、

「……遊びだと?」

 呆然として、各車両の射撃準備完了報告を思わず聞き逃すところだった。

 そして、スカウトヘリから最悪の報告が来た。

『堤防の上に人影がある』というのだ。この非常時に、いったい誰が……仕方ない。

「全車、射撃待て!」

 その時、彼方から電波が飛んできた。ノイズとスラロームの騒音で聞き取りにくいが、統合幕僚長の声だ。映像を送れと言っている。パイロットの声が了解と叫んでしばらく、体を左右に揺さぶられながら対策を思案し続けていると、統合幕僚長の声が耳に届いた。

『ザット1、応答せよ。ザット1、応答せよ』

「こちらザット1。ご指示を」

『何をしている。早く撃て』

 ?!

『あれは研究総務官だ。いや、研究バカだ。避難民じゃない。撃て』

「……了解! 全車、射撃開始! 全車、射撃開始!」

 火炎弾が至近に着弾し、ハッチから半身を出していたヒガシの体が炙られる。永遠とも思える数秒後、ボルカルスの左右から発射火炎の光と轟音が巻き起こった。それは不協和音かつ不規則なリズムながら奏でられ続け、半数近くは外れたものの、残りのロケット弾がボルカルスの体の各所に着弾していく。と同時に、その部分に黒い花が咲いた。溶岩の体に突入して3秒後、弾体が溶けると同時に瞬間冷却する特製消火剤によって凝固した溶岩だった。

 ボルカルスが絶叫した。未だかつて聞いたことのない叫び声を上げ、もがき苦しんでいる。そのもがきに連動して、背中の副腕も揺れ、溶岩が飛び散る。

『くそっ! 左の履帯が!』

『こちらザット4! 車長が負傷しました!』

『こちらザット3! 全部ぶっ放しました! 後退します!』

 怪獣がこちらを攻撃する余裕がなくなったことを悟り、待機を命じたヒガシの耳に、各車両の怒号と悲鳴が聞こえる。だが、ボルカルスには確実に効いているようだ。

 そして怪獣は意表を突く行動に出た。河川敷を掘り始めたのだ。

「逃げる気か! 射手! 射撃用意!」

 他の車両は撃ち尽くしたのか、もう光と轟音は聞こえてこない。俺たちがやるしかない!

「隊長! 準備完了!」

「撃て!」

 こちらも絶叫して2秒後、ロケット弾が今度はヒガシたちの頭上で光と轟音の行進曲を奏でた。といっても、アニメのように一斉射はできない。1発ずつ、間隔を保って順番に発射されていくのだ。それが実にもどかしい。

 ボルカルスの体に吸い込まれていくロケット弾たち。それらが全弾命中してもなおもがいていた怪獣は、右手を地面に突き立てたまま、ついに動きが止まった。

「やった……のか?」

「隊長、フラグを立てるのはやめてください」

 射手にたしなめられて、ヒガシは笑いが止まらなくなった。

 黒々としたモニュメントを見つめて、男たちはいつまでも笑い続けた。



 統合幕僚長は駐屯地で研究総務官を迎えた。帰投する車両の1つに拾われてきたのだ。

 怒るべきか。謝るべきか。モロボシが迷っているうちに、向こうが先んじた。

「見て見てこれ! いい映像が撮れたのよ!」

 こいつは……

「お前なぁ……いったいいくつ命があれば気が済むんだ?」

「なによそれ。1つしかないって」

 セリザワの手の中で、ボルカルスがもだえ、苦しみ、穴を掘り始め、そして、止まった。

「危なかったわ」

「当たり前だ! ロケット弾だぞ!」

 思わず怒鳴ったら、不思議そうな顔をされた。

「なに言ってるの? ボルカルスよ。あのまま潜られてマグマまで達していたら……」

「……そうか、溶岩の体を取り戻せたのか」

「あるいは、ね」

 肩をすくめる研究総務官を置いて、統合幕僚長は攻撃隊をねぎらうために踵を返した。その時頬をかすめた温かい風が、なぜかあの怪獣の名残のように思われた。


                                     終

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