第43話『こういうことか』

 

「……運がいいってのは、嬉しいけど、さぁ」

 ゲームの電源を落とした俺がそうぽつりと呟くと、俺の傍らに座る小林さんは、ゆっくりと、深く頷く。

「あまりにも小物だったし、くれた寵愛の効果もビミョーだったね。古の魔女にして創生の女神、リレナ」


 だよなぁ。大げさな肩書きの割には、なんというかなんというかだ。


 小林さんが真顔で呟いた言葉にうなずいた瞬間、思わずため息がでた。

 今日は土曜日。早朝から小林家に集合して、相当な気合いをいれて2人で挑んでいたのに、この結果。間の展開も含めなにからなにまで予想外で、はっきりいって肩透かしだった。

 なにせ、ラスボスとの直接対決。

 これ以上ないほどの戦力を揃え、まさかのレオン先生まで参戦してくれていたとはいえ、俺はそれでも誰かが死ぬなんてことが万が一にでもあったらどうしようかと、恐怖していた。全員の無事を、真剣に祈っていた。たぶん、小林さんも。

 それが蓋をあけてみれば、ラスボスは俺らと同様リーゼロッテにめろめろにされた、ポンコツ女神だったわけで。ため息も出るというものだ。

 たしかにすべての事情をどうやら神の力とやらで知っていてはいたが、俺の片思いまでも見抜かれてはいたが、そこは素直にすごいとは思ったし内心めちゃくちゃ焦りながら話を反らせたが、いやでも、あれは、がっかりだよ……。


「そういや、レオン先生かわいそすぎね?」

 ふいに思い至ったことを口にしてみれば、ソファに埋まるようにしてぼーっとしていた小林さんも、ぱっと身をおこしてうなずいた。

「わざわざ変装までして、相当な覚悟で裏庭あそこに来てくれていただろうに、ね……」

「まじあのポンコツ女神、土下座じゃ足らねーくらいにありとあらゆることをやらかしてんな……」

 ふーっと、俺と彼女の長いため息が重なった。


「ま、なんにせよ、久遠桐聖に会いに行って、邪神クオンの魂ひっぺがしてこなきゃね」

 小林さんが気合いをいれるように小さくガッツポーズをとりながら、そう宣言した。

「邪神て……、まあ、邪神か。問題はどうやって会いに行くか、だけど……、やっぱり大学?

 でも会えたところで魂を引っこ抜いたあとって、どうなるんだろな?人にみられたらまずかったりすんのかな?」


『できれば人目につかないところでの方がいいですねぇ。

 たぶん久遠桐聖さんの魂が肉体を取り戻すのにちょっと時間がかかるでしょうし、そうすると一時的に気絶しちゃうでしょうから』


 突如響いた、先ほどまでテレビ越しにきいていた女神リレナの声に、俺たちは2人そろって硬直した。

 目の前のテレビもゲーム機も、電源はしっかり落ちている。というより、部屋の外?どこからかわからないどこかから響いた気がする。


『まあお二方は、幸運補正ついてますからね!テキトーにクオンが出現する可能性の高いところうろつくだけで、ばっちりいい感じに出会えると思いますよ!』

 声だけなのにドヤ顔が見えるかのような得意気な声で、女神リレナは続けた。

 そうか、寵愛を与えられるってのはこういうことか……。

 小物だのポンコツだの言ったのも、彼女の相方を邪神呼ばわりしてたのもきかれていたのはすこしだけ気まずい。いやまあ訂正する気はないけど。


「うええ、女神リレナにとりつかれたー。やだー」

 小林さんは、心底嫌そうにそう呟いた。

「さっさとクオン取っ捕まえよう。そしたら覗き見やめる、よな?」

 俺がそうフォローをすると、あわてたような女神の声が響く。

『わわわ!あ、あの大丈夫です私はお二方にまとめて愛を捧げましたので、小林様と遠藤様が両方揃った場の様子しか見られませんから!個々人のプライベートには干渉しませんできません!

 それに遠藤様のおっしゃった通り、クオンの魂をこちらに封じましたら以後お二方への介入は、すっぱりやめるとここに誓います!女神嘘つきません!!』


 それなら、まあ、いいか?いやけっこう気分悪いなこれ。勝手に覗き見されて勝手に口出しされるって……。

 よくフィーネやジークは耐えていたものだ。俺らが神だと信じていたからか?女神っつっても女神な感じしないしな、リレナ。


『……あ』

 はたと、今なにかに気がつきました、といった様子の女神の声がきこえた。

 俺は眉間にシワを寄せ、小林さんは小首をかしげてやつの言葉の続きを待つ。

『あ、あの、女神嘘はつかないんですが、ちょっと間違えることはある、んですよぉ……』

 へへへ、という笑顔と、揉み手が見えるかのような、こちらの機嫌をうかがうような声で言われた言葉に、俺の顔面がますます険しくなるのがわかる。

「そうだなぁ。うっかり間違えて我が子ともいえる世界を滅亡させようとしたり、なぁ?」


 ガンッ!


 俺が嫌味を口にしてみれば、どこかでなにかが勢いよくぶつかり合う音がきこえた。たぶんリレナの額がまた地面にめり込んだんだろう。

『申し訳ありません!

 あの、その、それも申し訳ないんですがあと1回!クオンの魂を封じたあとも、あと1回だけそちらに干渉させていただきたいなぁなんて!思いまして!』

 くぐもった女神の声が響く。

「あと1回って、なに」

 小林さんが不機嫌に口をとがらせながら尋ねた。


『あの、その、……【ゲーム】、は、クオンの封印をもって終わっても、せめてリーゼロッテ様たちの、結婚式ぐらいは、お二方にも見届けてほしい、なぁ、なんて……』

 次第に声を小さくしながらリレナがそういった。

 俺と小林さんはぱっと目と目をあわせて、同時にうなずく。


「それは、ぜひとも見たい!見届けたい!なんなら祝福?とやらもしたい!」

「むしろ俺らからお願いしたいくらいだな。たのんだ、女神」

小林さんと俺が勢いよくそういうと、嬉しげな女神の声がきこえてくる。

『それでしたらば!私の力でお二方の魂を幽体離脱的なあれで、一時的にこちらの世界にお呼びしましょう!』

 ふんすふんすという興奮と気合いの感じられる鼻息とともに、女神の声が届いた。


「ふふふ、うん、よろしくー」

 小林さんは実にたのしげにそういった。

「安全に連れてって安全に戻してくれよなー」

 ポンコツ女神に俺たちの魂を預けることに若干の不安を覚えた俺は、釘をさしておいた。

『もちろんです!私の、リーゼロッテ様の、この世界の恩人であるお二方の魂、これ以上ないくらい丁寧に抜いて運んで戻しますよ!

 なんならクオンの魂で2つの世界をまたいでの魂の運搬、何度か練習しておきますし!』

 それは人道的にどうなんだ。

 いやまあ、諸悪の根元だし、浮気野郎だし、魂を練習台にされるくらいありっちゃありか……?


「じゃあ、リゼたんの結婚式に参列するためにも、明日にでもさっそく、邪神クオンの魂取っ捕まえにいこー!」

 小林さんはがばっと立ち上がって、実にたのしげにそう宣言した。

「おー」

 俺はソファにすわったまま、そう言って拳を突き上げた。

 邪神の魂を封じに行くというそれなりにシリアスな展開なはずなのに、もはや昆虫採集くらいのノリだなーなんて、思いながら。

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