覚醒と胎動(3)


ゆっくりと槍が引き抜かれる。

勇武はゆっくりと膝から崩れ落ち、びちゃ!と粘り気のある水音を立てながら前のめりに倒れる。

引き抜かれた槍には勇武の血に染まり、血の雫が滴り落ちている。


「……嘘」


莉狐りこは愕然とした。

さっきまで普通に話していた少年が、得体のしれないモノに槍で貫かれ——

その光景に耐え切れなかったのか、脳がこれ以上見せまいと思ったのか。

莉狐はそのまま気絶してしまう。


(――――あれ?僕はどうなったんだ?――――)


ひんやりとしたリノリウムの床に赤いモノが拡がっていくのが見える。

赤いモノが自分の指先に触れる。

少し指を動かす。

ぴちゃ、と生暖かい液体に触れる感覚。

赤いモノが自分の血だと認識するのに時間はかからなかった。


(そうか、僕はあの鎧の奴に槍で胸を)


意識が遠ざかる。


(ごめん莉狐姉ぇ、助けてあげれなくて)


視界が狭まる。


(母さん、泣くだろうな)


目の前が黒に染まる。


(……)


今まで出会った色んな人の顔が浮かんでは消えていく。

しかしその中の一人だけ、顔がぼやけている女性が現れる。

会った事はあるはずなのだが思い出せない。


ただ口元ははっきりと見えている。

動く唇。

なにかを伝えようとしている。


(何を言ってる?)


なんとか理解しようと口元を注視する。


(——お守り?)


途端、顔がぼやけていた女性の輪郭が定まる。

どこかで見た優しい微笑み。

それはつい先日見たあの人の笑顔――


(魚……追さん?)





「オリアス、その少女をどうする気だ」


槍を振り、付着していた血を払い落としながら目玉のある根に詰め寄る。


「決まってんだろ?

 小せぇ『魔穴』しかねぇんだ、魔力補給に丁度いいじゃねぇか」


ひひひと下卑た笑い声をあげる根。

エリゴルは根に聞こえないよう小さく舌打ちする。


「それとも優等生のエリゴルさんがお楽しみたいってか?ひゃはは——」


不意に笑うのを止める。


「おいおいエリゴルさんよぉ」


「何だ」


オリアスの声に不機嫌に応えるエリゴル。

これ以上は付き合いきれないといった態度だ。


「本当にガキを殺したのかぁ?」


オリアスが理解に苦しむ質問をする。


「ああ、確かに心の臓を貫いた。

 これで死なぬ人間がいたのなら——」


不意にエリゴルの言葉が途切れる。

オリアスの質問、その意味を理解する。

そして倒れた勇武の方へと向く。


「――何故だ」


居た。


エリゴルの眼前に。

胸を貫かれ息絶えたはずの勇武が。


「……げほっ」


そこに立っていた。

血の塊を吐き、穴の開いた胸からは今も鮮血が滴り落ちている。

足はおぼつかず、今にも倒れそうであるが——


「――最期の力を振り絞って立ち上がったのか。

 それとも……」


「……」


勇武は俯いたまま。

その表情は読み取れない。

エリゴルは無言で槍を構える。


「今一度その命、貫かせてもらう」


高速の一突き。

眼前に迫る鋭い槍の先。

完全に勇武の頭を捉えていた——


「……宝剣——」


しかし槍は空を貫いただけであった。


「——な!?」


刹那。


「『ソードオブソード』——」


勇武の声と共に放たれる光。

ガキン!

エリゴルが横に吹き飛び、壁に深くめり込む。

何が起きたのか。


「——なるほど」


——どうして非力な人間、それもただの少年が『魔神』である自分を吹き飛ばせるのか。

エリゴルの視線の先に答えがあった。

春木勇武、その右手、そこに在るモノ。


一振りの輝ける剣。

つばの部分には特徴的な五色の水晶らしき石が埋め込まれている。

勇武は言った、その剣の名を。


『宝剣「ソードオブソード」』と。


「……莉狐姉ぇを放せ」


剣をたずさえ莉狐と莉狐を捉えている根に一歩近づく。

呆気に取られていたのか根は動きを止めていた。

だが勇武の言葉に反応して再び蠢動する。


「おおっと、それ以上こっち来んなよぉ?

 てめぇの連れを引き裂かれたくなければさぁ!」


人質。

その言葉に勇武は歩みを止める。


「ひひひ!!!

 おいエリゴルよぉ!さっさとそのガキをぶっ殺しちまえよ!!

 人質がいる限りそいつは手出しできないんだからよ!」


「そうだな、はな」


木の根の背後から声が上がる。


ざくざくざく――


その言葉と同時に根は無数の木片となる。

根から解放された莉狐はその場に倒れた。


「ぎひゃ!?

 な、何が——」


「ソレを知る必要は――ぇぜ!」


ぐしゃ!


槍スピアが残っていた目玉のある根を貫き、残っていた根は全て跡形もなく霧散していった。


「――『騎士』のお出ましか」


埃を払いながら立ち上がるエリゴル。

根が居たその先には数人に生徒が立っていた。

その中の一人にはつくしもいる。


「さて、まだ続けるつもりかしら?」


女子生徒が弓に光の矢をつがえ、引き絞る。


「……望むところ――と言いたいが」


抱えられている莉狐を見据える。


「関係無い者をこれ以上巻き込んでは、な」


その言葉と同時にエリゴルの姿は徐々に薄くなり消えていった。

途端、放課後の喧騒が聞こえてくる。

壁も何事も無かったように傷一つなくそこにある。

ただ、血塗れの勇武が紛れもなく先程の光景が事実であると物語っていた。


「大丈夫ですか?春木君」


今にも倒れそうな勇武に駆け寄るつくし。


「魚追……さん?」


走馬灯の時とは違い、今度は本物の様だ。


「少し休んでいてください。

 まだ完全には治っていないようですし――」


と、勇武に歩み寄り肩を貸すつくし。

ふわっ——と花の様ないい香りが勇武の鼻を擽る。


「ふぅ……流石、今まで相手にしてきた『悪魔』とは何か違うわねー」


番えていた矢が消え、構えを解く女子生徒。

莉狐を抱えている大柄な男子生徒が女子生徒に近づいてくる。


「『魔神』か。

 まさか校内に現れるとは思いもしなかったが……」


「あ、あの……」


「ん?」


勇武の声に反応する男子生徒。


「り、莉狐姉ぇは……」


「ああ、無事だ。

 かすり傷の一つも無い」


「良かっ――」


莉狐の無事を聞いて安心した勇武。

途端に意識が遠退き——


「きゃっ――!?」


ずてん!!!

急に意識を失った勇武を支えきれなくなったつくしは、一緒に倒れてしまった。


「だ、大丈夫?つくしちゃん」


女子生徒たちが駆け寄ってくる。

なんとかつくしは体勢を整え、勇武を膝枕する形になる。


「は、はい……なんとか」


「でも急にどうしたんだコイツ」


「おそらく、急速に損傷個所を修復したので体力の消耗が激しかったのでしょう」


細い指先で勇武の頭を撫でるつくし。


「修復、ねぇ。

 でもどのくらい傷なんだ?そこまでなるなんて——」


「……胸部の傷跡から察するに、肺と心臓は機能停止しています」


「「「「はあっ!!???」」」」


つくし以外全員驚く。

当たり前だろう。


心臓の機能停止。

それでも勇武は死ななかった。

その上、先程も普通に話していたのだから。


「ちょっと待て!

 俺たちの『聖水晶クリスタル』もちょっとした切り傷ぐらいは一晩で治るけど、

 いくらなんでも心臓をほとんど一瞬で治すなんて——!」


「有り得るんです。春木君の『聖水晶』だったら……」


勇武の胸部の傷口に触れるつくし。

制服などの衣服には穴が開き、赤黒い染みが滲んでいる。

しかしすでに本人の傷口は塞がり血の跡だけが残っている状態だ。


「つくしちゃん。春木君の『聖水晶』ってなんなの――?」


いずれ…分かります」


そう言うと再び優しく勇武の髪を撫でるつくし。


(そう、何れは……)


つくしは心の中でそう呟く。

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