覚醒と胎動(5)
「今日の話はこのくらいかしらね」
壁にかかっている時計を見て鈴音が言う。
時計は7時を越えた辺りを指していた。
まだまだ聞きたい事はたくさんあるのだが、と思いを読み取られたのか。
「明日もここに来てもらえれば春木さんの疑問も答えますので」
隣にいたつくしが優しい微笑みで話す。
周りの鈴音達も頷く。
ふと視線が下に向く。
「そういえば――制服……」
勇武は自分の格好を思い出す。
上着には大きな穴に赤黒い染み。
ズボンにもその赤黒い染みが付着している。
このまま歩いたら十中八九お巡りさんが呼び止めるレベルだ。
「これ、どうしましょう?」
「問題ないわよ。
ちょっとこっち来て」
内心焦っている勇武を鈴音は隣の部屋に来るよう促す。
隣の部屋もやはり古めかしい部屋だが、綺麗に整っている。
段ボール箱が多めだが。
「春木君、服のサイズどのくらい?」
「えっと……M、いや大きめに作ったからLぐらいかと」
それを聞いて鈴音は一つの段ボール箱を漁り、何かを取り出す。
「はい、制服一式とワイシャツ。
多分サイズも大丈夫なはずよ」
新品の制服とワイシャツ。
それを渡される勇武。
「……え?なんで制服とかがあるんですか?」
「あー……そういえば『悪魔』の話もしてなかったっけ。
簡単に言えば『魔神』の手下に『悪魔』ってのがいて、
そいつらとも幾度ともなく戦っているの」
言いながら元の部屋へ戻る鈴音。
「戦うと春木君みたいに制服がダメになっちゃう事もあるしね。
それで予備を大量に用意してあるの。
あ、ここで着替えていいから」
と言ってから鈴音が悪い顔になる。
「それとも私が着替えさせて――」
「自分で出来ますのでどうぞみんなの所へ」
鈴音の背中を押して隣の部屋へ追いやり、ぱたんと扉が閉める。
はぁ、と一つ溜息を吐いて手元の制服を見る。
「……制服の予備が大量に用意できる部活って」
色々と想像するがひとまず渡された制服を着る。
程なく着替え終わり隣の部屋へ戻ろうとする勇武。
しかしあることに気付く。
「あれ?お守り――」
つくしに渡されたお守り。
胸ポケットに入れていたはずが無くなっていた。
「あの時、落としたのかな?」
エリゴルに胸を貫かれた時の事を思い出す。
――身体に槍が刺さる感覚が蘇る。
うっ、と少々気分が悪くなるが
「後で探してみないと」
そう言って扉を開け、皆が居る部屋に戻っていった。
「おーぴったりじゃん。よかったよかった。
それじゃひとまず今日はここまで、
春木君の入部の返事も明日で」
着替え終わった勇武を見て、鈴音は勇武の肩を叩きながら言ってくる。
入部。
その言葉で一つ思い出す。
「そういえば、莉狐姉ぇが言ってた部活って――」
「そうここの事よ。
先に『魔神』が来たのは想定外だけど……。
まあ少し説明が省けたのは助かったわ」
「というかアイツらに遭ってなければ、
先輩の話はほとんど信じられませんでしたけど」
それもそうね、と笑う鈴音。
「はいはいそれじゃここを出ましょうか」
ぱんぱんと手を叩きながら全員に部屋を出るよう促す。
それに合わせ各々帰る準備をして部室から出て行く。
勇武も慌てて鞄を持ってその後に続いた。
どうやら部室は旧校舎の一室である様だ。
本校舎の方は表向きの部室で『お助け部』の相談窓口的場所らしい。
そんな事を聞きながら一行は学校を後にした。
「それじゃ、明日の放課後に部室ねーおやすみー」
手を振りながら帰路に着く鈴音達。
校門のところで二手に分かれ帰路に着くことになっていた。
一方は鈴音、飛助、鵬次の三人。
もう一方は勇武、哉芽、つくしの三人。
方角的には同じなのだそうだ。
「「「…………」」」
無言で夜道を歩く三人。
勇武はつくしにも聞きたいことがあるのだが。
「……」
真ん中の哉芽が無言の重圧を放っていてなかなか話し出せずにいた。
どうにかして話を切り出そうと思いあぐねている内に――
「あ……私の家、こちらの方向なので。
二人ともおやすみなさい」
「う、うん。おやすみ」
「じゃあなつくしちゃん」
つくしはペコリとお辞儀をして二人とは別の道へと歩いて行った。
その背中を見送る二人。
結局何も聞けないままだった。
「……はぁ」
哉芽には聞こえないように溜息をつく。
落ち込んでも仕方ない、と再び歩き出す。
同時に哉芽も一緒に歩き出す。
「「……」」
思い切り息苦しい。
なんていうか会話しづらい雰囲気だ。
思い出してみると部室に居た時からそんな雰囲気を醸し出していた。
何か哉芽の機嫌を損ねることをしただろうか?と勇武が考えていると――
「……おい」
不意に哉芽が口を開く。
「は、はい……」
おずおずと返事をする。
「………………つくしちゃん、可愛いよな」
ぼそりと呟く。
「……はい?」
何かの聞き間違いかと思わず聞き返した。
「だーかーらー!!!!
つくしちゃんって可愛いよな!!!?」
今度は大声で言う。
……どうやら聞き間違えでは無いらしい。
それでなんとなく察した。
哉芽の不機嫌な理由を。
「えーと……そう、だね……」
取り敢えず無難に同意しとく。
否定しようものならどうなる事やら。
「だよな!?そうだよな!!」
勇武の同意に満面の良い笑顔を浮かべる哉芽。
さらに勇武の肩をガシッ!と組む。
「いやー同士がここにもいるなんてなー♪
ん?いやライバルになるのかこの場合……」
ぱっ、と掴んでいた肩を放ししかめっ面になる。
なんとも忙しない。
「あ!!!そうだ!!!!」
思い出したように声を上げイキナリ、びしっ!と勇武を指差す。
「お前何度もつくしちゃんの手ぇ握っただろ!!!
俺なんかまだなのに!くそー!!!!」
本気で悔しがってる。
不機嫌そうな理由。
おそらく哉芽はつくしが好きなのだろう。
そのつくしは勇武の手を取ったりしていた。
つまりは――焼きもち。
「って、もうここか。
俺んちこっちだから。
お前はそっちの道か?」
どうやらいつの間にか家の近くまで歩いていたようだ。
「うん、それじゃあまた明日、御縞君」
「うわ……『君』をつけるな『君』を!
鳥肌が立つだろ!
御縞か哉芽って呼び捨てでいいからよ」
ひらひらと手を振る。
「それじゃあ僕も勇武でいいよ哉芽」
「ああ、そうする。
んじゃな勇武!」
そう言いながら明かりが少ない道を走っていく哉芽。
ポツンと一人になる勇武。
「さてと。
さっさと帰って風呂にでも――」
「――悪いがそれは後にしてもらおうか」
哉芽が走っていった道とは反対の方向から声が響いてくる。
振り向くと――
「……『魔神』」
ガシャ、と金属音を立てて一歩前に出てくる。
街灯に照らし出された姿。
見間違いない、あの時襲ってきた『魔神』――エリゴルだ。
「僕が一人になるのを待ってたのか?」
エリゴルを見据え、身構える。
「――ああ、少年、貴様と話がしたくてな」
エリゴルが指をパチンと鳴らす。
途端に周りの風景が木々や遊具がある開けた場所に変わる。
「ここは……近所の公園?」
「少年、貴様の名は?」
周囲の光景の変わり様に驚いているとエリゴルが問いかけてくる。
すぐに意識と視線を目の前の『魔神』へと向ける。
「春木――勇武」
「……春木勇武、貴様に聞きたい事が――」
「ひひひ、抜け駆けかぁエリゴルよぉ。
俺も混ぜろやぁ」
エリゴルの声を遮る様――下品な笑い声が辺りに響く。
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