第6話『神から目線で』

 

「あ、そろそろだし、いっかいセーブしよっか」


 小林さんのその言葉に時計を見上げれば、確かにそろそろだ。

 セーブをして、本体の電源をオフ。テレビのチャンネルを公共放送に切り替えた。今はお昼のニュースをやってるみたいだ。


「しかし、なんかだいぶ壮大な感じに誤解されたよな……」

 家人である小林さんが麦茶のおかわりを用意してくれるのを眺めながらそういえば、彼女は苦笑しながら口を開く。

「私たちの声が、王子様なジークにしかきこえないからねぇ。

 なんかテキトーにしゃべってもどうしても大げさにされちゃうっていうか……」

 そうなのだ。

 俺たちのしたテキトーな提案も、王子様の口から厳かに語られるとなんかいい感じになってしまうのだ。仕方ない。


「バルドゥールにフィーネの側にいるように言ったのだって、さして深い意味があるわけじゃなく、単に小林さんが2人をくっつけたいからだよな?」

 小林さんの差し出してくれた麦茶を受け取りながらそう尋ねた。


 俺の視線の先で、既に自分の分を飲み始めていた彼女の白いのどがこくり、こくりと動く。

 それが、ああ、駄目だ変なこと考えるな。

 俺の邪念なんか気がついていないらしい小林さんは、ぷは、と麦茶を飲み干してから口を開いた。


「ん、まあそうだけど、それだけじゃないよ?

 2人の気持ちが通じあうのがバルドゥールの生存のキーポイントなわけだし、なによりフィーネなら、逆にバルドゥールのこと守ってくれそうじゃない?」

 フィーネ、つまりレベルカンストフィーネか。

 たしかに、レベルカンストフィーネがバルドゥールとのルートに入って更に覚醒したりすれば、それはもう万全の守りどころか、『魔女逃げて!』だ。

 リーゼロッテの体を魔女が手にいれることはなにがなんでも阻止するつもりではあるが、念には念をいれておきたいということだろう。


「人命がかかってるわけだし、やれることは全部やっておいた方がいいわけか……」

 正直俺たちの【寵愛】とやらにどれくらいの効力があるかもわからないし。

「そう。

 私色々試してみたんだけど、この変なセーブデータ、コピーも前のデータとは別スロットに新規保存も、プレイ途中でのロードもできなかったから、チャンスは1回しかない、んだと思う」

 小林さんの言葉に、自分の顔色が変わったのが、はっきりとわかる。


 やり直しがきかない。

 そして、誰かが死ぬかもしれない。


 それは、いくら画面の向こうのこととはいえ、血の気がひくような事態だ。

 それは、駄目だ。

 誰も死なせないように、やれることはすべてやるべきだ。


 俺はよっぽどひどい顔をしていたらしく、小林さんはわざとらしいくらい明るい口調で話し出した。

「それにぃ、フィーネにはバルドゥールがいちばんだと思うんだよね!

 彼がいちばんフィーネのこと愛してるし、彼のルートがいちばん甘いし!

 実はバル、ゲームだとめっちゃおとしやすいんだよ。

 他の人狙ってるのに勝手にバルの好感度あがっちゃってることすらあって、なんど後夜祭で『いやお前じゃねえし!』と叫んだことか……」

 ああ、言われてみればたしかに小林さんがひとりでプレイしているときに、幾度かそんなこと叫んでた。

 でもそのあと毎回、『いやバルドゥール好きだけどね!?いちばん好きだけどね!?でも今は君じゃないんだ!』って続いていたことも、それにひそかに嫉妬していたことも、同時に思い出した。


「そういや、……好きなんじゃないの?」


「ん?」


「いや、小林さんは、バルドゥールのこと、好きなんじゃないかなーって」

 画面の向こうの世界とはいえ、積極的に好きな男と誰かをくっつけるものなのだろうか?

 俺は小林さんが二次元だったら向こうの誰かとしあわせになってほしいとは思うけど、内心かなりおもしろくないと思う。


「うん、まあ、好きだよ?

 まじこいの攻略キャラの中ではいちばん」

 小林さんは、照れも隠しもせずにそう言った。

「だよな。

 なのに、フィーネとくっつける、で、いいの?」

 良いも悪いもそれしかないといえばそうだろうが、不満がないどころかどこか楽しげなのが心底不思議でそう尋ねると、彼女は小首をかしげてなにやら考え込んでいる。


「……ああ!

 いや好きってそういうんじゃないんだよ!

 なんていうか、【フィーネの恋人としてのバルドゥール】が好きっていうか。

 いちばん萌えるのはバルドゥールルートだけど、私自身がバルドゥールに恋をしてるとかそういうんじゃないんだよー」

 小林さんが笑顔で言った言葉に、今度は俺が首をかしげた。


「んー、そうか。

 たぶん遠藤くんは、そもそも乙女ゲームというものに対して誤解があるんだね」

 誤解……?

『乙女ゲームとは、女性向けの恋愛シミュレーションゲームである』という理解では足りないということか?

 さっぱりわからずに更に首をかしげる俺に、小林さんはピースサインをつくって、俺の顔の前にぴっとかかげた。


「あのね、乙女ゲームにも2種類あって、主人公というかヒロインが没個性なやつと、ヒロインのキャラがたってるやつがあるの。

 で、楽しむ人にも2種類いて、自分が主人公になったつもりで楽しむ人と、神様視点でこいつとこいつくっつけたろーっと楽しむ人とがいる、と思うの」

 また、【神】か。

 なんかまじこいに関してはやたらと神という単語が関わってくるなと思いながら、彼女の言葉の続きを待つ。


「まじこいは、いずれも後者なのよ。

 攻略対象者のスチルもフィーネ目線じゃなくて第三者からフィーネと“彼”を見たときの絵だし、フィーネの作画もやたら気合い入ってるし、むしろフィーネの一枚絵もやたら多いし」

 そこまでいったところで、彼女はピースサインをおろした。

「正直、フィーネがいちばん製作に愛されてるなーって思うようなゲームなんだよね。

 まじこいは、あくまで【神から目線でフィーネを愛でるゲーム】なの。

 だから私はバルドゥールのことはフィーネの相手としか見てないし、2人のことを、神様として、縁結びしてやろうと思ってるわけ」


 なるほど、そういうことか。

 納得がいって深く頷いた俺に、ぽそりと小林さんの呟き声が届いた。


「……ただ神から目線で見ると、私はむしろリーゼロッテがかわいくね?ジークヴァルトとくっつけたくね?ってなっちゃったんだけど」


 縁結びの女神こばやしさんは、おいそがしいことだ。

 ついでに俺の恋愛成就もこっそり祈りたくなった瞬間。


 長い、長い、長い、泣きたくなるようなサイレンの音が鳴る。


 見れば見知った顔が、かつての仲間が、真剣な表情で、画面の向こうに。

 俺もいっしょに甲子園むこうに行きたかったなという気持ちと、まあこれはこれで楽しいけどという気持ちと、どちらが強いのか自分でもわからない。


「お、はじまったねぇ。

 ……実況つけるかい?

 私野球はよくわかんないから、解説はできないけど」

 けれど、そういってにやりと笑う小林さんの笑顔をみたら、これはこれで悪くないと、素直にそう思えた。

 ここはクーラーきいてるし、麦茶もあるし、小林さんはかわいいし。


 ……マジでむこう、洒落にならないくらいにクッソ暑そうだな。

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