覚醒と胎動(2)
あれから一日が
今手の中にあるお守りと、彼女―—魚追つくしの事を。
「なんだろうな一体……」
つくしと別れて帰宅してからも翌日に登校してからもずっと思い出そうとしていた。
それでも
ハァ、と溜息をつく。
そこに哲太達がやってきた。
「よぉ!昨日はどうしたんだよ急に?」
肩を叩きながら聞いてくる哲太と、
「あれだろ?可愛い女子見かけたからナンパしに行ったんだろ?
水臭ぇなぁ俺だけでも連れて行けよ!」
眼鏡をくいっ!とあげながら言う始。
……始の女好きにも困ったものだ。
「ナンパって……。
始じゃないんだからな」
「そう言えば始、お前この前の子はどうしたんだ?」
「この前?……どの子だ?」
そうこの始、可愛い子がいると手当たり次第声をかける色欲魔――もとい癖がある。
ただナンパの成功確率は1割未満、成功してもすぐに振られるザマであるが。
「……本っ当に最悪だな、お前」
「そうか?まあそれが俺だしな。わはははは!」
と、笑い出す始。
呆れ顔だった勇武と哲太もつられて笑い出す。
「――うん、どうやら元気出たみたいだな」
「勇武、朝からなんか暗かったからな~」
ニヒヒと笑う始と哲太。
なんだかんだで心配してくれてたようで申し訳ない気持ちになる。
「……うん、ありがとう二人とも——」
「勇武ー!いるー!?」
礼を言いかけた勇武の言葉を遮り、別の声が教室に響く。
何事かと教室にいる全員が声の方へと視線を向ける。
そこには―――
「げ……
勇武の顔が引きつる。
何故なら今は顔を合わせたくない人物が、教室の出入り口に立っているからだ。
「うーん……お、いたいた♪
おーい、勇武ー!」
その人物は勇武を見つけると笑顔になる。
そして一直線に勇武にと近づいてくる。
歩くたびに揺れる長い黒髪と悩ましげなボディに見とれるクラスメイト達。
勇武はただ自分の所に近づいてくる人物を眺めていた。
「な、何か用かよ、莉狐ね……ぐぉっ!!!!?」
「——この前、言ったわよね?
学校では『
流れる動作で勇武にヘッドロックをかける女子生徒。
ギリギリと頭を締め付けてきて地味に痛い。
しかし――同時に柔らかい感触が。
彼女の名は
勇武の一つ上で向かいの家の幼馴染である。
この聖宮高校を勇武に勧めたのも彼女である。
「ぎ、ギブギブ!!り……九尾野センパイ!!!」
「分かればよろしい」
パッと手を離す莉狐。
ある意味天国と地獄を同時に味わえた。
「……あら、始と哲太も同じクラスなの?」
今気がついたように二人に視線を向ける。
二人はビシッ!と敬礼をし、
「「おはようございます、
ドス!!ドス!!
「ぐは!!?」
「うぐ!!?」
目にも止まらぬ貫手二撃が二人の鳩尾に決まる。
崩れ落ちそして莉狐の足元で悶えている二人。
「さっき言ったこと、聞こえていたかしら?」
満面の笑みの中にどす黒い殺意を放つ。
次は無い、と。
「「き、肝に銘じました、九尾野先輩……」」
弱弱しく返事をする哲太と始。
それを聞いてヨシ、と頷く莉狐。
「……で、莉、九尾野先輩、なんでここに来たん?」
「あ、そうそう、忘れてた。
勇武、どこか部活入る気ある?」
勇武の言葉で本来の用件を思い出す。
昔からこんな感じである。
よく話が脱線しては大騒ぎ。
まあもう慣れた、と勇武は肩を竦める。
莉狐は特に気にも留めず話を続ける。
「私の友達がアンタの事知っててさ、その人がぜひうちの部に入ってくれって」
「僕のことを知ってる……?
誰だろう……」
と言って思い浮かぶ人物がいた。
「もしかして……魚追さんって人?」
正直この高校で自分を知ってるのは友人ぐらいだろう。
他に自分を知ってるなんてつくしぐらいしか。
そんな事を思いながら恐る恐る聞いてみる。
「誰それ?」
どうやら全く違うようだ。
ますます謎が深まる。
「それで、どーゆー部活なん?」
「それは放課後のお楽しみよ♪」
軽くウインクしながら出入り口に向かう莉狐。
「……!!まさか放課後もここに来る気じゃ……!!!!」
「……そうそう、逃げたらどうなるか分かってるわよね?」
鋭い殺気。
間違いなく逃げたりしたら——。
じゃあね、と手を振りながら去っていく莉狐。
完全に教室から出て行った後。
「…………はぁぁぁぁぁ…………」
頭を抱え溜息をつく。
教室のクラスメイトからはなんか羨望と同情の視線が送られてくる。
そこによろめきながらも復活した哲太と始が無言で勇武の肩をぽんと叩く。
「……もう、どうにでもなれ」
そう言うと机に突っ伏した。
今日の授業とホームルームが終わり放課後となった。
クラスメイトたちは
その中、勇武は大人しく莉狐を待つ。
始と哲太はといえば巻き添えを食らわない内にとさっさと帰ってしまった。
「……畜生」
机に突っ伏しながら独り
そこへ、
「勇武ーご機嫌麗しゅー?」
明るい声で莉狐が教室に入ってきた。
「……麗しくないっす。り、九尾野先輩」
突っ伏した状態で首だけを莉狐に向ける勇武。
「もー元気ないわねー。
もうちょっとしゃんとしなさいよ」
原因はアンタだ、とか言いそうだったが
「ま、そんなんどうでもいいから行くわよ」
そう言って勇武の腕を掴んでずるずると引きずっていく。
引きずられている勇武の顔には諦めが浮かんでいた。
廊下を莉狐と並んで歩く勇武。
流石に引きずられっぱなしは勘弁、となんとか放してもらっていた。
「ところで九尾野先輩、部活は?」
前に部活に入ったと聞いてたのでちょっと疑問であった。
「んー今日はお休み。
新入生への部活説明会だって」
「ふーん」
そこで会話が途切れる。
無言のままで歩みを進める二人。
不意に莉狐が勇武の前に出る。
「しっかし、背、大きくなったねー。
いつの間にか私の背を追い越しちゃったし……」
腕を伸ばし、左手を勇武の頭に乗せる。
距離が縮まり莉狐のいい匂いに勇武は内心穏やかではなかった。
「……当たり前だよ。
僕だって成長してるんだし。
つか無理に人の頭に乗せなくても……」
莉狐の手を払いながら文句を言う勇武。
ちょっと残念そうな顔をするものの、
「あはは、ごめんごめん」
ペロッと舌を出して謝る莉狐。
「……あれ?」
「どうかした?」
勇武の疑問に莉狐は前方を指差し答える。
指差す先、薄暗い廊下の奥には人影が見える。
「……って只の人じゃないか」
ははっと笑って前に歩み出る。
人影も同じくこちらに向かうように歩き出した。
ガシャン
——重い金属音を響かせて。
「!?」
明らかに普通の人が歩く音ではない。
勇武と莉狐が驚きで立ち
距離が短くなる最中、人影が声を発する。
「お前が新しい『騎士』か……?
しかし……これは……」
一歩、また一歩。
次第にその人影の正体が露わになる。
その姿は——鎧。
兜にフルフェイスマスクで表情は読み取れないが、全身鎧を身に纏ったヒトであった。
「……なるほど。
この距離になっても臨戦態勢を取らぬところを見るに、
『騎士』見習い、いや覚醒すらも未だと見える」
そう言うと『鎧』は、ふぅと溜息を吐く。
当てが外れた――そう言わんばかりの溜息。
「全く……カイムめ。
早とちりしおって……」
「な、何なんだよ……。
アンタ……何者なんだよ……」
勇武は莉狐の前に出て庇いつつ、目の前の『鎧』に対して問いかける。
「ふむ——只の人間であろうとも何者かと問われたのなら、名乗らねばならぬな。
我は『
勇武を見据えながら『鎧』が言う。
『魔神』?
よくゲームとかマンガとかに出てくる、人にはない超常的な能力とか持ってたりするヤツ?
そういった事が勇武の頭に浮かぶ。
「……ぷっ、あはははは!
馬鹿馬鹿しいや!」
どう見ても本格的なコスプレしている人間にしか見えない。
「どうせ演劇部とかの新入生歓迎ドッキリでしょ?
いやーすごい出来ですね、この鎧」
先程まで竦んでいたのも何処へやら。
近づいてペタペタ鎧に触りまくる。
「あ、莉狐姉ぇが言ってた部活って演劇——」
笑いながら振り返り莉狐へ話しかける、が。
莉狐はまだ同じ場所で立っていた。
その表情には恐怖と驚きが浮かぶ。
「……莉狐姉ぇ?」
一歩。
莉狐のもとへ踏み出そうと、瞬間。
「——!」
背筋に悪寒が走ると同時に嫌な汗が噴き出る。
ヤバい。
次の一歩が出ない。
「理解したか?少年よ」
ガシャンと『鎧』——エリゴルが一歩前へ歩み出る。
勇武はこの上なく理解した。
これが、本当の殺気。
そして——目の前にいる存在は、危険だと。
早くこの場から莉狐を連れて逃げ出さないと。
だがそう思っていても体が動かない。
そもそも逃げ切れるのか?
それ以前に何処へ逃げればいい?
様々な思考が勇武の頭の中で飛び交う。
「——去れ」
エリゴルの一言で勇武は我に返る。
「……え?」
不意の一言に呆気にとられる。
去れ、確かにエリゴルはそう言った。
「早くこの場から去れ。
用が有るのは『騎士』だ。只の人間を相手にしている暇は無い。
——邪魔をしない限りはな……」
殺気は無くなっていた。
多少体は震えているものの動けないほどではない。
莉狐もエリゴルの殺気に
兎に角、莉狐を連れてここから逃げ出さないと——
「おいおい、甘ぇんじゃねぇかぁ?エリゴルさんよぉ」
どこからともなく声が響いてくる。
「……オリアスか、何が言いたい?」
「ひひひ、お前、そのまま帰ってみやがれ。
『クソひ弱な人間に背を向けて逃げ帰った』って噂されちまうぜぇ?
『闘争』の名が泣いちまうなぁ?うひゃひゃひゃ!」
下品な笑い声が響く。
だがエリゴルは冷静に言葉を返す。
「構わん。無闇に命を奪う事が『闘争』とは限らぬのでな」
エリゴルの態度が気に食わないのか声の主は大きく舌打ちをする。
しかしすぐにまたヒヒヒと笑い出した。
「そうだなぁーついでに『上』へ報告しとくかぁー?」
『上』。
その単語に反応をするエリゴル。
思案しているのか少し間が空いてから——
エリゴルが勇武へと向き直る。
「……すまない少年、事情が変わった。
その命を貰い受ける——」
言い切ると同時に右手に
だが——その瞬間に勇武は走り出していた。
莉狐を連れてこの場から逃げ出す、それしか頭に無かった。
完全に虚を突かれたエリゴル。
すでに真横を通り抜け二、三歩で莉狐に辿り着こうとしていた。
「——莉狐姉ぇ!」
手を伸ばし莉狐を掴——
「させるかってぇんだよガキぃ!」
バチン!と勇武の伸ばした手が何かに弾かれてしまう。
目に映ったのは、植物の根。
平均的な大人の腕、いやそれ以上の太さもある根が勇武の手を弾いたのだ。
「なっ——」
驚かせたのはそれだけではない。
「い、勇……武……」
莉狐の身体には身動きを取らせまいと無数の根が巻き付いていた。
身を
その中の一つにはギョロリと目玉がついていた。
勇武は体勢を立て直しもう一度莉狐へと向かう。
——しかし。
ぞぷ。
軽い衝撃。
聞き慣れない音。
動かない足。
届かない伸ばした腕。
ゆっくりと広がる痛み。
痛みの原因を探ろうと顔を動かす。
「——あ」
自分の胸から生えている金属の角。
その角は赤い液体が付着していた。
顔を莉狐に向ける。
莉狐は目を見開いていた。
まるで目の前で、有り得ない光景が広がっているかのように。
「……本当に、すまない」
エリゴルが勇武にだけ聞こえる様に囁く。
ああそうかと、自分の身に起こっている事に理解する勇武。
自分は――死ぬのだと。
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