聖宮高校一年生
覚醒と胎動(1)
某県
ここにはかつてこの街の一大テーマパークの中心を担うデパートになるはずだった。
しかし大きな事故により計画は頓挫し、今もまだこの地の買い手はいない。
「……4分の1ぐらいか。この地へ集まれたのは」
ビルの中、何者かの影が揺らぎ語りかける。
「そのぐらいだな。
残りはまだ『向こう側』やこの世界の
さっきの影とは違う影が現れ応える。
その影と呼応するかのように次々と数体の影が辺りから現れる。
そのシルエットは――『異形』
人型のものもあれば全ての動植物にも当てはまらないものもあった。
「『騎士』たちが動き始めている。
あちら側も私達の動きに気付いているようですわ」
「問題はない。奴らがどう動こうとも『あれ』を手に入れさえすれば……」
「だがまだ『あれ』の所在は分かっていない。一刻も早く探しださなければ」
「我らが『王』の為に」
影たちは頷き、各々闇へと溶けていった。
残ったのは最初に現れた影だけだ。
「……我らが王の為に、か」
影はそう呟くと闇に溶けるように消えていった。
遥か昔。
遠い地に戦があった。
それは『人ならざる者たち』が起こした戦。
人々はその『人ならざる者たち』を『悪魔』や『魔神』として恐れた。
『悪魔』や『魔神』は人々を蹂躙し、全てを奪っていった。
『この地獄を終わらせて欲しい――――』
『何故神は我らに辛く苦しい試練を与えるのか――――』
『――――誰か、救いを――――』
人々は祈った。
――その祈りが届いたのか。
人々の中から特殊な力を持った人々が現れた。
『悪魔や魔神を倒せる力』を持つ者たち
それは神より与えられた力なのかもしれない。
やがてその力を持った人々を『騎士』と呼び、『騎士』を率いていた者を『王』と呼ばれるようになった。
『騎士』と『魔神』の戦いは日を追うごとに激化し、ある者は『魔神』との戦いで命を落とし、又ある者は戦闘の
それは人間としての限界であろう。
『騎士』達は度重なる戦闘で疲弊しきっていた。
このままではと思った『騎士』達の『王』は、
数名の『騎士』を引き連れ『魔神』らの本拠地へと赴く。
残された者たちは祈った。
平和と『王』たちの無事を。
数日が過ぎ、ある異変が起こった。
『悪魔』や『魔神』の姿が突如として消え去ったのだ。
人々は歓喜し、口々に叫んだ。
――『王』達が勝利したのだと。
しかし——その『王』達は人々の元には戻らなかった。
「――これは遠い昔の伝説。
けれど、本当にあった伝説」
眼鏡をかけた少女がパタン、と本を閉じる。
冷たい風が吹き、カーテンを揺らす。
少女は教室の中から外を眺める。
「――もうすぐ。伝説が再び、紡ぎだされる――」
誰にでもなく呟く。
3月ももうすぐ終わり4月になろうとしていた。
「今度こそ、一緒に……」
「それじゃ今日から諸君たちも高校生だ。
みな高校生活と青春を謳歌してくれ、以上!!」
担任がそう言って教室を出ていくと急にクラスが騒がしくなる。
クラス分けを経て、入学式も終わった。
ホームルームも担任とクラス全員の自己紹介とその他諸々で数十分。
午前中で終了して今に至った。
「んー・・・・・終わった~」
大きく伸びをしながら呟く少年、
彼は今日、
この高校には友人とか多くいるのと家が近い事。
それにとある人物に勧められたのが理由でここに入学したのだ。
……まあその勧めは
「おーい勇武ー」
二人の男子が勇武に近づいてくる。
中学校からの友人、
「さっさと帰ろーぜ」
「うん。あ、どうせならゲーセン寄ってく?」
「「賛成ー」」
他愛も無い会話をしながら帰り支度をし下駄箱に向かう。
紛れもなく高校生してるなーと実感する勇武。
靴も履き替え外へ。
二人の友人と喋りながら、ふと校舎を見上げる。
三階建ての校舎。
いくつも窓はある。
ただ勇武はその中の一つの窓に意識が集中した。
一人の女子生徒が
——いや勇武を見つめていた、そんな気がした。
目が合う。
すると女子生徒は——微笑んだ。
確かに勇武を見て微笑んだのだ。
勇武の脳裏に何かが過る。
同じような事があった気がする。
ただそれが何時何処であったのかは分からない。
同時にあの女子生徒に会わなければならない、そんな気持ちが浮かんでくる。
「ごめん二人とも!ちょっと忘れ物と用を思い出した!
ゲーセンはまた今度で!」
そう言うや勇武はその場を駆け足で離れた。
「え?あ、おい!」
二人の声が聞こえるも足を止めない。
下駄箱に戻り素早く上履きに履き替え階段を駆け上がる。
あの女子生徒を見かけたのは三階の——
「……どこだっけ」
勢いで三階まで来たが、どの部屋から見下ろしていたのか。
この階は多目的教室等のいくつか部屋がある。
見下ろしていた窓は玄関を正面にして確か左側だったはず。
「……ここら辺だったけど」
図書室。
部屋のプレートにそう書かれている。
多分ここだ、と勇武は静かに扉を開け覗いてみる。
数人の生徒はいるものの例の女子生徒はいないようだ。
そっと扉を閉め、はぁ、と溜息を吐く。
「帰ったか、それとも気のせいだったのかな……」
相変わらず会わなければならない気持ちは有るものの、本人が居なければ意味は無い。
踵を返し去ろうとした。
――そこで図書室の隣に部屋があることに気付く。
その部屋のプレートには図書予備室——の上から乱暴に『お助け部』と紙が貼られていた。
「『お助け部』……?」
勇武は
胡散臭さ満点なそのネーミング。
扉は半開きになっている。
怖いもの見たさからか、何かに惹かれるよう覗いてみる。
いくつかの机、椅子、戸棚が並べられている。
そしてその先の窓際。
——居た。
先程の女子生徒だ。
女子生徒はその窓際で読書に耽っていた。
しばらくその光景を呆けたように見ている勇武。
と、女子生徒は勇武が見ている事に気付いたのか顔を上げる。
眼鏡を正し勇武の姿を確認すると、微笑む。
「——あ」
またも勇武の脳裏に何かが過る。
昔同じような微笑みを向けられた気がする。
「
眼鏡の女子生徒は微笑みを絶やさず、勇武に話しかけてくる。
「あ、ああ、いえ、その」
正直なんて言ったものか。
衝動的に会わなければならない、そう思ったのだが。
会えば何か解る気がしたのだがこれっぽっちも解らなかった。
「あー……さっき窓から下、見てました?」
取り敢えず確認。
もしかしたら違う人かも、と。
「はい、貴方は先程目が合った方ですよね」
人違いではない様だ。
しかも目が合った事も気付いている。
「私が何故見下ろしていたか気になりましたか?」
「う、うん。まあそんなところ」
「そうですか。
あ、立ち話もなんですから」
女子生徒は椅子にどうぞとジェスチャーを投げかけてきた。
促されるまま部屋に入りそこらに置いてある椅子に腰掛ける。
「それで……えーと」
「自己紹介がまだでしたね。
私は一年の
丁寧に一礼しながら自己紹介。
「僕は——」
「春木……勇武さん、ですよね」
勇武が自己紹介する前に名前を言い当てられる。
「……なんで僕の名前を?」
少々気味が悪い。
つくしとは初対面のはず。
だが先程の脳裏の何かがまた浮かんでくる。
「魚追さんとどこか会った事が?」
「……」
答えない。
暫く間が空いてからつくしが立ち上がり勇武に近づく。
「確かに、昔一度だけですが、会った事があります」
相変わらず微笑んでいるが、どこか悲しげではある。
「……思い出さなくても大丈夫です。
ただこれはお返しいたします」
つくしはゆっくり近づき、勇武の手を取り何かを渡す。
「これは——お守り?」
古ぼけたお守りが勇武の手の平に乗せられる。
戸惑っていると——
「私が何故見下ろしていたのかですけど」
つくしの言葉ではっとする。
「なんとなくですが、春木さんが居る気がして――つい顔を出してしまったんです」
微笑み、というよりも笑顔。
照れているのか耳まで真っ赤だ。
その笑顔にドクンと心臓が高鳴る。
こっちまで真っ赤になりそうだ。
「「……」」
お互い沈黙してしまう。
「——あ、す、すみません。
もうすぐ人と会うので、その……」
つくしが沈黙を破り、我に返る勇武。
「そ、そうなんだ。それじゃあ……」
席を立ち部屋を後にする。
その背につくしから言葉が投げかけられる。
「あの——何かありましたら、私、放課後は大体ここにいますので!」
勇武は首だけを軽く後ろに向けて、
「うん、わかった。それじゃ」
勇武が去った部屋。
つくしはまた窓際の椅子に座りなおす。
だが本は開かない。
指先で本のタイトルをなぞる。
「……やっぱり、覚えていない、か」
その表情からは微笑みが消え、悲しみが浮かんでいた。
「やっと、会えたのに……」
空を仰ぐつくし。
まだ日は高く、眩しい。
「やっほー!つくしちゃん元気ー?」
その声と同時に部屋に入ってくる女生徒。
その後ろから数人の男子生徒が入ってくる。
「部長さん、
落ち着いた様子で挨拶をするつくし。
先程までの悲しみの表情は鳴りを潜めている。
「今しがた例の『騎士』候補の方が帰られました」
「例の……ああ、つくしちゃんが前から言ってた」
荷物を机の上に置き、椅子に座る生徒たち。
「でも本当に『あれ』を使えるのか?
今まで誰も使えなかったんだろ?」
「元々の持ち主ですから、それは大丈夫です」
力強く頷くつくし。
「まあつくしちゃんがそう言うなら……。
あ、河崎先輩から伝言、明日だってさ——」
その言葉で室内の空気が一変。
和やかな雰囲気から重苦しい雰囲気へと。
「……いつも相手してるのよりも、格上の存在——」
「『魔神』」
重い沈黙がこの場を支配する。
しかしすぐに、
「なーに!いつも通りやれば『魔神』なんて軽い軽い!」
「そうね!みんなここが踏ん張りどころよ!」
全員拳を突き上げ、おー!と鼓舞する。
しかしつくしはすぐに暗い顔になる。
彼女は解っているのだ。
このままでは
また窓際に立ち、空を仰ぐ。
「願わくば……一日も早い覚醒めざめを……」
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