覚醒と胎動と覚悟

炎の壁の外。

『お助け部』の面々は勇武の周りに集まっていた。


「ごめんなさい春木君、囮にしてしまって」


頭を下げる鈴音。

部室で見た時とは別人かと思うぐらいのしおらしさである。


「でも最初から僕が危なくなったら助けに入るつもりだったんでしょう?

 ――それだけで十分です」


はは、と笑う勇武。


「それにこうして『魔神』も倒せ――」


炎の壁に視線を向けた勇武の言葉が途切れる。

赤く燃え盛る炎の中。

一つの影が揺らめく。


「オリアスの木偶人形を一掃とはな」


ぶわっと強い風が吹いたかと思うと炎の壁は一瞬に消え去った。

残ったのは――傷一つ焦げた跡すら見受けられないエリゴルだけである。


「だが、我を倒すほどではないな」


6人を見据え剣を構える。

だがオリアスを倒したのだからコイツも倒せる。

皆がそう思い戦闘態勢をとる。


「――一つ言っておく。

 貴様らが倒したオリアスは本体ではない。

 オリアスの意識を反映できる木偶人形でしかない」


「あれが……只の人形、だと?」


皆愕然とした。

倒した『魔神』が本物では無い。


「――だったら!」


刀を構えエリゴルに向かい駆けだす飛助。

ほぼ同時に哉芽も槍を構え駆けだしていた。


「お前だけでも倒す!!」


槍と刀の突きが繰り出される。


「その程度で――我を倒せるのか?」


何もない空間を槍と刀が交差する。

瞬間飛び出した二人の背筋が凍りつく。

背後に移動した圧倒的存在感。


「これで――楽にしてやろう」


振り下ろされるエリゴルの剣。

だが――


「させない!」


ガギン!


「――!」


勇武の剣に阻まれる。

数秒の鍔迫り合い後、互いの剣が弾かれエリゴルは距離をとる。


「やはり……この少年」


眼前の剣を構える少年を見据えるエリゴル。

そして周囲を見回す。

勇武と『お助け部』五人がエリゴルを囲む。


「この状況でも――まだやる気かしら?」


そう言いながら弓に矢を番える鈴音。

哉芽と飛助も体勢を整え武器を構える。


「この状況、覆すのは容易いであろうが……」


エリゴルがつくしを見やる。


「そこの娘がまだ何かを隠している様では、迂闊に手は出せぬな。

 それに――」


次に勇武を見やる。


「邪魔が入らなければ危害を加えず話だけで済ますつもりであった。

 ――今更信じてはもらえぬだろうがな」


手に持っていた剣をどこかに消し去ると腕を一振り。

ごぅと突風が吹き、皆が瞬きしている間にエリゴルはこの場から忽然と消えていた。

遠くから車のクラクションが聞こえてくる。

公園も戦いの痕跡など微塵も感じられないほど綺麗であった。


「……はぁ~~~~~」


鈴音がその場にへたり込みながら息を吐く。


「強すぎるだろ、アイツ……」


ニット帽を被りなおしながら呟く哉芽。


「その上、オリアスという『魔神』は健在か……」


鵬次はそう言いながら鈴音に手を貸す。

深い沈黙がこの場を支配する。


誰ともなく公園を出ようと歩き出す。

勇武もその後を追う。

その中ゆっくりと勇武に歩み寄るつくし。



「――今ならまだ戻れますよ?」



他の4人には聞こえないように小声で話しかけてくる。


「私の力で春木君の『騎士』としての力を封印して、『魔神』達に察知されることもなくいつも通りの平穏な日常を過ごせます」


平穏な日常。


「『魔神』に怯える事も無く、痛みを記憶に刻み込む事も無く。

 友人たちと笑いあえる平穏な――」


「僕は『騎士』この力があって良かったと思う」


つくしの言葉を遮り話す勇武。


「……え?」


「さっきだってこれが無ければ哉芽と風磨先輩を助けられなかった訳だし」


『聖水晶』を見つめる。


守る。


そんな衝動が体を突き動かし、勇武はエリゴルの前に立ちはだかった。

ただその行為に懐かしさを覚える。

何かから誰かを守る、同じ事をどこかでしたような。


「……あれ?昔どこかで……?」


「どうかしましたか?」


顔を覗き込むつくしの一言で我に返る。


「あー……いや、なんでもない。――まあそのともかく」


顔をつくしに向ける。


「僕にも戦える力やみんなを守れる力があるのなら助けになるかなって。

 そう思うから僕はこの部の、『お助け部』の一員になりたい」


勇武の決意。

その決意につくしは一瞬悲しみの表情を浮かべるがすぐに優しい微笑みに戻る。


「――わかりました、歓迎します春木さん。これからもよろしくお願いしますね」


差し出される右手。

それに応え勇武も右手を差し出し握手する。


「ほらほら二人とも~さっさと帰るわよ~!」


公園の出入り口で手を振り呼ぶ鈴音。


「さあ行きましょう、春木さん」


握手そのまま勇武の手を引き出入り口に向かうつくし。

その表情はとても嬉しそうである。

――そして昔もこんなことがあったようなと既視感。


(……なんだろう一体)


手を引かれながらそう心の中で呟く勇武。





こうして勇武は『騎士』として『お助け部』の一員として歩みだす。


既視感の正体。


昔の記憶。


それらもいずれ明らかになると信じ――。


「あー!勇武てめぇまたつくしちゃんと手を!!!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



月明かりの差し込む窓際。

その近くの瓦礫に腰掛けるエリゴル。


「エリゴルよぉ……なんでアイツラを今すぐぶっ殺さねぇんだぁ!?」


「……」


闇に覆われた廃墟に響く声。声の主はオリアス。

何も応えないエリゴルにオリアスは舌打ちをする。


「ダンマリかよ……まあいい。

 これから俺らは好き勝手にやらせてもらうぜぇ、いいな?」


オリアスの言葉と同時に闇に浮かび上がる幾つもの影。

どれもが異形の姿をしている。

――エリゴルやオリアスと同じく『魔神七十二柱』。

エリゴルはそれらの影を一瞥いちべつし――。


「――好きにしろ」


オリアスはその言葉を聞いてひひと笑い、異形の影達は闇へと溶けていった。

数秒の静寂の後、騒がしい声が聞こえてくる。


「アニキー!エリゴルのアニキー!」


その声の主がエリゴルへ向かって飛んでくる。

二対の翼を持つ小鳥。

一対の翼でぱたぱたと飛び、もう一対の翼で小さな槍を器用に持っていた。


「カイムか――」


カイムと呼ばれた小鳥は定位置の様に、よっ、とエリゴルの肩に止まる。


「いいんすか?オリアス達に好き勝手やらせちゃって」


「ああ、オリアスたちがどうこう出来る相手ではないと思うがな。

 ――カイム、一つ頼みがある」


「なんすか?」


首を傾げるカイム。


「オリアス達と『騎士』達の戦いの情報を我に逐一届けてくれ。

 ――特に『春木勇武』なる『騎士』の情報をな」


「お安い御用っす♪

 でもその春木って言う『騎士』ってなんか重要なんすか?」


「我の勘だがあの少年――」


ゆっくりと立ち上がり近くの窓際に立つ。

月は明るく輝きエリゴル達を照らす。


「いや――まだ想像の域を出ていない事だ。それでは頼むぞカイム」


「了解っす♪」


敬礼をして飛び立つカイム。

そしてそれを見送るエリゴル。


「……『騎士』か」


誰にでもなく呟く。

それを自嘲するかのようにフッ…と笑う。

それが何を意味するのか分からない。

それは――エリゴルのみぞ知ることだから。

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