第39話■■■■■

 最初は、ひとつだった。

 のちにふたつにわかれたその力あるひとつのモノは、混沌の中をただよい、やがて気がついた。


 自分が、そこにいる。

 そしてこの世界を、育てる義務がある。


 そう、己の存在と使命を自覚した瞬間。ソレが次に感じたものは、孤独。

 ソレは自分が絶対であることを理解した。ソレは自分が神であると自覚した。ソレは故に自分が孤独であると痛感した。

 だから、ソレは、一対のふたつにわかれた。そしてふたつは、支えあい、力を合わせて世界をつくることに決めた。


「この世界は退屈だ。私たちと会話ができるような存在がほしい」


「知的生命体がほしいの?でもそれを創造するのは、とても難しいよ。

 たくさんの時間が必要だろう。そして絶対にできるとも限らない」


「それならどこか、よその真似をすればいい。似たような生き物を、つくろう」


 そんなふたつの意思にしたがい、この世界はできた。

 をモデルにして、大地を、海を、空を創り、人間も、同じようなものを創ろうとした結果。それが、この世界。


「私たちは、この世界の、父と母になろう」


 人を生み出すと決めた瞬間、ふたつの片方は女神リレナと、もう片方は男神クオンと、どこかの人類とよく似た姿に、自分たちを定義した。白金の髪と金色の瞳の、光そのもののような美しい男女になった。

 それからふたつは、愛しあった。様々な生命がふたつの子として生まれた。

 他の生命を食わずに増えることができるもの、空を飛ぶもの、力が強いもの、爪がするどいもの、毒をもつもの、増えるのがはやいもの……。

 たくさんのなにかが生まれ、強みがあるものだけが生き残り、そしてやがて、ふたつとそっくりな姿の【人】が生まれた。


「ああ、よく似ている」


 自分たちの姿に、どこかの人類とそっくりな姿のそれらに覚えた感情は、愛情。ふたつとも同じ気持ちのはずだった。

 けれど、クオンは、間違えた。

 愛し合うはじめの人の男女をみた彼は、、願ってしまった。

 はじめの人間の女エーファを自分のものにしたいと、望んでしまった。


「もう片方は、邪魔だな」 


 男神は傲慢にも自分の感情のままに彼女の対である存在を、はじめの人間の男アーダムを、殺した。

 けれど、一度確かにそこにあったものを、なかったことにはできなかった。

 エーファは彼を忘れなかった。生涯彼の死を嘆き、悲しみ、神にどれほど愛されようと、彼女がクオンを愛することも、神に笑いかけることすらもしなかった。

 エーファはそのまま生涯彼女の夫と2人の間の子どもだけを愛して、死んだ。


「僕は、愛されたかった。それだけなのに」

 クオンは嘆き、悲しみ、そんな彼に、彼の半身であるリレナはよりそった。

「私が愛してる。あなたのことは、私が誰よりも愛している」

 けれど女神がどれほど愛を告げても、クオンはそれを拒絶した。


「リレナは僕だ。僕はリレナだ。僕らはもともとひとつの存在。

 そんな君に愛しているといわれたところで、いったいなんの意味があるの?

 僕は、選ばれたい。エーファに、選ばれたい。たくさんの可能性の中から、無数の選択肢の中から、選ばれたい。

 選ばれて、……愛されたい」


 クオンのそれは、恋だったのか、愛だったのか、はたまた神の力をもってしてもままならない人の感情に対する、ただの執着だったのか。

 そんな神の強い感情を向けられたエーファの魂は、この世界の中を幾度も輪廻転生する運命を背負わされた。

 うまれて、育って、愛して、死んで。けれど、幾度やり直しても、彼女は神を愛さなかった。

 対となる存在以外の人間を愛したこともあったが、神のことだけは、愛さなかった。

 それははじめに自分の対を神が殺したからだろうか。それは神が傲慢だったからだろうか。それは単純に神と人との感覚のちがいからだろうか。一向にエーファに愛されることのなかった神は、やがて決意した。


「それならば、僕も人間になろう。人間になって、次こそ彼女に、愛されよう」


 そういってクオンは、神としての自分を殺すことを、選択した。

 けれどリレナは、それだけは許せなかった。自分の一対である、唯一対等である存在の消失など、彼女は許容できなかった。

 だからふたつは、争った。

 元々ひとつで、ずっといっしょだったはずのふたつは、そのそれぞれが愛と呼んだ感情ゆえに、敵対した。


「僕を殺してくれて、……ありがとう」


 結果は、そういって微笑みながら死んだ、クオンの勝利だったのだろう。

 世界を創った神の片方クオンはこの世界の歴史からすらもその存在を消し、片方を失ったもう片方リレナは、狂った。


 嫌だ

 嫌わないで

 好き

 他の誰かなんかみないで

 あの子が憎い

 私の光を盗らないで

 好き

 私のものなのに

 憎い

 愛してる


 だからこそ


 ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ■■■■■


 ワタシを捨てるなんて、■■■■■。


 リレナはクオンがいてくれていたから抑えこめていた感情に、ずっと耐えてきた苦痛に、飲み込まれた。

 光そのもののようであったはずの彼女は黒く染まり、自身が生み出したこの世界と、敵対した。

 クオンを失った悲しみをぶつけるように、クオンの心を奪った存在エーファに連なるものを消し去るように。この世界に呪いをふり撒いた。

 人を襲うモンスターを生み、災害を巻き起こし、人心を操り争わせ、そして彼女は【大いなる災厄】【邪悪の黒】と呼ばる存在になった。


 半身との争いで力を失っていた彼女は、人類が力を合わせれば打ち倒すことができた。

 けれど彼女は、この世界の母。

 幾度もこの世界そのものから力を得て、ときには奪い取って、復活して、幾度も世界を混乱に陥れた。そうして長い年月を重ねるうち、やがて彼女は【古の魔女】と呼ばれるように、なっていた。

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