第37話仮面の男

 

 ラストダンスも、当然私とリーゼロッテはホールの中央でおどった。

 リーゼはすこし恨みがましそうな視線で私を見上げていたけれど、意に介さずに。

 リーゼの珍しい服装に女生徒たちはむしろうっとりと見とれていたので、そんな彼女たちに私たちの関係の良好さと息が合っている様を見せ付けるように。


『はー、眼福眼福。実にいいものを、見させていただきました。

 さて、そろそろですかね』

 満足げなコバヤシ様のお声のきこえた私がざっと会場を見回すと、まず同じくお言葉のきこえていたらしいフィーネと目があい、彼女はこくりとうなずいた。

 そしてフィーネと彼女の隣のバルドゥールが、そろって私とリーゼのもとへとやってくる。


「ファビアンくんとツェツィーリエ、それから将軍と残る騎士団員11名は既に裏庭の配置について、警戒にあたっております」

 私に手を握られたままのリーゼロッテは、冷静な声音でそういった。

 将軍が「部外者が会場内に立ち入るわけにはいきませんから」と強く主張したことから、舞踏会の開催途中から騎士団が裏庭で警戒にあたることは事前に決まっていた。

「ファビアン・オルテンブルク子爵子息も既にそちらにいっているのか?」

 そんな話はなかったはずと私がその点を確認すると、こちらにたどり着いたバルドゥールが口を開く。

「“ラストダンスをおどりたい女の子が裏庭にいるんだから、僕もそちらにいきたい”だそうですよ」


『は?イケメン』


『うわー将来有望すぎる。さすがはファビアンきゅんです』


 どうやらその2人もなかなかうまくいっているらしい。私は密かに安堵のため息を吐いた。

 よかった。リーゼとファビアンの関係に嫉妬する必要はもうなさそうだ。


「はー、あっちもこっちもバカップルか。やってらんねぇなぁおい!!」


 珍しく不機嫌な声音でそう叫んだのは、私の親友アルトゥル・リヒターだった。

 感謝祭は神事でもあるので今日は黒を貴重とした神官服に身を包んでいる彼は、そのストイックなイメージを与える服装とピンクゴールドに赤メッシュという派手すぎる髪とやさぐれた表情とが実にミスマッチだ。

「お前はあっちこっちとふらふらしすぎなんだよ」

 これでメンバーはそろったなと判断した私が裏庭へと歩みを進めながらそういうと、アルは駆け足で私の隣に並んできた。


「そんなこといったって世の中にかわいい女の子がいっぱいいすぎるんだもん!つかふらふらしたくてしてるわけじゃなくて俺だいたいフラれてるからね!?そこのリーゼロッテちゃんにもフィーネちゃんにもばっさりざっくりお断りされてるから!!」

 アルがそう言い訳をすると、リーゼロッテはゴミでも見るかのようなまなざしをアルにむけ、フィーネは「うわぁ……」とだけいってバルドゥールのかげに隠れた。


「私にもフィーネにも言い寄ったことがあるほどの軽薄さが、あなたのお相手が見つからない原因かと」

 リーゼロッテは吐き捨てるようにそういった。

「リーゼも私も互いに出会ってから10年以上、余所見などしなかったものね?」

 私がくすりと笑いながらそう言えば、リーゼロッテは言葉をつまらせ赤面し、アルは胸焼けしたように胸を押さえながら非常に嫌そうな顔をした。


『浮気、ダメ、ゼッタイ!』

 エンドー様はなぜか片言でそうおっしゃった。

『いいですよジーク。すきあらばリゼたんといちゃつく、その姿勢が魔女退治にとっても大切なことです!

 レオン先生を諦めざるを得なかったのは痛手ですが、これだけリゼたんの心が安定していればまず魔女などこわくありません!』

 コバヤシ様のお言葉に勇気をもらいながら、私はあらためて最愛の人の手を強く握りながら、決戦の地へと向かって行った。



 ――――



 いざ、裏庭に。

 その問題の現場に、『あと15分ほどですね』とコバヤシ様がおっしゃったころ到着すると、そこには既にファビアンと将軍とツェツィーリエ嬢を含めた12名の騎士がそれぞれの配置について、隙なく武器を構えていた。

 私たちも、あらかじめ決めていたそれぞれの持ち場へと散開し、各々の武器を構え、アルだけは若干やさぐれていたが気合を入れる。


 しゅるり、と。


「おや、間に合ったようですね」

 闇から、一人の仮面を付けた男が、そんな言葉とともに現れた。

『なんだ今のどっから出た!?』

 エンドー様がそう驚愕の声をあげたが、私にもわからない。一切の予兆も気配もなく、宵闇の中から浮かび上がってきたようにしか見えなかった。

「貴様、何者だ!?」

 中年とみられる騎士の1人が、威嚇するような声音でそう問うた。

 その言葉に首をかしげている仮面の彼の身長は175センチ前後といったところだろうか。細身で髪は栗毛。

 けれどそれよりもなによりも、異質で特徴的なのはその仮面。

 顔面の上半分を覆いつくすような、真っ白なネコを思わせる仮面をつけたに、彼を騎士の幾人かは警戒心をあらわにしている。

 だが、私たち学園生と、騎士の中でも年若いものたち、おそらくここ数年でこの学園を卒業したと思われる方々は、あからさまに困惑していた。


「僕は……、そうですねぇ……。んー、カールヒェンと呼んでください。残念ながら、ネズミじゃなくて猫なんですけど」

 彼は、口元だけでもはっきりとわかるくらいあまりにいつもの通りの笑みで、あまりにも聞き慣れた声で、どこかのんびりとそういった。


「いやいやいや!そのうさんくさい笑顔と仮面越しでもわかる糸目はどうみてもレ」「いったい、だれなのか、さっぱり、わからない!!」

 核心を突く言葉ツッコミを口にしようとしたフィーネの言葉を、私は腹の底からの声でさえぎった。

 途端、この場の全員の視線が私へと向く。


 なにいってんだこいつ。


 学園生の、彼の正体を察している面々の視線は、みな雄弁にそう語っていた。

 目は口ほどにものをいうとはまさにこれだというくらい、はっきりと全員そういっていた。他の、彼を知らないらしい方々は、はっきりと困惑していた。

 わかっている。私だって彼がレオン先生であることぐらい、いくらなんでもわかっている。

 なんでせめて顔をすべて覆うかたちの仮面じゃないんだ。なんでネコだ。ネズミってなんだ。とか、色々と問いただしたいことはあったが、けれどそのすべてを飲み込んで、私はあえて、彼が何者であるかわからないと、表明したのだ。


 以前コバヤシ様がおっしゃっていた。『レオン先生は、その実力を知られるわけにはいかない事情がある』のだと。

 そして、先ほどの彼の出現の仕方。あれをみただけでもわかる。あんなことをレオン・シャッヘという人間ができてしまうことが判明すれば、間違いなく彼は殺される。


 だから私は、全力で道化を演じる。この場で1番の権力を持つものの責任で、茶番を演じきる。


「私が、他ならぬ、、わからないと、言っているんだ。それとも、貴殿らは私の目が節穴だといいたいのか?

 私を侮辱したい者だけが、相応の覚悟をもってして、王太子たる私に反論しろ!!」

 私がひとりひとりを強くにらみつけながら、ゆっくりと、はっきりとそう告げると、一同得心がいったような表情へ、あるいは得心はいかないがそれでも詮索を諦めたような表情へと変じていった。


「いやー、私も、彼が誰なのか、まったくもってわかりませんな!」

 この場で2番目の権力者、リーフェンシュタール侯爵あるいは将軍が、笑顔で同意をしてくれた。よかった。

 彼がそうしてくれれば、これから先カールヒェンさんレオン先生がなにをしようとも、それは誰も知らない誰かがやったことだ。少なくとも騎士団員の口から秘密が漏れることはない。


「そうだろう。いや、きっとカールヒェンさんは、【古の魔女】という大いなる邪悪の気配を察知し駆けつけた、通りすがりの正義の魔導師であろうな」

 私が少し安堵しながら念をおすように茶番を続けると、将軍は心得た表情でうなずきかえしてくれている。

「そうですな!誰なのかはさっぱりわかりませんが、カールヒェン殿はきっと信頼の置けそうな、なんというか実に頼もしげな御仁ですな!」


 私と将軍のこの茶番劇に、周囲の人間はぽかんとしたような、あるいは困惑したような表情を浮かべている。しかし、1人だけ、その仮面からでた口元をおさえ、肩を震わせている人物がいた。


「く、くふっ、ふふふっ!いや、殿下は、いい子ですねぇ」

 堪えきれない笑いを堪えようとして失敗しながら、彼はそういった。

『なるほど。王太子の威光をごり押ししてかん口令をひき、レオン先生は正体不明の正義の魔導師として参戦してもらうわけですね』

 感心したようにコバヤシ様はそうおっしゃったが、よりにもよって張本人である自称カールヒェンさんに笑われた私は、顔から火が出そうなほどに恥ずかしかった。

 とっさのこととはいえ、我ながらあまりにつたないやり方だった自覚はある。ものすごく恥ずかしい。

『逆ハーレムフルメンバーがそろった!これはもう勝ちしか見えない!!』

 エンドー様が嬉しげな声音でそうおっしゃり、私は少し気持ちが楽になる。そう、勝利のためには、リーゼロッテとこの国を守るためなら、さっきくらいの茶番など、なんでもない。と、思っておこう。


『しかし、なぜ彼が自主的に参戦なんかしてくれる気になったのでしょうかね?』

 コバヤシ様の疑問に、私も首をひねる。彼がここまでのリスクを犯す理由など、私にはわからない。


「ふふふ、そう、僕はカールヒェン。とあるお姫様の……、仲間、ですかね?まあ、たぶん、仲間、あるいは代理もしくは弟子として、全力で【いたずら】を、しに来ました」

 ようやく笑いのおさまってきたらしい彼は、にっこりと微笑みながら、なぜだかフィーネをまっすぐに見つめて、そういった。

 今日のパーティで、そのドレスを身に纏った姿を、彼女の母を知る世代の教職員から【妖精姫の再来のようだ】と評されていた可憐な少女は、ふしぎそうに首をかしげた。

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