第4話『最高を越えた最高のハッピーエンドを』

 

「む。セーブデータの表示、おかしいね」


 ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテに実況と解説をつけることになったそもそもの経緯を思い出してすこしぼんやりしていた俺の耳に、そんな小林さんの声が届いた。

 そう言われて彼女のいじっていたテレビゲームの画面を覗いてみれば、確かにそれは奇妙なことになっていた。


 ゲーム上の日付、ルート名、主人公であるフィーネの現在地、最終プレイ時刻の順に表示されるはずのそれは、ルート名と現在地の部分が奇妙に文字化けしてしまっていた。

 あちらの日付としては入学直後の春4月18日、攻略対象をストーキングして選択肢を選び、好感度をあげる【共通ルート】で、場所は中庭であったはずだ。

 ちなみに春から秋にかけてが共通ルートで、うまく好感度をあげると秋の終わりの文化祭において後夜祭のダンスで5人のうちの誰かに告白されていっしょにおどって個別ルートに入る。

 この前プレイした逆ハーレムルートでは男どもが牽制しあってるなかさらりとリーゼロッテがフィーネをかっさらってダンスをおどった。


「んんんー?なんだこれコピーもできない……?」

 セーブデータをあれこれといじりながら、小林さんが首をひねる。

「しかもフィーネのレベルが……、なにこれまだ鍛えてないのにカンストしてる……?」

 画面を切り替えてステータス画面を眺めた彼女が、訝しげにそう言った。


 まじこいには育成要素とRPG要素もあるので、一応フィーネにはレベルの概念がある。

 攻略キャラのレベルは伏せられている(全員通常のフィーネよりは強いっぽい)がその強さは好感度に依存し、モンスターや敵キャラとの戦闘に負けた場合のバッドエンドもある。

 放課後週末のデートイベントも大事だがフィーネを鍛えるのを怠ると弱すぎて死ぬ。ヒロインなのに死ぬ。キャラが死ぬルート多すぎだろ。


「マジだこれソロクリアできるレベルじゃん。こわ」

 俺は思わずそう言った。

 すべての選択肢をフィーネを鍛えることに割り振り、彼女のレベルをカンストさせると、本来リーゼロッテが魔女にとりつかれて起こる晩秋の負けイベントでフィーネが勝利してしまう。ソロクリアルートだ。

 ただこのソロクリアルートに入るには好感度をあげている暇など一切なく攻略キャラとはただの知り合いどまりで、リーゼロッテは魔女といっしょに殺され、バルドゥールも魔女の最期の足掻きで意味もなく死ぬ。あらゆる意味で意味のないルートだ。スチルもない。


 この負けイベントはダンスのあと、ジークヴァルトに冷たくされて失意のあまり会場から逃げ出したリーゼロッテ、それを追いかけたフィーネ、令嬢2人を護衛せねばと追いかけた騎士バルドゥールが裏庭に揃ったところで、はじまる。

 古の魔女にとりつかれて異形の化け物へと変じたリーゼロッテに一度フィーネとバルドゥールで戦闘して負け、バルドゥールが死ぬ。

 騒ぎに気づいたダンスをおどった相手が助けにきて、仲間の死で覚醒したフィーネと力をあわせて魔女リーゼロッテに立ち向かい、辛勝して逃げられるのが本筋だ。ちなみにバルドゥールルートだとバルドゥールがちょっとケガをしただけでフィーネが覚醒する。

 そんなイベントを物理でねじ曲げねじ伏せることができる程度の強さ、というのがレベルカンスト状態だ。つまり今のフィーネはゴリラのように強い。むしろゴリラ。こわい。


「うー、ダメだわけわからーん!」


 あれこれと試したらしい小林さんが、コントローラーを放り投げた。

「お、諦めたか。

 あと2分切ってるからそろそろ放送室入ろうぜー」

 最悪俺ひとりでやるかと思っていた放課後の放送の時間は、もう間もなくだ。

 放送室の防音のクソ重たいドアを抑えながら声をかければ、小林さんはぱっと振り向いてあわててこちらへとやってきた。



 ――――



「結局よくわからなかったねー……」


 放課後の放送を終えて、帰路。

 徒歩通学の小林さんと自転車通学の俺は方向としてはいっしょなので、小林さんの家まで歩いて並んで帰る。

 俺が自転車を駐輪場から出し、さあ出発しようかとなった瞬間、彼女はまた話を先ほどのふしぎ現象に戻した。


「まあ、よくわからないし、ちょっと正直不気味だけど、所詮画面の向こうの話なんだから気楽に楽しんだら?」


 ぽてぽてと歩きだした彼女の黒くてまっすぐなポニーテールがゆらゆらと揺れるのを眺めながら、俺はそう告げた。

 うーんと唸る彼女に追い付き隣に並ぶ。


 こうして並んで歩くと、小林さんはちっちゃくて華奢だなーとあらためて思う。

 普段の彼女は元気いっぱいで動きも激しいから、そんな印象はないんだけど。


「まあね、考えてもわからなそうだし、最高を越えた最高のハッピーエンドを見られるかもだし、いいっちゃいいけど……、なんか、やっぱりちょっとこわいかな?って」


 夕日に照らされながらそう言った彼女は、すこし不安そうだ。


「じゃあ、やめる?」

 どうせ明後日から夏休みに入るしと思ってそう提案をしたら、すこし悩むような表情をした彼女は、ふっと顔をあげて首を振った。

「……やめない。

 やっぱり、リゼたんがしあわせになるの、見たい。

 遠藤くんも巻き込んじゃうけど……」


 実況と解説でジークヴァルトがリーゼロッテを誤解しないように導いて、最高を越えた最高のハッピーエンドを。


 それがさっきゲームをしながら2人で相談したときに出した結論だ。

 その決意は変わらなかったらしい彼女の表情は、ふっきれたようだ。

「いいよ俺は。楽しそうだし」

 小林さんが楽しそうだと俺も楽しいし、とまでは、言えないけれど。

 俺がそう答えたら嬉しげに微笑む彼女のためなら、なんでもする。


「小林さん、マジでリーゼロッテ好きな」

 俺が思わず苦笑してそういえば、彼女はくるりと俺を見上げて距離をつめてくる。


「いや遠藤くんだって手記アレ読んだっしょ!?泣いたっしょ!?」


「読んだけど。泣いたけど」

 でもちょっとだけだ。あくまでもちょっと。

「じゃあ遠藤くんもジー×リゼ推しでしょ?

 私、リーゼロッテには、やっぱりジークとしあわせになって欲しいんだよぉ……」

 いや俺は半泣きの表情でそういう小林さん推しだけどね。

 まあころころ表情が変わって、見てて飽きない子だ。

 だけど俺はそんなことは言葉にはせずに、ただうんうんと頷いた。


「だよね!

 リーゼロッテが愛されれば、それが無理でもせめて誤解されることが減れば、きっとラスボスにはならない。

 しかもなんでだかフィーネのレベルもカンストしてる。

 これはもう誰も死なないルート見えてるよ……!」


「っつってももう明後日から夏休み入るけどね?」

 きらきらと瞳を輝かせた小林さんに冷静にそう告げれば、彼女は愕然とした表情になった。まさか明日終業式だって忘れてた?忘れてたっぽいな顔に書いてある。


「ええー、やだやだリーゼロッテがしあわせになるとこ見たいぃ!

 1ヶ月も待てないぃ!」

 ぶんぶんと頭を振りながらそういう彼女を見てると笑いが抑えられない。いつでも全力過ぎてかわいい。


 ぴたりと頭の動きを止めた彼女は、パッと嬉しげな笑顔で俺を見る。


「そうだ遠藤くん、夏休み暇なときにうちに来てよ!」


 !?


「実況いなかったらやりづらいし、遠藤くんがいないと声が届かないとかかもだし、こうなったらうちで夏休み中に2人でいっきにエンディングまでやろ!?ね!?」

 小林さんにきらきらとした笑顔で言葉を重ねられても、言葉がなかなか出てこない。


「……い、いや。

 え。

 小林さんの、家……?」

 片思いしてる女の子のご自宅にお呼ばれとか、片思いこじらせてる男子高校生にはなかなかハードルが高いですよ?

 そう思っておそるおそる尋ねてみたら、実になんにも気にしてなさそうな笑顔で頷かれた。


「うん、私の家!

 夏休みまで私の顔なんかみたくもないかもだけど!そこをなんとか!」

 パンッ!と両手をあわせて頼みこまれて、あわてて首を振って否定する。

「いや小林さんに会うのは嫌じゃないけど!むしろ毎日でも会いたいけど!」

 あ、しまった。勢いでいらんことまで言った。


「じゃあ、決まりね!

 大丈夫だよー。

 うち両親共働きだし大学生のおねーちゃんは遊び歩いてるし、お盆以外だいたい家には私ひとりの予定だから!」

 本当に嬉しそうな笑顔で小林さんはそう言った。俺の失言には気がついてないらしいがそういう問題じゃない。


「いやそれ駄目じゃない!?大丈夫な要素1個もないけど!?」

 2人きりとか更にまずいと焦る俺とは対照的に、小林さんはきょとんとした表情でゆっくり首をかしげた。


「じゃあ、遠藤くんの家でも、いいけど……?」


「そ、れは、もっとだめだ。うち、あのハードないし」

 ハードだけの問題でもないけど。

 きょとんとした表情のままの小林さんの瞳が純真過ぎてつらい。

「じゃ、やっぱりうち来なよ。

 部室のは先輩たちが買ったやつだから持ち出せないし、うちのもおねぇが買ったやつだから遠藤くんちに持ってくわけにいかないし」

 そう当たり前のように告げる彼女に、ため息を返す。


「……俺、いちおう、男なんだけど」

 あまりの意識されてなさにすこしへこみながらそう言えば、小林さんはすっと俺の横に寄り、自身の腕を俺の腕の近くに並べて見比べはじめた。

「うん、知ってる。

 背も腕も手すらも全然違うよねー」

 そう言ってくすくすと笑う彼女の、華奢な白い腕の眩しさに、めまいを覚える。

 そうだよ。俺はそこそこ身長が高いし、割と運動もしてる。

 小林さんみたいなちっちぇの、簡単におさえこめちゃうんだけど、なぁ。


「あ。

 乙女ゲームなんかやりたくないとかって話?」

 どう警告したものかと悩み頭をかく俺にむかって、彼女は的はずれなことを尋ねてきた。

「いや、それは特に抵抗ないし、今さらだけど。

 ……まあ、小林さんがいいんならいいよ」


 悲しいくらい意識されてなくて悲しいけれど、好きな女の子と夏休みまでいっしょにいられて、しかも役にたてるならもうそれでいい。

 そう思いながらそう答えれば、彼女は嬉しげに微笑んだ。


「……けど、小林さんはかわいい女の子なんだから、俺以外の男まで同じように家に招くなよ?」

 その笑顔がかわいくて、すこしだけ憎くてそう釘をさせば、彼女はすこしむっとした表情になった。


「遠藤くん以外の男の子なんか家にあげるわけないじゃん。

 あぶないし、気持ち悪い」


 俺は、少なくとも気持ち悪くはないけど、危なくないと思っているのか。

 彼女の言葉が嬉しいような、『それ、どういう意味?信頼してるの?侮ってるの?』と問いただしたいような。


「じゃ、明日夏休みの予定決めようね!またねー!」

 混乱している間にいつの間にやら着いていた小林さんの自宅に入りながら俺に手を振ってそう言った彼女の笑顔は、どこまでも無邪気だった。

 その笑顔に毒気を抜かれたような気分になった俺は、『夏休み中に、すこしは進展したいなー』とぼんやりと考えたのだった。

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