第17話話はきかせてもらった!

「え。……フィーネちゃん!?どうしたの綺麗なドレス着てお肌もつやつやでむしろ元気そう!

 リーフェンシュタールのお嬢様にいびられてるんじゃなかったの!?」


「ドレスはリーゼロッテ様が私くらいの身長の頃に着ていたというものを大量にくれたし、ここに来てから毎日いいものを食べさせてもらっているの。

 リーゼロッテ様はいびりだいじめだなんてひどいことはできない心優しい人だし、私たちはお友だちだから!」

 自らの母らしき女性に詰め寄られたフィーネは、怒ったような表情でそう言った。


『リーゼロッテの口もとがによによしているー!』


『ここ最近フィーネちゃんと仲良くなれて本当に嬉しそうでしたからね。よかったねリゼたん!

 ちなみにドレスはおさがりを仕立て直したものと新品とが2対8くらいであることはフィーネちゃんには秘密なんだそうです』

 神々のお言葉に静かにリーゼロッテへの萌えをたぎらせていると、ふいに侯爵が真剣な顔でフィーネに歩み寄っているのに気がついた。

 私も、他の誰も、目に入っていないかのように。ふらふらとフィーネの元へと歩み寄った侯爵は、口を開いた。


「……失礼。君、年齢は?」


「えっと、15歳、です、けど……」

 フィーネは、少しおびえたような表情でそう答えた。

「そうか。……そうか。やっぱり、そうなのか。ああ、目が同じだ。同じ、空の色だ。

 はじめまして、お嬢さん。私はブルーノ・リーフェンシュタール。

 リーゼロッテの父で、君のお父さん、……の、弟だ」

 侯爵は、今にも泣きそうな笑顔でそういった。


『フィーネちゃんの父は侯爵の兄、16年前に死亡したアウグスト・リーフェンシュタール。

 母は……、つまり先程まで大暴れしていたあちらのご婦人は、エリーザベト・元マルシュナー。かつてマルシュナー公爵家の妖精姫と呼ばれていたお方です』


 ……アレが?


 コバヤシ様の言葉を疑うわけではないが、告げられた事実のあまりの真実味のなさに、反射的にそう思ってしまった。

 妖精姫といえば、その妖精のごとき儚げな美貌と彼女の婚約者であったアウグスト・リーフェンシュタールとの悲恋により、いまだに社交界で話題になる人だ。

 信じられない気持ちで私が彼女を見つめていたら、その視線に気がついたらしい彼女がこちらを見た。

 すると彼女はふわりと花がほころぶように微笑み、優雅に礼をする。そのはかなげな美貌と洗練された動きは、たしかに妖精姫と呼ばれたその人のようで、けれど先ほどまでの言動とはまったくの別人のようで、私は静かに混乱した。



 ――――



 侯爵、フィーネ、エリーザベトさん、私。

 なぜかこの4人でこの奇妙な状況の整理をすることになり、リーフェンシュタール家の応接間へと通された。

 まずアルトゥルがリーゼロッテの妹たちにこちらの案内を頼み4人が離脱。次いでアルの監視のためにリーゼロッテもついていくことになってしまった。私もそちらについていこうかとしたのだが、リーゼロッテに自分の代わりに話を聞いておいてくれと頼まれてしまったので仕方なしに残った。


わたくしは娘のフィーネがリーフェンシュタールにさらわれたと思い、こうしてこちらに馳せ参じましたの」

 庶民の着るような簡素な動きやすい服装のエリーザベトさんは、それでもどこか優雅にそう言った。

「義姉上、猫かぶりをしても今さらです。

 正確にはフィーネさんを奪還しに城壁を超えて侵入した、でしょう」

 全然優雅ではなかった。侯爵の指摘を受けたエリーザベトさんは、妖精姫の仮面を被ることを諦めたのか、軽く肩をすくめてからソファーにぽすんともたれかかる。


「そこで侵入に気がついた下の娘たちが賊として捕らえようと追っていたところに、私が帰宅。

 追われている者が兄嫁だと気がつき、先ほどの騒ぎになったということです。殿下にはお見苦しいものをお見せしまして、まことに申し訳ございません……」

 そういって侯爵は私にむかって頭を下げた。いや、私はただ個人として遊びに来ていただけだし、むしろフォローは恥ずかしげに顔を覆って小さくなってしまったフィーネにこそ必要な気がする。いやどうフォローしたものかはわからないが。


「ええと、フィーネさん、君のお父さんは、侯爵位は継がなかったのだけれども、私のすばらしい兄だったんだ。

 うちは姉上、兄上、姉上、私、弟の5人きょうだいなのだけれども、なんというか、いちばん穏やかで心優しいのは、兄上、つまり君のお父さんだった」

 侯爵がフィーネにそう優しく呼びかけると、フィーネは指の隙間からちらりと侯爵を見上げて、その言葉に耳を傾けている。

「ただ体の弱い人で、リーフェンシュタールの当主……、どころか、成人まで生きられるかどうかといわれていてね……」

 そういって侯爵は、寂しげに肩を落とす。

 大変に仲のよい兄弟……、というか、侯爵が若干ブラコンをこじらせていたというのは、父に聞いている。たしか元々は兄を守るためにその剣の腕を磨いた、だとかなんだとか。


「それで、私の実家、マルシュナー公爵家はアウグスト個人と婚約させたのではなくて時期当主と婚約させたのだから、ブルーノの方と結婚させろだのなんだのごねにごねたのよ。

 ブルーノがヨゼフィーネちゃんと結婚してもまだ諦めなくて、私がキレていやもう結婚できなくてもいいアウグストの子どもが欲しいって、……娘に言っていいことじゃないわねこれ。

 とにかく私ってば、未婚の母になってやったの。まあ、妊娠に気がついたのは、アウグストが亡くなってからだったんだけど。

 これがバレたらマルシュナーはめっちゃ怒って私ごと殺すだの赤子だけでも殺すだのいいそうだったから、私はどうせ怒らせるなら同じこととばかりに実家の貴金属を盗み出して逃げたのね。

 それが、“都のものすごく偉いお貴族様をものすごく怒らせたことがある”ってやつ」

 エリーザベトさんは淡々と、フィーネにその事実を告げた。

 先ほどから侯爵はエリーザベトさんを兄嫁として扱っているが、たしかにマルシュナー公爵家の手回しにより2人の婚姻届が握りつぶされたという話は、私もきいたことがある。そしてその家に引き裂かれた悲しい恋人たちの片方は死に、片方は失意のあまり失踪したという物語は、いまだにあちこちで語り継がれている。


「なぜ……、なぜお逃げになったのです!兄上とその妻子の敵など、リーフェンシュタールのすべてでもって殺し尽くしてやりましたのに!!」


「だからよ!公爵家と侯爵家の全面戦争なんて、しゃれにならないじゃないの!」

 侯爵が激昂したところ、即座にエリーザベトさんは反論した。


「んもー、よく考えて?

 自分がそんな争いの火種になったら、フィーネちゃんはどう思う?私は?なによりアウグストは?

 この家の人間だって全員無事でいられた?

 まだ幼い娘……、ちゃんたちは、もう、だいぶ、たくましく育ったみたいだけど。ほら、あのー、ヨゼフィーネちゃんとか、戦えないじゃない?

 そういえばヨゼフィーネちゃんはどこなの?」

 エリーザベトさんは諭すようにそういいながら、先ほどまでの妹さんたちの動きを思い出したのか、次第にしどろもどろになりながらそう尋ねた。


「……妻は今は山のアトリエに籠ってます」

 どこか不満げな表情のまま、侯爵は答えた。

 侯爵の妻であるヨゼフィーネ・リーフェンシュタールは、画家だ。

 子爵家の出身ながら彼女に姿絵を描いてもらうことがステータスになるほどの高名な芸術家でもある彼女は、侯爵夫人となったときにも、最近になって侯爵夫人としての仕事を長女のリーゼロッテに任せて絵の道に戻ったときにも、まあ彼女ならば仕方ないだろうでゆるされてしまっている。


「ああ、またインスピレーションがわいてきちゃったんだ?」


「いえ、暑いからです。秋まで人里には降りてこないんじゃないでしょうか」


「…………。

 で、で、まあ、とにかく!少なくともこの子が小さいうちは私もこの子も表に出ない方がいいと、隠れていたというわけなんですよ!」

 エリーザベトさんは、あからさまに話題を反らした。私もきかなかったことにしよう。


「ところが、去年、とうとう家の人間に見つかっちゃってね。フィーネちゃんといっしょに殺されかけて、でもフィーネちゃんは強くて、ほぼ自力で勝ってみせてくれた、のよ」

 庶民であるにもかかわらず魔法を使うことができる奇妙な少女の存在が発覚するきっかけとなったあの事件は、たまたま頭のおかしい暴漢に襲われたということではなかった、ということか。


「フィーネちゃんなら大丈夫。むしろ私がいっしょにいたほうが、足手まとい。そう思えたから、フィーネちゃんは学園に保護してもらうことにしたの。

 あそこなら、いくら公爵家でも手出しはできないし」

 まあ、私が供の者も連れずに1人で歩き回ることができる程度には、学園は外部から隔離されていて生徒たちは保護されている。エリーザベトさんの言葉はもっともだ。


「あと、フィーネちゃんが学園に通っている間にうまいこと誰かフィーネちゃんを囲い込んで保護してくれる男の子でも捕まえてくれないかなーって」


「……え!?」

 ぽつりと続けられた言葉に、当のフィーネは非常に驚いている。

 そんな娘を見たエリーザベトさんは、ふうとため息を吐いてから、静かに続けた。

「いやだって、あの家は私とフィーネちゃんを殺してにするか、それが簡単にはいかないとわかったら逆に利用しにかかるわよ。それこそ、政略結婚の駒にでもする、とか。

 横槍が入る前に、選択肢のあるうちに、誰かと恋をして、そして結婚してしまってくれればな、とは、私の勝手な願望なんだけど、さ」


『おやー?ちょうど保護してくれる男の子とやらに、心当たりがある気がする!』


『バではじまってルで終わる、ちょっと残念な彼との恋がうまくいけば、すべて丸く収まるというわけですね。

 まあ、別に彼でなければいけないというわけでもないですが、個人的にはオススメです!』


 そんなエンドー様のお声と、コバヤシ様のお声が、届いた。

 届いた、と、いうことは。


「では、フィーネさん。とりあえず、私の妹に、おなりなさいな」


 そう言いながら、実に優雅に、リーゼロッテが応接間へと入ってきた。そして彼女が通過する扉を、アルトゥルが抑えているのが見えた。

 怪我こそしていないか、治したのだか。一見普通の顔をしているアルは、なぜか衣服がボロボロだった。そしてリーゼロッテの従者のような振る舞い。


 つまり、教育的指導でも、されたのだろうか。

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