先見と犠牲(2)

河崎かわさきせんぱーい!今日もおねがいしまーす♪」


鈴音りんねが男子生徒に近づきながら、親し気に話しかける。

すると座っていた男子生徒がゆっくり立ち上がる。

見たところ普通の男子生徒――


「やあ天女あまめクンに御縞みしまクン、今日も良いオカルト日和だねぇ。

 どう?一緒にコックリさんでもやらないかい?」


前言撤回。

かなりアレな男子生徒だ。


「おや?今日は新しい生贄がいるねぇ?」


名も知らぬ電波生徒にイキナリ生贄にされる勇武。

なんなんだこの人、とか思っていると急に真面目な顔になる電波生徒。


「とまあ、冗談はこれくらいにして。初めまして春木勇武クン、僕が『お助け部』部長にして幽霊部長の河崎千歳ちとせだよ。よろしく」


軽く頭を下げる千歳。


「あ、こちらこそ――」


つられ頭を下げる。

その時、何か既視感を感じる。

そうそれはつくしと初めて出会った時の様な――すぐに頭を上げて千歳を見る。


「えっと……なんで――」


「春木クンの名前を知ってるか。

 それは僕が『占言師せんげんし』だからさ」


勇武が聞こうとした事を知ってるかのように答える千歳。


「せんげん……し?」


聞きなれない言葉に首を傾げる。


「そう『占言師』。それは崇高にして高潔な――」


「いや勇武の名前は前に聞いてたでしょうが。

 あと『占言』って言ってるけど実際は占い――」


「御縞クン」


哉芽かなめの言葉を遮り名を呼ぶ千歳。

見れば哉芽のすぐ後ろに千歳が立っていてじっと哉芽を見つめている。


「『占言』、ですよね?」


口調は穏やかで微笑みを浮かべているが――

千歳の背後にドス黒い影がちらほら見え隠れしている。


「――ハ、ハイ『占言』デス。決シテ占イデハアリマセン」


がたがた震えながら訂正する哉芽。

それを聞いて頷く千歳。

同時に背後に見えたドス黒い影も消えていく。

今後その言葉は言わないようにしよう、そう心で固く誓った勇武。


「うん、分かればよろしい。

 さて天女クン、今回の『占言』ですよね。

 この紙に書いてありますので目を通してください」


千歳はポケットから四つ折にされた紙を取り出し、鈴音に渡す。


「――どうやら本格的に来るようです」


真剣な表情で紙に書かれている文字に目を通す鈴音に言う千歳。


「……そのようですね。それも数日中にかぁ。

 ありがとうございます河崎先輩」


一礼をする鈴音。


「いえいえ、僕も一応『騎士』ですしね。

 部長でもあるし何かしら協力しないといけません。

 じゃないと先輩『騎士』達にも叱られてしまいます」


くすりと笑う千歳。


「あの、その紙って――」


「ん?これ?

 これは河崎先輩が『占言』で視た未来――『魔神』達の出現予知を記した物よ。

 今の所、百発百中で的中しているから信頼性は相当よ」


出現予知――。

昨日までの飛助や『お助け部』がゆったりまったりしている理由が分かった。

つまりこの『占言』による出現予知のお陰と言う事、と納得する勇武。


「ああそうだ」


思い出したように勇武に向き直る千歳。


「『占言』未体験なビギナーな春木クン。

 そんな君から始めようか」


「え、始めるって何を――」


戸惑う勇武をとにかくその場に座らせる千歳。


「――始めるよ」


千歳がそう言うと辺りの空気がひんやり冷たくなっていく。

そよ風に揺られる葉擦れの音、階下の喧騒も聞こえなくなったかのよう――

千歳は右手を前に差し出し、ゆっくりと拳を開く。


そこには――『聖水晶クリスタル』。


「現れよ、幻晶げんしょう『ファントムフェアリー』――」


千歳の言葉と共に手の平にあった『聖水晶』が淡く輝き、

次の瞬間には眩まばゆい光が放たれ、千歳の手の平には金銀の装飾が施された透明な水晶があった。


「それが……河崎先輩の『聖水晶』」


『本当に『騎士』だったんだ』という言葉が出かけたがなんとか堪える。


「僕の『聖水晶』は戦闘向きじゃないからね。

 だから今までずっと『占言』とかで後方支援に徹してたんだ。

 さて春木クン、君は何を視て欲しいかな?」


勇武の目の前に腰を下ろしながら聞いてくる。

顎に手を当てながら考える勇武。


「えーと……」


「そう難しく考えなくてもいいんだよ。

 恋愛でもテストの問題でも自分の守護霊でも、己が知りたいことを口に出せばいいだけさ」


いやテストの問題はまずいだろうし、守護霊がどんなのか別に知りたくない。

それであれば。


「――これから僕はどうなるか」


自然に出た言葉がこれであった。


「わかった。春木勇武のこれからを映し出せ『ファントムフェアリー』――」


千歳の言葉に反応し、水晶が虹色に輝きだす。

それをじっと見つめる千歳。

しばらくして独り言の様に語り掛けてくる。


「――春木クンの周りには数え切れないほどの光の粒が漂っている。

 それと春木クンの歩く道、その先には巨大な闇から生まれた黒白こくびゃくの七十三の光が立ちはだかる。

 それらは春木クンの周りの光達を蝕んで、やがて春木クン自身も蝕んでいく。

 七十三の光を打ち払うには十五の大きな光を探し――赤、青、黄、緑の四種の光を一つに。

 さすれば未来へと至る道が見える――こんな感じだね」


水晶から目を離し顔を上げる千歳。


「……つまりどういう事なんですか?」


「黒白の光、恐らく『魔神』の事かな。

 春木クンの周りの光は……友人?いや仲間?

 蝕んでいくのは、傷つける、害すると言ったところか」


冷静に先程の『占言』を分析していく。

そこに横から哉芽が、


「でもその、こ、黒白?の光ってのは七十三なんだよな?

 それってきっと『魔神』の事なんだろうけど――勇武がエリゴルってのと遭遇した時、自分で『魔神七十二柱』て言ったんだろ?」


哉芽の言葉に勇武は頷く。


「ならなんで数字が一つ増えてるんだ?」


「――その『魔神』に指示を与えている者が居る、とは考えられないかな?

 ソイツを足して七十三、とかね」


『魔神』に指示を与えている者。

そこで勇武はある言葉を思い出した。

『上』。

オリアスが言っていたその単語。

恐らくそれが指示を与えている者を指しているのだろう。


「でもそれもまとめて倒しちゃえばいい話よね。

 それよりも私は十五の光とかが気になるんだけど」


『七十三』はどうでもいい、そんな感じで無理矢理次の話に移る鈴音。


「さっきの話も気になりますけど……。

 えっと十五の光と四種の光、でしたっけ?」


「十五の光――春木クンの周りの光が仲間とするなら……。

 15人の『騎士』を集めるって事かな?」


「今いるのは……7人だからあと8人じゃない!

 早速他の所か――」


「多分そう単純な事じゃないと思うよ」


意気揚々にどこかに連絡しようとする鈴音を千歳が言葉で遮る。


「何かしら特殊な15人の『騎士』、

 かなりユニークな能力を持った『騎士』達とかじゃないかな?

 例え――」


勇武を見やる千歳。


「なるほど、あの超回復は他じゃ聞かないな。

 となると……15人のうちの一人が勇武ってことになる、のか?」


 それと四種の光、他の光と違ってこちらは色がついている。

 その15人よりもさらに変わった能力を持っている『騎士』って事だろうね」


超回復と同じかそれ以上に変わった能力。

プラナリアみたいな能力とか、と想像する。

凄く気持ち悪い。

他の3人も同じような想像をしてたのか皆一様に顔を顰めていた。

しかしすぐに、


「それじゃ次は誰を視ようか?」


切り替わる千歳。


「じゃあ私からお願いします。……文句無いわよね?」


「……はい」


鈴音に睨まれ萎縮し承諾するしかない哉芽。


「それで天女クンは何を視てもらいたい?」


「そうですねー今日は恋愛かなー」


「おや天女クンが恋愛とは意外ですねぇ。

 誰か意中の人でも現れたのかい?」


意外そうな顔をしたかと思うとすぐに笑顔になる千歳。


「……何気に失礼ですよ先輩。

 私だって女子ですよ、気になる人位いますし」


少し頬を膨らましながら言う鈴音。


「ふふ、ごめんごめん。

 それじゃあその人との相性も視てあげようかい?」


「……是非ともお願いします」


鈴音の想い人とは一体どんな人なんだろうか?と興味はある勇武と哉芽。

だが鈴音は教えてくれはしないだろうなとも思う二人。


「天女鈴音の恋愛と意中の人の相性を映し出せ『ファントムフェアリー』――」


先ほどと同じで虹色に輝く水晶。

そしてすぐに聖水晶から目を放す。


「ど、どうでしたか!?」


期待と興奮を抑えきれずに千歳に迫るように聞いてくる鈴音。

だが千歳の答えは、


「うーん……なんていうか相性は良いけど……」


「良い『けど』?」


「……かなりの確立で『桜散ル』と」


苦笑しながら視た結果を鈴音に伝える千歳。

それを聞いてガックリ肩を落とす鈴音。


「あと、言いにくいんだけど……。

 数年間、どの恋も同じ結果になるとも」


言いにくい事をさらっと告げる千歳。

止めを食らった鈴音は近くの木の根元で座り込んで項垂れていた。

千歳は哉芽に向き直り、


「さて最後は御縞クンだよね?

 視てもらいたい事柄は決まってるかい?」


あっさりと鈴音を放置。

ある意味凄い。


「うーん……勇武と同じでこれからを視てください」


「了解。御縞哉芽の未来を映し出せ『ファントムフェアリー』――」


千歳の水晶が三度目の輝きを放つ。

次はどんな結果が出るのであろうか?

勇武がそう考えていると千歳が顔を上げる。


「――御縞クン、君は近い将来二つの道の選択を迫られるだろう」


神妙な面持ちで結果を告げていく。


「二つの、道?」


「そう、どちらも何かを捨てなければその先へと進めない道。

 一つの道の先は絶望満ちた闇の道。

 一つの道の先は希望満ちた光の道。

 心して選べ、捨てるモノを――こんな感じだね」


シンプルであるものの、結構重い内容。

何かを捨てなければ進めない道。


「心して選べ、か。

 まあそん時にならなきゃ何を捨てるか分からないしな」


はははと笑う哉芽。

一方千歳は顎に手を当て考え事をしているようだった。

勇武の視線に気づいたのかすぐに考え事を止める。


「御縞クンの言う通りでどうなるかはその時にならないと分からないけどね。

 さて今日はここまでだ。もう昼休みも終わりそうだし」


腕時計を見ながら『聖水晶』をしまう千歳。

勇武も時計を見てみると確かにもうすぐ予鈴が鳴る時間だ。


「それじゃ教室に戻りましょう。

 河崎先輩もお仕事、頑張ってくださいね」


「うんそれじゃまた――」


千歳に一礼してから屋上をあとにする三人。

階段を下りながら勇武はふと思った。


「部長さん」


「ん?何?」


「あの、なんで河崎先輩は屋上に残ってるんですか?」


そう、屋上から出てきたのはこの場にいる三人だけ。

千歳はまだ屋上に残ったまま。


「先輩は学校にいるときはほとんど屋上に居るのよ」


「授業とか出なくていいんですか?」


「問題ないさ。

 あの人全ての授業は免除、その上常に全科目トップの成績、

 さらには海外の大学への留学が決まっているんだ」


とんでもない人間もいるものだと驚く勇武。

まだ四月だというのに留学が決まっているとは。

それと授業免除――ここに来る意味があるのか?と。


「それと『お仕事』って……」


「うらな……じゃなくて『占言』を街角で開いてるのよ。

 口コミで広まったけど今じゃかなりの人が常連になってるらしいわ。

 さらに政界の偉い人とか有名芸能人が来てるとか」


ますますとんでもない人。

他にも疑問はあるのだが口に出す前に予鈴に阻まれてしまった。

仕方ないのでその疑問は別の機会にして勇武達は教室まで走っていった。







三人が立ち去った屋上。

そこに居るのはもちろん河崎千歳――。


「君は授業に出なくていいのかい?魚追うおおいクン。」


木に背を預けながら言う。


「はい、少々仮病を使いましたので」


千歳のいる木の後ろからつくしが姿を現した。

つくしの言葉に、はははと笑う千歳。


「いやはや、人のえにしとは面白いものだね。

 彼を中心に止まっていた光達が動き出したよ」


そよ風が木々の枝と葉を揺らす。


「ところで春木クンの『占言』の解釈。

 合っていたかい?」


「……何のことでしょうか?」


千歳の横を通りゆっくり歩きだすつくし。


「キミは知っているんだろう?

 十五の光の正体を」


その言葉に足を止める。


「――ええ、確かに知っています。

 しかし――」


「今の僕達には教えられない、か」


静かに頷くつくし。

それを見て軽く肩をすくめる千歳。


「それじゃ話題を変えよう。

 僕の親戚にも『騎士』の子が居てね。

 来年聖宮せいきゅう高校に入ってくる予定なんだ」


唐突な話題変え。

それでもつくしは振り返らない。


「そうなんですか――」


「でねその子がなんていうか。

 『騎士』に目覚めてから変わったんだよね。

 なんていうか人生を達観してるというか」


そこで一呼吸間を空け、次の言葉を放つ。


「――まるで魚追クンみたいにね」


その言葉の意味。

つくしは理解し、千歳の方へ振り向く。


「……なるほど。

 その様子だと親戚の子も十五の光の一つ、かな?」


微笑む千歳。

だがつくしは我に返り、先程の歩調で屋上の出入り口へ向かう。


「……河崎さんの親戚の子はなんて仰ってましたか?」


「いやなにも。

 ここに来て自分の口で話すって言ってたよ」


「そう、ですか」


そう言ってつくしは屋上を後にした。

それを見送り歳は空を仰ぐ。


「ほんと、面白いね。

 人の縁てのは」


雲の流れを眺め一言。


「――例えそれが別離わかれであろうともね」


千歳の呟きと共にまたそよ風が吹く。

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