第5話神の寵愛
神々による実況と解説がつきはじめてから、私のリーゼロッテが、なんだか可愛すぎる。
「いくら婚約者といえど、人目のあるところで気安く私に触れないでいただけますか?」
『そういいつつも表情はまんざらでもなさそうだ!
なのになぜ素直にかわいく嬉しがることができない……!』
『彼女はツンデレですからね。
恥ずかしさが閾値を越えるときつい言動をしてしまうのでしょう。
ただここでおさえたいポイントは、人目がないところであればかまわないと言ってるも同然ということです』
あの中庭での騒動の翌日、昼食の時間に、食堂で。
近くを通りかかったリーゼロッテに冷たい声音でこう宣言されたが、神々の言葉のおかげで、私はむしろ笑いをこらえるのに苦労した。
確かにその表情には嫌悪感というよりは照れが強く出ている。
「それは、2人きりのときであればかまわないという意味?」
忍び笑いを微笑みにかえてそう尋ねれば、リーゼロッテはまた真っ赤になって黙りこんでしまった。
『あーっとこれはクリティカル!リーゼロッテ、ときめきすぎてなにも言えないー!』
『さすがはジーク。
この空気に毎度フィーネちゃんを巻き込むのかと思うと申し訳ないほどに甘い雰囲気になりましたね』
コバヤシ様のお言葉に首をひねれば、なるほど確かにフィーネがすぐ近くに座っていたが、毎度彼女を巻き込むとはどういうことだろう。
『うーんどうにかリーゼロッテにとりつきたい……。
というか、私が神なら【寵愛】とやらはリゼたんに与えたいんだけど……。
お!?』
コバヤシ様がそう一人言のようにおっしゃった刹那、天よりリーゼロッテにむかって光の柱が降りてきた。
「きゃっ……!?」
きらきらきらと、やわらかくてあたたかい光がリーゼロッテを包みこみ、彼女は短い悲鳴をあげた。
そのはちみつ色の髪に、白い肌に、光が吸い込まれ、きらめき、やがて終息する。
「え……、なに……、え……?」
リーゼロッテは戸惑った様子でそう呟きながら光の吸い込まれた自分の全身を見回している。
現在ここは昼食の時間の、大半の学園生が集まっている食堂だ。
ただでさえ目立つリーゼロッテにおきたこの奇跡のような光景に、ざわざわと生徒たちにどよめきと動揺が広がっている。
私は立ち上がり、声を張り上げることにした。
「たった今、女神コバヤシ様より、リーゼロッテに【寵愛】が与えられた!」
たぶん。
私自身まだよくわかっていないが、みなの動揺を沈めるために、そう断言した。
いやきっとあっている。
あっているはず。
あっているんじゃないかなぁ……。
『わーいカメラがリゼたんの近くに動いた!
これ、私の【寵愛】をリゼたんに与えられたってこと?
たぶんそうだよねさっきリゼたんきらきらしてたし!』
不安になった私の耳に女神コバヤシ様が嬉しげにそうおっしゃるのが聞こえてきた。よしたぶんあっていた。
というか神ご自身がそうおっしゃっているのだからもうそういうことでいい。
「わ、
リーゼロッテは感激に震えながらそう呟き、きゅっきゅとその手のひらをとじたり開いたりしながらまじまじと眺めている。
異界から我々を見守る神々は、まれにこのようにこちらの世界の住人に寵愛を与えてくださることがある。
私たち一族の神の声を聞くことができる能力というのもかつてとある女神によって寵愛とともに与えられたものだという。
わが国にも、他国にも、神に愛されなにがしかの力を与えられたという人間のことがいくつか記録に残っている。
リーゼロッテに与えられた力がどのようなものかはまだわからないが、だいたい自身の持つ魔法の素質が伸ばされることが多い。
「さすがはリーゼロッテ様ですわ……!
わが国の未来の国母に神の寵愛が与えられたとは、なんとめでたいことでしょう!」
瞳を潤ませながらそう言ったリーゼロッテの友人の少女が、ぱちぱちと高らかに拍手をする。
するとそれは食堂中にぱらぱらと広がっていき、やがてどっと大きなうなりとなった。
割れんばかりの拍手に包まれたリーゼロッテは顔を真っ赤にしながらどうにか背筋をのばして、それでも優雅に微笑んで一礼した。
『“未来の国母”という単語にすかさず赤面するリーゼロッテ!
これはもうさっさと妻にしてしまえ王太子!』
え。そういうことか?
エンドー様のお言葉ににやけそうになる口元をあわてて手の甲で抑えた。
『というか、私がリーゼロッテに寵愛を与えられたってことは、遠藤くんもできるんじゃない?』
コバヤシ様が冷静な声音でそう告げた。
『そっか。
じゃあ俺はあれだ!
バルドゥール!あいつに加護を与えたい!』
エンドー様がそう告げた途端、私からはすこし離れたところにいたバルドゥール・リーフェンシュタールへとまっすぐ光の柱がとんだ。
先ほどのコバヤシ様のものよりも力強く、いかづちのように鋭いそれは、ぴしゃり彼へと吸い込まれていった。
「……は!?
……なぜ、俺まで……?」
静かに戸惑いうろたえる彼は、リーゼロッテのいとこにあたる。
リーフェンシュタール侯爵家の傍系の子爵家の子息で、学園の2学年に在籍しながら既に騎士団の見習いとしても活躍している男だ。
リーゼロッテよりもすこし暗い金の短髪に深い藍色の瞳の彼は、普段は物静かな男だが、さすがにこの事態には動揺を隠せないようだ。
『え、まじでなんでバルドゥール?
遠藤くん、バル好きなの?』
『好き……っつうかほれ、あいつ死にやすさナンバー2だから。
強化?とかできるならしといた方がいいんかなって』
『あーね』
コバヤシ様とエンドー様のやりとりは、高度過ぎて私には意味がうまくとらえられなかった。
『あー、ジーク、バルドゥールはこれから危険な目に遭うフィーネをかばって死ぬ運命にあるの。
そこで遠藤くんはそれを回避できるように彼に力を与えたの。
バルドゥールにはできる限りフィーネちゃんの側にいて彼女を守るように言ってもらえる?』
首をかしげていた私に、コバヤシ様よりそんなお言葉が与えられた。
「バルドゥール、エンドー様という神が、君に寵愛を授けた」
神の指示を受けた私はバルドゥールに歩み寄りそう告げたが、彼は困惑を顔に浮かべている。
「なぜ、俺に……。
リーゼのついでですか?」
婚約者である私も彼女のことを愛称でなど呼べないというのに、兄妹のように育った2人は互いを愛称で呼びあう。
そのことに若干の苛立ちを覚えた自分に驚きながら首を振り、再び口を開いた。
「バルドゥール、フィーネ嬢はこれから危機を迎える。彼女を守れ。
神はそのために君に力を与えたとおっしゃっている。
可能な限り側にいるように」
大筋としてはあってるはずだと思いながら言葉を選んで彼にそう告げると、彼の顔色が変わった。
「
そのために、殿下の守りとしてのリーゼロッテと、フィーネ嬢の守りとしての俺とに、それぞれ力を与えられたと」
重々しく彼が尋ねてきた言葉に、内心で“ちょっと違う気がするけどまあそれでいいや”と思いながら、そんなことは表情には出さずに重々しく頷いた。
『やはりフィーネはゴリラなのか……!』
『いや守りというよりは単なるカップリングなのですが、まあそういうことでいいでしょう』
エンドー様のお言葉に笑わなかった自分の外面の頑強さに、自分で感心する。
“フィーネはゴリラ”
令嬢に、それも一見小柄で可愛らしい印象を与える彼女にその言葉はふさわしくないように思えるが、確かにフィーネはゴリラのように強い。
入学試験以来ずっと、同じ1年生の中では家系と本人の努力で抜きん出た能力を持つリーゼロッテよりも、3年生の中でトップ争いをしている私よりも、私も彼にはまず勝てないと思うバルドゥールよりも、はるかに魔法を用いた戦闘実技の成績がいい。
正直王家直属の正式な騎士団員でも、何人が彼女に対抗できるだろうかというくらい、戦闘能力だけが異常なまでに突出している。
それだけで彼女は絶望的な成績の座学の授業をカバーしているくらいだ。
「我らリーフェンシュタール、王家のため、この国のため、殿下のため。
この力を正しくふるうことを、ここに誓います」
たった今神の寵愛を受けたリーゼロッテとバルドゥールが声を揃えてそういいながら、揃って私に頭を下げた。
リーフェンシュタール家は元々軍人の家系なので、こういうところが生真面目だ。
そういう家なのでバルドゥールも190センチ近い身長の体格のいい男だし、リーゼロッテも女性としては背が高い。
すらりと伸びた手足にぴっと伸びた背筋が美しい彼女は、実は自分の身長が高いことを気にしているそうだ。
具体的にどのくらいなのかは隠匿されているが、高いヒールの靴をはいた状態でも180あるかないかくらいの私よりはすこし目線が下なのだから、それほどではないと思うし、彼女の体型は実に美しいと思うのだが。
「バルドゥールはともかく、リーゼロッテに守られるというのは、すこし情けないかな……」
そんな私の囁き声は、神の寵愛を受けた2人と、その2人にあらためて忠誠を誓われた
とりあえず、もう少し鍛えよう。
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