第44話『日曜日は日曜日』
「日曜日は、日曜日ってこと、か……」
「今お姉ちゃんに確認してみたら、大学って土曜日ならすこし授業あるらしいんだけど、日曜日は授業もないしイベントでもない限り学生はほとんどいないんだって……」
久遠桐聖の通う、小林さんのお姉さんも通う大学に入ってすぐのところで。
門こそ閉まってはいなかったものの、人がほとんどいなくて静かなぶん広さが強調されているようなその場所の、なんだかこれ以上入っちゃいけない気がするような雰囲気に気おされながら、俺たちはこそこそと声を潜めながらそんな言葉をかわした。
「さすがにこれ、幸運補正とかそんなのでどうにかなるレベルじゃない、よな」
「ね。……あ、幸運補正きたかも!お姉ちゃんの友だちに久遠桐聖のストーカーレベルのファンで授業の予定おさえてる子いるって!みてこれ!」
ピロンという軽い着信音とともに届いた小林姉からのメッセージが、どうやら幸運補正とやらだったらしい。
差し出された小林さんのスマホの画面を、彼女の背後から覗き込む。
久遠桐聖の出現しやすい時間と場所とが次々に転送されてくる画面を見るに、とりあえず今日は絶望的だ。久遠桐聖は学校がない日には仕事をしてるため、日曜日はまずここにはいないらしい。
「……今日は、帰るか」
「……そうだね。出直そう」
流れるメッセージをみながら、俺たちはそんな言葉を交わした。
「うー、ごめん。あらかじめおねぇにきいてくればよかった……」
お姉さんとメッセージのやりとりをしながら喋っているせいか、小林さんがまさに【妹】って感じの、すこし甘えたような声でそう言ったので、俺はもはや久遠桐聖とかどうでもよかった。
「いや、日曜日って時点で疑問に思わなかった俺も悪いし。今日は下見ってことで、どっか近場に昼飯食いにいこ」
俺がそう声をかけると、小林さんはぱっと嬉しげに顔をあげて、うんうんとうなずいた。
“久遠桐聖に会いたいなら、おねーちゃん頼ってくれればよかったのにー。
平日に大学来るなら私が案内するし!”
一通りの久遠桐聖情報の転送が終わったらしく、ふいにそんなメッセージがポップアップしたのが見えた。
“やだ”
心はもう昼飯に向いているらしい小林さんは、さっとそんな二文字だけを返す。
というか小林さんは普段天使なのに、お姉さんにだけは微妙に反抗期というか、ちょっと厳しい気がする。
“やだってなにそれひどい!しいぽむ最近冷たいよ!?”
そんなメッセージと、ほぼ同時に送信されてきた泣き顔のペンギンのスタンプ。そんなものが視界に入ってきた俺は、こらえ切れない笑いが「ふっ」と漏れて、小林さんににらまれた。
「ごめん。ふ、くくっ、しいぽむ、って、呼ばれてるんだ?」
その妙に愛らしいあだ名がツボに入った俺が笑いながら訊いたところ、小林詩帆乃さんがものすごく恥ずかしげに彼女のスマホを、そのむこうにいる彼女の姉をにらみつける。
「う。それは小さいときのあだ名で、なんかその習慣っていうか、やめてくれないっていうか……、ああもう、姉ってやつはこれだから……!」
そういって彼女はスマホをカバンに突っ込んだ。既読スルーを決めるらしい。
「お姉さんなんだし、いっそ事情話して協力してもらうとか?」
お姉さんが若干かわいそうになった俺は、ふとそんな提案を口にした。
「……っ、……ごめん。……やだ」
じわり、じわりと涙目になりながら、小林さんは小さな小さな声で、拒絶の言葉を口にした。
「えっ!?あ、ごめん!人の家のことに、踏み込み過ぎた!!」
うつむいてしまった彼女にどうしたらいいのかわからずに俺は反射的に頭を下げる。
「べつに、……おねぇとは、仲悪くないんだけど。美人だし、頭良いし、自慢のお姉ちゃん、なんだけど……。今日も、お洋服、おねぇに借りてきたし。
でも、……ごめん。リゼたんたちのことだけは、教えたくないっていうか、私と遠藤くんだけで、解決したいっていうか……」
彼女はしょんぼりとした声音で、鼻声になりながら、そんなことをぽつりぽつりと話した。
俺はただ必死にうなずきながら、言葉をさがす。なんとなく口にしただけで本気で考えてたわけじゃないなんて、いえない、けどいったほうがいいのか?けど、……どうしよ。
『すみません小林様遠藤様!あの、大人しくしていようかなって思ってたんですが、その、ちょっと北に向かっていただけますか?
あの、クオン?かな?なんか似た雰囲気の存在がそこから北西に500メートルくらいいったところにいます!!』
突如響いたリレナの声に、俺はほっとため息をつく。
小林さんもぐしぐしとあふれた涙を手で拭って、顔をあげてくれた。
「……行って、みようか」
彼女がぎこちなくいった言葉に、俺はなんとかうなずく。
「……ごめん。行こう」
同じ部活で、クラスもいっしょで、夏休み前から今までいっしょに神様ごっこをしてきて。
距離が近くなったと勘違いしてた自分が、恥ずかしい。姉妹のこと家族のことにまで口をはさんでいいわけがなかった。
俺たちは微妙な雰囲気のまま、ただ無言で、女神リレナの示す方向へと歩みを進めた。
人のいない構内でもさらに静かな、大きな図書館の裏手へと。
――――
そこには、ぼさっとした服装の、大きな黒縁のメガネをかけた、もの静かな雰囲気の男性がいた。
彼の足もとには小さな白猫。彼が持参したものだろうか、小さな皿に入れられたカリカリを一心不乱に食べている。
「なあ、やっぱりここまでなついてくれたんだから、俺はつれてかえりたいよ、このこ」
目線は白猫のまま、男性はそんな言葉を口にした。彼に声をかけてみようとしていた俺は、思わず小林さんと目と目を見合わせる。
「白はダメって、なんでさ。ピンクがいい?そんなの猫にいるわけないじゃん。
っていうか、このこ肉球ピンクだし、おなかもちょっとピンクだし、もうそれでいいじゃん……」
誰かと会話をしているかのようなその言葉に首をひねりながら、俺は一歩前へと出た。
「前前うっさいな。なに……。あれ?」
そんな言葉を嫌そうに口にしながら、男性は顔をあげた。
けだるげな表情と今日はセットもせずにいるらしい髪、服装も毛玉の目立つ部屋着のようなニット。なにより雰囲気がまったくもって芸能人にはみえない彼は、よくよく見れば、とても整った、他の人間がかければダサイ判定を受けそうなメガネすらもおしゃれに見せてしまう、久遠桐聖の、顔をしていた。
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