第16話もしかして私

 

 あ、そうだ。リーゼロッテに会いに行こう。


 地方を視察中にふとできてしまった暇な三日間。

 そこがリーフェンシュタール領まで半日足らずで行ける距離であると気がついた私は、急遽予定を変更し、婚約者に会いに行くことを決めた。

 “明日、そちらを訪問させてほしい。公的なものではなく、私個人がプライベートでそちらに遊びに行くことを、許可してくれないだろうか”

 そんな急すぎる申し出だったが、一応は了承の返事が帰って来た。

 まあ、プライベートとはいえ、私は仮にも王族なので、どうしても従者や護衛はついてきてしまうのだが。

 ついでに、どう考えても単に神官の仕事をサボるために私を言い訳に使っているとしか思えない友人アルトゥルも、従者面して私についてきた。

 そうしてたどり着いた婚約者の住まいでは、リーゼロッテとその友人で客人のフィーネが私たちを出迎えてくれた。


「先触れが前日だなんて、あまりにも急過ぎますわ。

 王族が動くということがどれほど周囲に影響を及ぼすか、殿下はご存じだと思ってましたのに……」

 リーゼロッテは、挨拶のすぐ後、実に不機嫌にそう言った。


『いやいやむしろやっときたぜ殿下ぁ!声が届くってすばらしい!』


『知らせを受けてからリゼたんは掃除と料理の手配だのスキンケアだのドレスの選定だのとせわしなく動いておりましたからね。

 王族云々というより単に好きな人が遊びに来てくれるんならもうちょっとちゃんと準備がしたかったということでしょう。

 ただ我々としては急でもなんでもジークが来てくれたことがめっちゃ嬉しいです』

 エンドー様とコバヤシ様はそう言って歓迎の意を示してくださったが、リーゼロッテは不機嫌、というかすねたような表情のまま、言葉を続ける。


「父も先日から領内に入ってはおりますが、その直後から城から離れた地方まで視察に行っておりまして、お出迎えに間に合いませんでしたの。

 そのことについて謝罪はいたしますが、先に無理を通したのは殿下ですから」

 リーゼロッテはそう言って私を睨み付けた。けっこう本気で怒っている気がする。まずい。


『リーゼロッテは今朝4時起きでお風呂に入って肌を整え髪を巻き化粧をしてと涙ぐましいほどの努力をわくわくそわそわとして今に至ります。多少の嫌味は甘んじて受け入れてください』

 コバヤシ様がそうおっしゃったことで、私はひっそりと安堵のため息をもらす。

 確かに悪いことをしてしまったが、本気で嫌がられたり見限られたりということでは、ないらしい。


「すまなかった。急遽できた暇だったのだけれど、どうしても貴女に会いたくなってしまったんだ。

 今日のリーゼロッテも綺麗だよ。こうして貴女が出迎えてくれただけで、私は満足だから」

 そう言ってリーゼロッテの手をとりその甲に口づけたら、リーゼロッテは真っ赤になって沈黙した。勝った。


『クリティカルー!これにはリーゼロッテもツンを忘れてただときめくことしかできないー!』


『いやー、ジークもすっかりリーゼロッテの扱いがわかってきましたね。実に頼もしいことです。

 いいぞ!もっとやれ!』


 お二方の言葉とリーゼロッテのかわいい反応に気をよくしていたら、ふいにアルトゥルが、私の視界のはしで動いた。


「フィーネちゃーん、ひさしぶり!

 そろそろこのバカップルはほっといて俺のこと案内してくれる?

 リーゼロッテ様の妹ちゃんたちってめっちゃ美人なんでしょ?どこにいるの?」

 従者ごっこは飽きたらしいアルは、そう言ってフィーネの手をとろうとして、リーゼロッテが魔法で飛ばした水にその伸ばした手を叩き落とされた。

 言われてみれば、妹さんたちはどこだろう。侯爵について地方に行っていたのだろうか。


「うちの妹たちに近づかないでください」

 そう言ってリーゼロッテは絶対零度の視線でアルトゥルを睨み付ける。

 もしかしたらアルトゥルがいるので、侯爵が帰るまでは下の娘たちは表に出さないことにしたのかもしれない。

 あの子たちはまだ決まった婚約者がいない。遊び人のアルトゥルに言い寄られて、万が一があっては困るということだろう。


「なんで俺そこまでお姫様に嫌われてるかな……。

 俺、伯爵にはなれないけど、神殿ではそこそこのぼりつめる予定よ?将来有望よ?」


『そのチャラさがいけないと思います』

 アルは悲しげに首をかしげたが、すかさずコバヤシ様がつっこんだ。おっしゃる通りだ。


「神官の妻になるには、妻当人も神官にならなければいけませんでしょう。

 リーフェンシュタールの娘が剣を捨てることなどあり得ません」

 リーゼロッテはきっぱりとそう言った。

 アルトゥルをこきおろさないですませるだなんて、私の婚約者は実に優しい。


「ま、そりゃそうか。

 じゃあ、フィーネちゃん、俺と結婚しに神殿おいでよ。刃物は駄目だけど殴るのは問題ないからさ」

 アルはあっさりとリーゼロッテの妹たちを諦め、フィーネに笑顔で自分を売り込んだ。

 神官になるには色々と制限が多いが、確かに自分や誰かを守るためであれば、暴力自体は否定されていない。


「……たしか、神官って、肉食駄目でしたよね?」

 なにやら考え込んでいた様子のフィーネは、ふいに真剣な表情でそう尋ねた。


「完全にダメってわけでもないよ?

 見習い修行の1、2年くらいと、あと神官位とった後は年に1ヶ月くらいダメな時期あるだけで」「無理ですお断りします」


 フィーネは間髪いれずに即断し、アルトゥルはその言葉にうなだれている。


「……そんな理由で断られたのは、さすがの俺もはじめてだよ。

 なんで俺こんなフラれるかなー。そこそこみてくれはいいと思うし条件だって悪くないんだけどなー」

 アルトゥルがそう言って、肩を落とした瞬間。


「もごー!もがー!ぐがー!!」


 人のうめき声のようなものが、聞こえてきた。

 その異常事態に即座に私の護衛についてきたものたちが私たちをかばうように前へと出た。

 私がアルトゥルと並んでかまえていると、フィーネがリーゼロッテと自分に強化をかけながら互いの背中を任せているのが見えた。ずいぶんと仲良くなったようだ。


「リーゼロッテ!たのむ手伝ってくれ!!」

 騒ぎの中心は、侯爵だった。

 見れば妹さんたち3人がかりで小柄な女性を捕縛していたのだかしようとしているのだか、とにかくもみ合いながらこちらへとむかって来ている。

 侯爵はその女性に直接触れることをためらっているのか、すこし離れたところでおたおたとしている。

 しかし小柄な女性の暴れっぷりがひどい。猿ぐつわを噛まされ両腕を後ろ手に縛り上げられながら、長いローズブロンドの髪を振り乱して暴れに暴れ、その拘束はいまにも外れ、あ、外れた。外れそうだったが今まさに外れた。

 両腕の拘束が外れ、続いて自由になった手で猿ぐつわが解かれた。


「娘はどこなの!?」「だからこっちにいるっていってます!」「暴れないで!」「逃げようとするのをまずやめて」「フィーネちゃん!どこ!!」「なんでこのおばさんこんな暴れてんの!?」「わかんないけどパパが確保しろってんだからとにかく確保!!」「気絶させた方がよくない?」「怪我はさせるな!」「フィーネちゃーん!」


 ぎゃあぎゃあと、もはや誰が何を言っているのかすらわからない騒ぎだ。

 侯爵が、女性が、リーゼロッテの妹たちが、口々に叫んでいる。


 ふいに、護衛たちの隙間を抜けて、フィーネが前に出た。


「……ママ?」


 フィーネがぽつりとそう言った瞬間、女性はぴたりと暴れるのをやめた。

 一同の視線が、主人公の少女フィーネと、ママと呼ばれた女性に集まる。言われてみれば、似ている。


『これで、役者は揃いました。

 とか、かっこよく言いたかったんですけど。こんな揃い方をするとはさすがに予想外でした』


 女神コバヤシ様の理解の範囲すらこえていたらしいこのわけのわからない事態を、まとめなければいけないのって、もしかして私なんだろうか。


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