覚醒と胎動(4)

「ん―—」


勇武がゆっくりと目を開くと眩しい光が目を刺す。

眩しさから守るように右手で軽く目を覆う。

ぼやけた視界が徐々に元に戻り、辺りの様子を映し出す。


「ここは……?」


視線の先には蛍光灯と天井。

少し顔を傾け周囲に視線を向ける。

どうやらどこかの教室、それも大分古いみたいだが――

勇武の状態はと言えばソファの上に横たわっている様だ。


「お、目が覚めたみたいだな」


視界に一人の男子生徒が入ってくる。

髪は赤茶色でオールバックみたいな感じの髪型だ。


「おーい部長ー、春木が目ぇ覚ましたぞー」


「本当ー?すぐ行くー」


どこからともなく女性の声が聞こえてくる。

間もなく。

ガチャ――

男子生徒の向こう側の扉が開かれ入ってくる数人の生徒たち。

その中にはあの時の眼鏡の少女、つくしの姿もあった。


「春木君、体動かせる?」


先程聞こえていた声の主が勇武の顔を覗き込むように聞いてくる。


「は、はい……よっ――」


ソファから上体だけを起こしてみる。


「——っ!」


ずきん、と胸に痛みが走る。

胸――

そうだ、と思い出す。


「確か――あの時、エリゴルっていう鎧に胸を貫かれて、それで――」


貫かれた部分に触れてみる。


「……え?

 傷が――無い?」


確かに貫かれたはずだ。

現に着ている制服などには大きな穴が開き、赤黒い染みが出来ている。

いくら触っても傷らしきものは無かった。


「そりゃそうよ。

 春木君の傷、もう完治してるし」


近くの椅子に腰をかけながら女子生徒が言う。

そんな馬鹿な。

部屋にかかっていた時計を見る。

今は――6時半。


放課後からおおよそ2時間ぐらい経っている。

そんな数時間で大怪我――むしろ致命傷というべき傷が治るものだろうか?

訳が分からない。

ふと周りの生徒たちを見ていてあることに気付く。


「……あー、そういえば……皆さん、何者ですか?」


そう勇武にとってつくし以外見た事が無い面子である。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったわねー」


手をポン、と叩きながら椅子に座っている女子生徒が言った。

身なりを正し、勇武に視線を向ける。


「私は2年の天女あまめ 鈴音りんね

 『お助け部』の副部長よ。

 まあみんなからは部長って呼ばれちゃってるけどね♪

 それで――」


横目で男子生徒3人を見て――


「後の人たちは省略」


「うぉい!!!

 省略は無いだろ!省略は!」


鈴音の冷たい一言にツッコミを入れる男子生徒の一人。

最初からここに居た人物だ。

つっこんだ後に勇武に向き直る。


「俺は2年、風磨かざま 飛助ひゅうすけだ。

 んで、こっちのが――」


飛助が後ろに居たガタイのいい男子生徒を指差す。


「同じく2年の牧倉まきくら 鵬次ほうじだ、よろしく」


軽く頭を下げる鵬次。

最後に残ったのはニット帽をかぶった男子生徒。


「俺は1年の御縞みしま 哉芽かなめ

 まあそこそこよろしく」


勇武とは目を合わそうとしない哉芽。

なんとなくそっけない感じである。


「あとは――つくしちゃんは知ってるんだよね?」


一通り自己紹介し終わってから鈴音が聞いてくる。

つくしは微笑みながら一礼する。


「はい……。

 あの、それと……」


「ん?何?」


勇武にはもう一つ気になっていた事があった。


莉狐りこ姉ぇ――九尾野くおの先輩はどこに……?」


そう莉狐の事だ。

見渡す限りこの場にいない。


「ああ、莉狐っち?

 あの子ならすぐに目を覚ましたから家に帰したわよ。

 足取りもしっかりしてたし。

 まあ一応明日知り合いの病院で異常が無いか診てもらう約束したけどね」


それを聞いて安心するが、さらなる疑問が浮かぶ。


「あの、でも僕のこの状況とあいつ等はどう説明を……?」


莉狐の目の前で勇武が死にかけていた事。

不可思議な『魔神』の事。

普通に説明して、はいそうですかと納得できるとは到底思えない。


「――いい?『莉狐っちは階段で足を滑らせて落ちかける』。

 『君は落ちかけている莉狐っちを助けようとした』」


「……え?」


「『結局二人とも階段から落ちて気を失う』。

 『そこに偶々たまたま通りかかった私達がやってきて、

 気を失った二人を部室で看病した』」


つまり。


「僕が『魔神』に殺されかけたとかは莉狐姉ぇの夢の中の出来事……と?」


かなりの力技である。

鈴音はいい笑顔で親指を立てる。


「理解が早くて助かるわ~。

 ちなみに莉狐っちが君の様子を見た時は、

 毛布を肩までかけてそこの部分を見えないようにしたの」


勇武の胸部を指差す。

まあこれを見られたらまずあれが夢じゃない、とは思うだろうが。

取り敢えず莉狐が納得したのならいいが。


「あと他にも聞きたいことが――」


「はいストップ」


勇武の疑問が口から出る前に鈴音が制止する。


「色々聞きたい事はあると思うけど、

 先に私の、いえ私達の頼みを聞いてほしいの」


真面目な顔になる鈴音。

それと同時に部屋の空気が変わった。


「春木君、単刀直入に言うわ。

 私達の仲間になって頂戴」


「……仲間?」


「そう仲間。

 この『お助け部』の仲間――というか部員と言うべきかしらね」


『お助け部』


昨日、図書室の隣の部屋に貼ってあった紙。

そこに書かれていたその名前。


「『お助け部』……。

 僕にその部に入ってくれって、なんで――」


唐突な話に困惑する勇武。


「あなたには『騎士』としての力があるからよ」


『騎士』という言葉。

確かあの『魔神』――エリゴルも言っていた。


「その『騎士』って一体……」


「簡単に言えば『魔神』や『悪魔』を退けることが出来る唯一の存在、かしら」


鈴音がチラリとつくしを見る。

つくしは軽く頷き、少し前に出てくる。


「とある本に遥か昔、

 こことは違う遠い地に『魔神』達が現れたという記述があります。

 その記述の中には『魔神』に立ち向かった者達

 ――すなわち『騎士』の存在も記されていました」


淡々と語るつくし。

その表情はどこか寂しげである。


「彼ら『騎士』達はただ甲冑を身に纏い、武器を振るうだけの騎士ではなく――

 『魔神』にも匹敵する超常な能力を使用していたとも」


つくしは勇武に近づき、その手をとる。


「ある『騎士』はおのが拳を突き出すだけで風を巻き起こし、

 ある『騎士』はおのが武器を炎に変え自在に操り、

 ある『騎士』は――おのが受けた死に至る傷ですらたちまち癒えていた、と」


真っ直ぐ勇武を見つめるつくし。

死に至る傷ですら。

つまり――


「その能力が僕にもある、と」


「はい」


力強く頷くつくし。

『そんな事は無い』と否定したいが、現に胸を貫かれ死にかけていたのに今こうして生きている。

だがそれだけだ。


「……死なないだけじゃ戦えない。

 銃とかの武器が無ければ――」


「覚えてないのか?」


「え?」


鵬次の言葉にきょとんとする勇武。


「春木さんはあの『魔神』に一撃、打ち込んだんですよ?

 その右手の中にある――」


つくしは勇武の右手の握り拳を取り、ゆっくりと開かせる。

そこには淡く青白い光を放つ石があった。

勇武自身何時いつからそれを持っていたか分からない。


「これは……」


「奇跡を具現化する水晶、『聖水晶クリスタル』と呼ばれている石です」


「『聖水晶』……」


手の平に乗せられた『聖水晶』。

何故だか解らないが不思議と吸い込まれるようにそれをじっと見つめる勇武

不意に視界がスライドショーの様に目まぐるしく変化する。


広大な草原。

沢山の人々。

馬上から光景。

異形の存在との斬り合い。

赤に染まる大地に突き刺さる様々な武器群。

何も見えぬ闇。

だが遥か彼方に一点の光が見える。


『……名を呼べ』


声が聞こえてくる。


『……あるじよ、我が名を呼べ』


どこか懐かしくも感じる声。


「……わかった」


勇武はその声に応え、その名を呼ぶ。


「――宝剣『ソードオブソード』」


右手の『聖水晶』から強い光が放たれる。

光は次第に剣の形をとり、やがて勇武の手に収まる。

その剣を見て勇武はうっすらと思い出す。


エリゴルに一撃をお見舞いした事。

その際この剣が手の中に合った事を。


少ししてから剣は光を放ち霧散していった。

手元には元の『聖水晶』が残る。


「うん、ちゃんと『聖水晶』は機能しているようね」


うんうんと頷く鈴音。


「春木君の武器は剣、能力は『超再生』と言ったところかしらね」


「そういえば皆さんもその『騎士』――なんですか?」


その場の全員が頷く。

まあ当たり前と言えば当たり前であろう。

全員が勇武が持っている『聖水晶』と同じ色の石を見せてくれる。

異なるのはその形であろうか。


「俺たちの武器や能力は追々説明していくさ」


「そうそう。

 この『聖水晶』は武器への変化だけじゃないの。

 持ち主の身体能力の向上や、微弱ながらも治癒能力――

 まあ春木君の場合はそれ以上なんだけど」


あははと笑う鈴音。

それに苦笑で返す勇武。


「あとは持ち主と『聖水晶』の距離が少し離れていても、

 念じればすぐに手元に飛んでくるわ」


「……聞けば聞くほどアレですね。

 謎が深まるというか、得体が知れないというか」


「俺達も全部を理解している訳じゃないしな。

 何れ解る時が来る、とは思ってるさ」


はは、と笑う飛助。

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