第18話こうしましょう

 

「リーゼロッテ様の、いもうと、ですか……?」


 フィーネはわずかに頬を紅潮させながら、リーゼロッテにそう尋ねた。


『なにやら誤解が生じている気がするー!?』


『スール的ないしエス的な意味での妹というわけでは、ないと思うのですが。いやでもそういえば百合ルートもありましたねこの2人』


 それは聞き捨てならない。

 神々の声に危機感を覚えた私は、あやしげな雰囲気をかもしつつある2人の間に割って入った。


「それは、フィーネ嬢のことをリーフェンシュタール侯爵家の養女として迎え入れる、という意味であっているかな?」


「ええ、そうですわ。

 ねえ、お父様。お父様の大好きなおじ様の娘が、この家のあとを継いだらステキだと思わない?」

 私がリーゼロッテに尋ねると、リーゼロッテは自分の父に、そう問いかけた。


「この上なくいい、とは思う。本来ならばこの爵位は、兄上が継ぐべきものだった。

 しかし、その、女性の身で爵位を継ぐということはなくはないが、ああ、誰かを婿に迎えるということか?いやうちにはバルドゥールもいるし……、いずれにせよヨゼフィーネたちにも相談してから決めないと……」

 侯爵がもごもごと曖昧な返答を返すと、リーゼロッテは厳しい表情で侯爵睨み付けた。


「そのバルドゥールが、現在フィーネさんに言い寄っているんです」


 リーゼロッテがぴしゃりと断言した言葉に、私は静かに驚愕する。

 知らなかった。

 以前にそんなようなことを神々はおっしゃっていたが、バルドゥールが既にフィーネ嬢に惚れ込み、しかも言い寄るだなんて、あまりにも彼のイメージとかけ離れていて想像すらできない。


「まだ恋人関係にはありませんから、今すぐに2人を婚約させることは、難しいでしょう。

 ですが、速やかにフィーネさんをわが家の跡取りとして迎えると宣言してしまわなければ、フィーネさんの命や貞操が危険にさらされます。

 バルドゥールは愛するフィーネさんのためであれば家督などよろこんで譲るでしょうから、さっさと話をまとめてしまいましょう」

 リーゼロッテが自信満々にそう断言した言葉は、妙な説得力があった。


『いえそれはただの推測……、いや、私たちの知識と照らし合わせても、バルドゥールはフィーネのことが好き、だとは、思うのですが。本人の口から語られたわけでもない段階でそう断言するのは、どう、なんでしょうか……』

 コバヤシ様は珍しく歯切れの悪い表現をなさった。


「フィーネさんをバルドゥールが口説き落とせればそれでよし、それが叶わなければアレの実力不足。そういうことですよ。

 まずはフィーネさんを、次期侯爵夫人となる存在として、本家の養女に迎えましょう」


「……それも、そうだな。バルドゥールをそこまで軟弱に鍛えたつもりもない。

 もしフィーネさんが誰か別の男性と結婚しても、分家の者として補佐に入らせればよいか」

 侯爵がリーゼロッテに同意した。

 フィーネもエリーザベトさんですらも、驚愕に目を見開き、固まっている。


「負け犬など、ただのいち騎士いち配下としての扱いを受けるだけで、十分かと。

 フィーネさんをよその男にかっさわれるような間抜けを、私のいとこがやらかすとは思いたくないですが、ね」

 リーゼロッテは、冷淡な笑顔でそう言った。


『かっこいいぞ、リーゼロッテ!』


『いやぁ、いい悪役っぷりですねぇ!わっるい笑顔にきっつい言葉!実に見事な悪役令嬢です!

 けれどその裏にはフィーネちゃんへの愛情とバルドゥールへの信頼があるかと思うと……、たまりませんね!やっぱりリゼたんが私の最推しです!!』


 リーゼロッテの言葉に、私とエンドー様とコバヤシ様は感動に震え、彼女の父は苦笑しながらうなずいた。


「では、フィーネさん、私の娘になってくれるかい?」

 侯爵は、あらためてフィーネにそう尋ねた。

「え、いや、あの……、わ、私は、これまで庶民として、生きてきて、お父さんのことも、知らなくて……。

 それに、私が私生児であることには、かわりありませんし!」


 フィーネは焦ったようにそういうと、リーゼロッテが静かに彼女の後ろに侍るアルトゥルに、呼び掛けた。


「アルトゥル・リヒター」


 ただ、リーゼロッテがアルの名前を呼んだ。それだけで。

 アルトゥルははじかれたように背筋を伸ばし、口を開いた。

「はい!婚姻といえば神殿!

 16年前にフィーネちゃんのご両親が神の前で結婚を誓いあったという記録を、必ずや姫の妹様のために見つけ出してみせます!」

 どうしたアルトゥル。

 ぴしりとこたえた彼の、あまりの変貌ぶりに若干の恐怖を感じつつも、なるほどアルトゥルであればどうにかできるな、と、思い至る。

 リヒター家、具体的にはアルトゥルの大叔母が、この国の中央神殿の現在のトップだ。他にも神殿内には一族が多数いる。

 アルトゥルが見つけるといえば、ないものも見つかる。……つまりは、捏造、だが。


「……国の方の記録も、いやもしかしたら古いものなので曖昧になっているかもしれないが、探してはみよう」


「ああ、曖昧。そんなこともありますわよね」

 リーゼロッテはすぐに私の発言の意図を察してくれた。

 さすがに国の記録の捏造は難しいが、うっかりで消えることはまあなくはない。

 婚姻していたとまでできるかは自信がないが、婚姻していなかったという証明は不可能にできる。

 私の言葉を受けたリーゼロッテは、いたずらが成功した子どものような笑顔でフィーネに語りかける。


「フィーネさん、あなた、どうやら私生児ではないみたいよ?

 まあいずれにせよ、わが家の養子となれば、生まれなどさしたる問題ではありませんけれど」


「え、え、ええ……?」

 フィーネは、勝手に話をすすめた私たちを信じられないものを見るような目で見ている。

 すると、一歩。リーゼロッテがフィーネとの間合いを詰めた。


「フィーネさん、バルドゥールのことは気にしないで、単純に考えて欲しいの。

 私の妹になるのは、……いや?」


「そんなことはありません!

 リーゼロッテ様は優しくて、美しくて、優雅で、所作も綺麗で、お強くて、殿下といっしょにいるときは可愛くて、たまにツンがきついときもあるけど最近はむしろそのギャップが可愛く思えて、ずるいなって思うくらい可愛くて、つまりは大好きです!!」

 リーゼロッテに悲しげに問いかけられたフィーネは、ぶんぶんと頭をふりながら、必死にそう言った。


『ここにきてまさかの伏兵!

 フィーネの褒め殺しに、リーゼロッテはたじたじだー!』


『危ないですねこれ。

 油断しているとマジでリーゼロッテとられちゃいますよ殿下』


 それは困る。思わずフィーネの言葉にすこし赤面して言葉をつまらせたリーゼロッテをまじまじと眺めた。

 そんな私の耳に、やがてフィーネの言葉が届く。


「正直……、リーゼロッテ様の、妹には、なりたいです。

 でも、その、次期侯爵夫人、だなんて、そんなのは、こわいです」

 フィーネはその震える手を胸の前で組みながら、そう言った。少しでも震えを抑えようとはしているみたいだが、あまりうまくいっていないようだ。


「なにもこわいことなどありません。私もついています。

 フィーネさん……、いえ、フィーネのお母様だって、元公爵家の姫君。きっと力になってくれます」

 フィーネの震える手をそっと自分の手で包み込みながらそういったリーゼロッテは、見惚れてしまうような優しい笑みを浮かべて「……たぶん」いる。

 今、リーゼロッテがちいさい声でたぶんって付け加えた。確かに妖精姫の仮面を被っていないときのエリーザベトさんはちょっとアレだが、あの仮面を外すことなどそうはないだろう。


 ……たぶん。


「……リーゼロッテ、様」

 リーゼロッテの小さな呟き声は聞き取らなかったらしいフィーネは、うるうるとその大きな瞳を涙に濡らしながらリーゼロッテを見上げ、その名を呼んだ。


「あら、……お姉様とは、呼んでくれないの?」

 そういってリーゼロッテがくすりと笑うと、フィーネはとうとう涙をこぼしながら、姉を見上げて言葉を紡ぐ。

「私、ずっと一人っ子で!それどころか、引っ越しばかりだから、友だちもろくにできなくて!

 だから……、お姉様、が、できて、すごく嬉しい、です」

 最後にははにかみながらそう告げたフィーネは、たしかにかわいかった。

 かわいかったが、それよりなによりリーゼロッテが嬉しげにフィーネに抱きついて「かわいい!やったわ!とうとう私にも素直でかわいい妹ができたわ!」とはしゃいでいることの方が、気になってしかたがない。


『ジークがめちゃくちゃ複雑な表情だ……!』


『リーゼロッテが照れずにツンデレずに対応できているということは、もはや身内、実の妹くらいの感覚ということですから、心配はいりませんよ』

 エンドー様とコバヤシ様が、冷静にそうおっしゃった。


『……たぶん』


 その言葉はききたくなかったです、女神コバヤシ様。

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