第38話恋する乙女は、無敵

『逆ハーレムエンドと同じメンバー!底上げされたそれぞれの能力!おまけのリゼパパ率いる国の精鋭たち!これはもう勝ちしかみえない!!……っつうかこれやっぱりもはや弱いものいじめだな?』


「私のリーゼロッテに手を出そうとした罪は重い。オーバーキルでもまだ足りない……!」

 エンドー様の弱気な言葉にむしろ私が気合を入れて剣を構えながらそういうと、今日はその両の拳に篭手をつけたフィーネも力強くうなずいた。

「お姉様を苦しめて、あげくその体をのっとってやろうだなんてゲスなこと考えるような邪悪な存在、100回殺しても足りません」


『その意気です2人とも!負けることはありえませんがくれぐれも油断はせずに!全力でボコボコにしてやってください!!』

 コバヤシ様のお言葉に私とフィーネはうなずいたが、そんな女神の寵愛を一身に受けているリーゼは顔を赤くして怒ったような表情で叫ぶ。

「ジーク!フィーネ!

 こ、こんなときにあんまり恥ずかしいことをおっしゃらないでくださいますかしら!?だいたい敵はあの古の魔女なんですから、私云々ではなく、この国のために戦うべきです!!」


「もちろん、国も大事だよ。でも国のためというのなら、王太子わたしはむしろこんな最前線にいるべきでない。

 私は今は、ただ君の婚約者として、愛する婚約者を害されそうになって怒り心頭なただの男として、この場に立っているから」


「……っ!

 わ、かり、ました。殿下がそのおつもりならば、私は王太子の婚約者として、リーフェンシュタールの者として、その御身を守りましょう」

 私の言葉が、リーゼのなにかに火をつけたらしい。決意を新たにしたらしい彼女は、気合をいれるようにひゅんと槍を振り回しながらそういった。


『恋する乙女は、無敵ですからね!がんばれリゼたん!!』


「さあ、おいでませ古の魔女!殿下のお手を煩わせるまでもなく、返り討ちにしてさしあげますわ!!」

 コバヤシ様のお言葉と、リーゼの挑発が、ほぼ同時に、裏庭に響いた。

 それに呼応するように、裏庭の中心、神々が事前におっしゃっていた古の魔女の出現ポイントに、もくもくと煙が立ち上る。


『……白?あれ?魔女出現時の煙って白かったか?』


『いや、黒……。それももっとこう、どろっとでろっとしてて不吉な感じのモーションのはず……』


 エンドー様とコバヤシ様は、ふしぎそうな声音でそんなやりとりをした。

 たしかにわきあがっている煙は真っ白で、ところどころきらきらと金色の輝きが混ざっていて、どちらかというと神々しいような雰囲気だ。すっかり日が落ちて、事前に用意したかがり火があってもなお昼間のようには明るくない裏庭で、神秘的に輝いている。


「むしろさっきのレ……カールヒェンさんの方が邪悪っぽい出現の仕方だった気がする……」

 ぽつりとフィーネがつぶやいた言葉に私はうっかり同意しそうになったが、誰かの仮面越しの笑顔の圧に負けて曖昧に微笑んで首をひねった。

 いや、ふしぎなこともあるものだ。邪悪な古の魔女よりも正義の魔導師の方が邪悪だなんて、ありえないのに。


『出るぞ……!』

 そんな気の抜けたやりとりをする私たちの耳に、エンドー様のお声が響いた。

 煙は収束し始め、ひとつの像をつくりつつある。


 さぁっ……!


 一陣の夜風に煙が散らされ、その中心にいる存在のシルエットが明らかになる。

 やがてその中から現れた【古の魔女】は、


 【大いなる災厄】、【邪悪の黒】とも呼ばれ、幾度もこの国を、世界を、滅亡の危機に陥れようとした悪そのものは、


 土下座のような体勢をしていた。


「うずくまっている?」

「なんのポーズだ?」

「とりあえず殴ってみます?」

「特殊な魔法を発動させる準備か?」

「こちらを油断させる作戦かも」


 その場にいる全員が思い思いにがやがやとみんながそんなことを呟きながらも、みな戦闘の構えは崩さない。

 いや、なぜかアルトゥルだけが無言で、ぽかんとした表情で固まっていた。


『魔女の髪が白い……!?』

 エンドー様が驚愕のお声をあげた。

 たしかに伝承と神々のお言葉によると古の魔女は全体的に黒いということだったのに、実際にそこにいるそれは、輝くような、透けるように白い肌と神々しいほどのプラチナブロンドをしていた。

 息をのむほど美しくまっすぐな白金色に輝く髪が魔女の奇妙なポーズによって地面に広がっている様は私に謎の罪悪感をもたらすほどだ。

『なぜ2Pカラーみたいになっているのかは私にもわかりませんが、油断をしないでください』

 コバヤシ様のお声にうなずきながらも、土下座をしているように見えるものに切りかかることに抵抗があり、またまったく邪悪には見えないその存在に戸惑いを覚える私は、身動きが取れない。この場にいるほぼ全員が、そうだろう。


『おっとここでフィーネが動く!』


『なんかよくわかんないけどとりあえず一発殴ってみよーってところでしょうかね。

 あ、いやアルトゥルがそれに気がつき制止しようとしています……?』


 例外らしいその2人の動きを、神々が実況解説した。


「待ってフィーネちゃん!ダメだよこのお方は」「た、大変申し訳ありませんでしたぁー!!」


 魔女が、叫んだ。

 アルトゥルの言葉にかぶせるように、震える声で、けれどその場にいる全員にきこえる程度に大きな声で、古の魔女は謝罪の言葉を口にした。

 魔女はそのままその顔をあげると、黄金に輝く瞳で、まっすぐにこの場の代表者である私を見上げ、口を開く。

「抵抗の意思はありません!私は皆さま方に全面降伏いたします!

 ですので!平に!平にご容赦願いたくっ……!!」

 ゴスッ!

 そんな音がするほどに勢いよく、彼女はその額を地面に打ちつけた。


「わわわ、あ、頭をあげてください!!」

 アルトゥルは焦った様子で彼女に駆け寄ると、そう言いながら彼女を助け起こそうとする。彼が敬語を使うなど、珍しいことだ。

「いいんです!土下座だけでは足りません!私は古の魔女なんです!とっても悪いことをしたんです!

 そこのリーゼロッテ様にもひどいことをしようとして、だから100回、はさすがにこわいんですけど、そのくらい殺されても仕方なくて……!」

 彼女はそういいながらアルトゥルの手を振り払った。そんな彼女の様子にアルは困ったようにゆるしを請うように私を見上げるが、見上げられてもわけがわからない。


「どういうことだ?」

 とりあえずこの白いのは、白いけれども、たしかに古の魔女らしい。自分と同じ、伝承に残る創生の女神リレナと同じ色彩をもつその存在にやりづらさを感じながら、それでも警戒は解かずにそう尋ねた。

「……その、私は、リーゼロッテ様と、心を繋げていたんです

 私のさびしさとか、悲しさとか、悔しさとか、嫉妬とか恨みとか全部伝わって、同調してしまえばいい、って思って」

 魔女は震える声で、顔が見えないので断言はできないがもしかしたら泣いているのかもしれない濡れた声で、そういった。

 そのことは、知っている。神々からきいて、リーゼロッテに告白されて、知っている。


「なのに逆にしあわせ!とか嬉しい!とか、ジークヴァルト殿下大好き今日もかっこいいジーク好き好き好き好き愛してるみたいな感情がこちらに逆流してきて」「いや!やめ、やめなさいっ!!」

 リーゼロッテが真っ赤な顔で魔女の言葉をさえぎった。

「はいやめます!申し訳ありません!!」

 魔女は更に地面に額をめり込ませ、沈黙した。


『残念ながらリーゼロッテがジークのこと好きなのはみんなしってるんだなー』


『私たちも暴露してますし、わりとわかりやすい態度ですし、なにより最近たまにリゼたん自身がツンギレながら自白してますからね』


 エンドー様とコバヤシ様のお言葉に私が苦笑していると、ちらりと魔女が私を見上げた。

 するとリーゼも私を愛らしい涙目で見上げてきたので、私はリーゼににっこりと微笑みかけた。


「魔女殿、つづけて」

 笑顔のまま発したそんな私の言葉にリーゼはショックを受けたような表情になったが、魔女は嬉々としておしゃべりを再開する。

「はいつづけます!

 いやー、危うく私までジークヴァルト殿下に恋をするところでした!まさに『恋する乙女は、無敵』ってやつです!

 そのくらいしあわせーな気持ちと殿下への恋心でリーゼロッテさんは満たされていて、それに触れてるうちに私もなんかこう黒い感情が浄化されて、ほら見てください私の目!元の金色に戻ってるでしょ!?」

 魔女はそう言いながら、はっきりと顔をあげ、きらきらと輝くその瞳を私に示してきた。


「貴女の元の色など、しらないが……」

 私が困惑の声をあげると、魔女の横に膝をついたアルトゥルが、ため息とともに口を開く。

「間違いなく、元の色だよ。

 このお方、たぶんだけど、創世の女神リレナ様。……ですよ、ね?」


「わかっている人いた!そうですそうです私がリレナです!やだあなたみる目ありますねぇ!」

 アルに問われた魔女は、2人の言葉を信じるならばリレナ様は、喜びを全開にして、そうこたえた。

「これでも、神官のはしくれですので……。

 そんなわけで頭をあげていただかないと俺の罪悪感がマックス。抵抗の意思はないってことなんだし、せめて座っていただくことはできないか?」

 アルはリレナ様の言葉に謙遜を返すと、私にそう問うてきた。


『とりあえず、話を聞きましょう。古の魔女が創世の女神リレナ様でリゼたんのおかげで元に戻ったということは、わかりました。

 ではなぜそもそも古の魔女になってしまったのか、リゼたんを狙った理由、それからもしわかるのならば、私たちの声が王族とどうやらリレナ様にもきこえる理由……、そのあたりをすべて話してもらいましょう』


 コバヤシ様のお言葉にリレナ様を見る。そうだ、『恋する乙女は、無敵』は、コバヤシ様がおっしゃったフレーズだ。それを先ほど彼女は使った。


「かしこまりました。異界の女神、小林様。けれどどうぞ私のごとき愚かな大罪者のことは、リレナと、および捨てください。

 そうですね、まず、私たちがあなた様たちの住む世界を真似させていただいて、この世界を創ったところから、お話しましょうか」


 そうしてこの世界のすべて、あるいはエンドー様とコバヤシ様の住む異界のことまでをも知るらしい彼女は、全知全能の女神は、口を開く。

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